「移住者が意識下に潜在的な不安要因を残していると、ニューエのブレイン・インターフェースにノイズが生じるわ。カオスアトラクターという現象。だから常に対象者の思念を把握しておかなければならないの」
「アフターフォローも万全ってことか」
俺の皮肉に乾いた笑みを返し、リュカは束ねた髪の留め具を外す。
汎思念世界ニューエの構築が始まったのが50年ほど前。本格的に人の意識移植が可能になってからは、未だ数年しか経っていない。
今は本人の希望により、18歳からニューエへの移住は認められている。だが肉体を失うことに対する唯物観的な抵抗により、実際に現実からニューエに移住する人間はまだ少なかった。
俺は膝を抱え階段に座り込んだまま、リュカに尋ねる。
「なあ、リュカ。人が肉体を捨てることが正しい選択だと思うか?」
「私は単なる案内プログラム。人の感情までは把握できない」
「じゃあ…ニューエってどんなところだ?」
「ネットワーク化された人の記憶、感情、意識の集合体」
「そうじゃない、リュカ自身の考えだ。AIでも人の思念は解析できてるはずだろ?」
「……」
珍しくリュカは小さく首を傾げる。それは分からないというより、答えを知っているが教えていいのか迷っているような表情だった。暫く考え込む素振りをした後、リュカは空中に視線を向けたまま呟く。
「…擬似楽園」
俺は階段に座り込んだまま、さっき瓦礫の中で拾ったロザリオを取り出す。
金属のチェーンが、じゃらりと鈍い音を立てた。