「今年はまたずいぶん奇抜な格好になりましたね」
「あなたはずいぶんとありふれた猫になったわね」
神社の境内、対峙しての第一声がこれである。率直にものを言い合う性分なのだ。
たとえ一年越しの再会であったとしても、これがふたり――正確には一人と一匹――の間合いだった。
「わたしは制服で来ただけよ」
少女はむくれた様子で付け加えた。現在女子高生であるかぐやにとっては、制服は正装といってもいいものであり、猫の溜息はいささか不本意だった。なるほど、と猫は改めて上から下までを一瞥する。彼女は普通の、いまどきの高校生にみえる。脚を出しすぎているようにも猫には思えたが、それもいまどきというものなのだろう。
とはいえ、猫とて職務を全うしなければならない。
「念のため用意しておいてよかった」
天女の羽衣よろしく、木の枝に掛かった打掛を顎で示され、かぐやはええっと声を高くした。
「やだこれ昔わたしがきてたやつじゃーん。とっておいてくれたの」
「まあ装束の管理も仕事の内ですからね。少し小さいでしょうけど」
「羽織るくらいならいけるよ。まあでも、和装じゃないとダメだなんて、二十一世紀にもなって相変わらず固いのよね」
「儀式なのだから仕方ないでしょう」
でもさ、と続けようとしたかぐやだったが、ひゃっと声を上げる。猫が振り返りうなずいた。
「耳のほうは変わりなくご立派なようで」
「む、むずむずする・・・」
一年ぶりに自分の頭部が変形している感覚に顔をしかめるかぐやをよそに、猫はひらりと跳ねた。
月の明るい夜である。少女は鼻歌交じりに、久しぶりの清浄な空気を胸いっぱいに吸った。齢千年の大木の、ひんやりとした木肌に背を預けながら空を仰ぐと、一面の桜色が視界を覆う。この世の極楽とはこのことよね、とかぐやはひとりごちた。
「お相手が私だけでご不満でしょうが」
「言ってないでしょう」
「たとえば猿の若君がいらっしゃれば、歌の一つでも詠まれたことでしょう」
「この時代に、それが生きがいみたいな奴だしね。一昨年なんか大嵐の中で詠みつづけていたでしょう、みんな早く帰りたいってのに。ほんと、歌はよめても空気はよめないんだから」
「虎の姫さまに大層お目玉をくらっていたようでしたね」
「そこはねえさまに任せないとね」
かぐやはそのときの情景を思い浮かべながら、手の中の盃を掲げた。
「猿の気取り屋と、虎のねえさまに」
ぐびりと甘露を飲み干す。腹の中に精気がみちていくのを感じながら、少女は苦笑した。
「美味しいなあ」
「光栄です」
「お世辞抜きに。なんだかなあ、人間っていつになったらこの味にたどり着けるのかしら。コーラもファンタも好きだけど、これを飲んでしまうとね」
「今日はやけに褒めますね」
猫は鼻をならすと、少女の足元にある岩の上に腰をおちつけた。神社の石畳の上では四足歩行だったのが、いつのまにか縄で結わえた壺を背中にぶらさげている。顔つきもまた「ありふれた」猫のそれではなくなっているように見られた。
「いまは、なんていう名前なの?」
「ミケですよ」
「いまどきミケなんて名前つける飼い主って」
「ご主人の悪口はそこまでに」
「いい飼い主なのね」
猫はうなずいた。
かぐやは取りとめのない話をしつづけた。彼らにとっての昔話もあったし、少女自身の、人間の世界の話もあった。日頃をミケとして過ごす猫にとっては既に聞いたことのあるような話も含まれていたが、相槌と酌が絶えることはなかった。
やがて少しの沈黙が流れ、
「独り占めね」
「何をですか」
「あなたを。このおいしいお水も」
わたしが独り占め。
最後の言葉が風にまぎれそうになり、そういえば嵐が近づいているのだったかと猫は空を見上げた。風の吹くたび、花吹雪が狂ったように地面へ降り注ぐ。
「わたしがここに来なくなったら、さびしいね」
「決めつけるのがあなたの悪い癖だ」
「なによ、違うっていうの」
少女は頬を膨らませる。年相応の表情だと猫は思う。「今」が似つかわしくないのだと、そう思わざるをえない。
「来年にはさびしさなど忘れてなくなっていますよ」
かぐやはまだ覚えている。
ほんの小さい子どもだった間、かぐやたちは神社で養われた。おそらくは捨てられていたかそれに近い生い立ちなのだと、誰もが気付いていた。それが、異形のせいなのだろうということにも。
耳、鼻、手足、目、歯に至るまで。それぞれのどこかしらが、おいさんや猫に言わせれば「立派」に獣の様相を呈しており、それにちなんだ通称がつけられていた。
もしかして自分たちは不幸せなのかしらと思い悩むことも、おそらく全員が経験しただろう。それでもだいたいにおいて、おいさんを囲んで笑っていた。――その光景は、まだ覚えている。
異形の部位は背が伸びるにつれて人のそれに限りなく近づいたが、完全ではなかった。それぞれが里親の元で暮らすことになってからも、夜の花見だけは毎年催されていた。「そうしなければならない」のだと、教えられるまでもなく誰もが知っていたのだ。
おいさんが宮司らしく祝詞を詠唱し、御神木から削ったという盃で、一年かけて溜められた精気を飲み干す。狭間の存在である限り、必要なことなのだった。年少の者たちにとってはおまけで食べるお菓子が目当ての「春のお花見」でしかなかったが。
ある春、姉のように慕っていた最年長の虎が花見に現れなかった。年号が変わったからかな、とおいさんが世間話でもするように話し始めた。
たぶん、虎はもう来ない。町ですれ違っても、お前たちを思い出さないかもしれない。嫌いになったとかじゃない。その時が来ただけで、みんなそうなる。