桜の木の下で

「何してるのー?」
「わーッ!!」
いきなりかけられた声に叫んでしまった。ミータに声をかけられた時とは段違いの驚きだ。もののけと話している所を人に見られたら、間違いなく奇人扱いされる。ばっと振り返ると僕の勢いに驚いている沙季がいた。
「お、大声ださないでよ、びっくりするじゃない」
「あ、いや、ごめん、いつからいたの?」
「今、来た所だけど?」
首を傾げる沙季はいつも通りなので、多分ミータやサクラとの会話は聞かれていないのだろう。僕はほっとして尋ねた。
「どうしたの、何か用?」
「用ってほどじゃないけど。その猫、野良?」
僕の横に腰を下ろして、沙季はミータを指差した。シャンプーだろうか、いい香りがする。
「紹介しろよ」
とミータが言った。おそらく沙季にはニャーニャー聞こえていることだろう。
「うん、野良。この辺に住み着いたみたいで最近良く来るんだ。ミータって呼んでる。ミータ、この子は沙季。幼馴染みなんだ」
ミータが挨拶がわりなのだろう、しっぽをゆらゆら揺らす。
「和季って変わってる」
沙季がくすくす笑う。
「え?どこが」
「だって、普通猫に幼馴染みを紹介する?」
しまった。確かに普通の猫に友達を紹介なんてしないかもしれない。サクラが木の上で「馬鹿だな」と笑った。
「い、いや、一応、紹介した方がいいかと思って……」
しどろもどろな僕には構わず、沙季は指を伸ばしてミータの喉を撫でた。
「よろしくね、ミータ」
ミータが喉をごろごろ鳴らす。沙季が気にしていないようなので僕も気にしないことにした。
「ミータ、和季は沙季が好きなんだよ」
沙季が聞こえないのをいいことに、サクラがさらっとミータに告げる。僕は耳が赤くなった。沙季に気付かれませんように。
「へぇぇ、そうなのか。青春しとるなぁ」
ニャニャニャ、とミータが笑う。僕は平常心を取り戻そうとミータの背中を撫でるのに専念した。
「桜のつぼみ、大分大きくなったねぇ」
一人状況が読めていない沙季が、上を見上げてのんきに言った。
「あ?あぁ、そうだね」
「いいなぁうちにもあったらいいのに、桜の木」
見上げた桜の木の上で、サクラが誇らしげに胸を張っている。
「そんなに好きなの?じゃあ咲いたら一枝あげ……イターッ!」
腕に鋭い痛みを感じて下を向くと、ミータが引っ掻いたようで腕に赤い筋ができていた。
「何するんだよ!」
「馬鹿もん、取り消せ。沙季に桜はあげられんと言うんだ」
「は?」
「いいから。また引っ掛かれたいか?」
僕は腕の怪我を覗き込んでいる沙季に言った。
「やっぱナシ!桜はあげられない!」
「え?あ、うん、それより傷、消毒した方がいいと思うよ?」
心配げな沙季にうんうんと適当な返事をして、僕はミータを腕に抱えて立ち上がった。
「じゃ、消毒してくるから!」
「う、うん」
状況についていけずただ頷く沙季を後に、僕は家の中に逃げ込んだ。
「で、どういうことなわけ?」
ベッドでくつろぐミータに僕は詰め寄った。
「『桜折る馬鹿梅折らぬ馬鹿』と言ってな」
ミータは偉そうにふんぞり返って言った。
「桜は折ったらあかん。折った所から腐りやすいからな」
「そうだったのか……」
知らなかった。
「だからサクラを折るのは止めてやってくれ。最近は腐敗を止める薬があるらしいが、そんなもん持っとらんのだろ?」
「うん」
僕はしおらしく頷いた。でも。
「でもさ、もっと穏便に忠告できなかったわけ?腕、痛いんだけど」
「男のくせに怪我の一つや二つでがたがた言うんじゃない」
ミータは全く意に介していないようだ。
「それより、サクラに謝っとけ」
「分かったよ」
僕の部屋は1階にあり、窓を開けるとちょうど目の前に桜が植わっている。僕はミータの言葉に従って窓を開けた。左右を見回したけれど、沙季はもういなかった。
二日後の夜、夕飯を食べ終わってくつろいでいるとチャイムが鳴った。応対に出た母さんは沙季を連れてリビングに戻って来た。
「あれっ、今のチャイム沙季だったの?」
僕は慌ててめくれあがったシャツを直しながら、ソファから起き上がった。両親と一緒にうちに来ることは良くあるが、沙季だけというのは珍しい。
「うん」
「沙季ちゃん、紅茶でいい?」
「あ、おばさん、大丈夫。私すぐ帰るから」
「何言ってんの、ゆっくりして行きなさい」
母さんがいそいそとキッチンに消える。沙季はソファの、さっきまで僕の頭があった所に腰かけた。
「何か用?」
こないだも同じことを聞いた気がする。
「うん、ちょっと。あと、怪我が気になって」
「ああ、コレ?」
ミータに引っ掛かれた所はかさぶたになっている。
「良かった、化膿したりはしてないみたいね」
「大丈夫だよ、心配性だな」
僕は大丈夫だということをアピールする為に軽く腕を曲げ伸ばしした。
「で、用って何だよ?」
「うん、あのね」
沙季が言いにくそうにもじもじする。
「何か相談?」
「ううん、違うの」
「じゃあ何?頼み事?できることならやるよ」
「うん、あのね……ホラー映画見るのに付き合って欲しくて」
正直拍子抜けした。
「何で」
「だって一人で見るの怖いから」
「おばさん達に付き合ってもらえば?」
「うちの親、私以上に怖がりだから見たくないって」
ね、お願い、と好きな子に懇願されるのはちょっといい気分だ。僕は快く了承した。
「ほんと?じゃあ明日、DVD借りてきていい?」
「いいよ、僕の部屋で見る?」
「うん!」
沙季はにこにこして機嫌よく頷く。
その日は母さんも交えて紅茶を飲みながら学校の話や進学の話(耳が痛い)をして、沙季は帰って行った。
翌日から、沙季はレンタルビデオショップで借りたDVDを持ってうちにやって来るようになった。1日目は話通りホラーだったけれど、2日目からはファンタジーだったりミステリーだったりした。沙季と過ごすのは大歓迎なので、もちろん映画のジャンルに文句を言う気はない。
が、しかし。
「なんっか落ち着かないな……」
「え?何か言った?」
見終わったDVDを片付けていた沙季が振り返って首を傾げる。
「いや、何でもないよ」
にっこり笑って返事をすると沙季がそう、と頷いてDVDプレーヤーの操作に戻ったので、僕はちらりと窓を振り向いた。サクラが窓にはりついてニヤニヤ笑っている。
そう、サクラのせいで落ち着かないのだ。沙季への気持ちを知られているサクラに見られながらのDVD鑑賞というのはどうもいただけない。
高谷実里
作家:高谷実里
桜の木の下で
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