『案内人』といっても、実際はネット上の誘導プログラムの一つに過ぎない。人的感情を考慮して、姿形を人間に似せているだけだ。
無表情でクラスタデータを片付ける女に、それとなく話しかけてみる。
「あんた…名前は?」
「『誘導プログラム ルーチン0612-05-964β』」
「いや、そうじゃなくて…呼び名」
「擬似外観の設計者は、私の通称を『7thクラックロム=リュカ』と付けてたわ」
「長いな」
「そう?」
「じゃあリュカって呼ぶことにするよ」
「ご自由に。どうせ名前なんて記号に過ぎないでしょ」
リュカが俺に初めて見せた表情は、皮肉めいた含み笑いだった。
廃ビルの入口に積まれたデータを片付ける間にも、雨は激しく降りつけてくる。でもそれは、システム上で『雨』の感覚をシュミレートしたに過ぎない。この街は、『ニューエ』に辿り着くまでの仮想現実。
俺の隣で、リュカは長い髪を揺らし黙々とデータログを片付けている。その濃い緋色の瞳をどこかで見たことのある気がしたが、どうしてもそれが誰だったのか思い出せない。端正なその横顔に見惚れながら、ひとりごちる。
「とてもプログラムだとは思えないな…」
「何か言った?」
「あ、いや…」
俺は言葉を濁して、テストデータらしき数値の羅列を瓦礫の向こうに投げ捨てた。
その時、ゴミの下に鈍く光るものが落ちているのに気付く。
「……」
それは十字架のロザリオだった。雨に濡れた服の袖で拭うと、微かに銀色の輝きが戻る。
「救いの象徴ね。人間らしいわ」
いつの間にか、リュカが振り返って俺の方を見ていた。俺は卑屈な笑いを浮かべながら、そのロザリオをポケットに入れた。
止まない雨が、相変わらず俺達を濡らし続けていた。