「花見! 花見なのニャ!」
酒、とでかでかと書かれているひょうたんを担いでどこかへ急ぐ猫又、弥七。
ひょうたんに結びつけてある紅白の縄。
それを器用に片手で持ち、テコテコと走っていく。
「早く! 早くいかないと遅れてしまうのニャァァッ!」
二本の尾をピンと伸ばし、走りを更に加速させる。
「やしっちゃん! お急ぎ~?」
その横に、スッと現れた少女、月詠 凛(つくよみ りん)。
白く長い髪と、ピンと伸びた耳を揺らしながら、軽やかに弥七の隣を走る。
「凛! お前何やってたのニャ!? もう儀式が始まるのニャァ!」
「チェ…やっぱり行かないとダメ?」
人差し指を口に当て、困ったように首を傾げる凛。
弥七は、ハァ…と溜息をつき、空いている方の手の指を凛に向ける。
「当たり前なのニャ! というか、凛の為の承認式でもあるのニャ! それでもこの森の姫なのニャ!?」
「あぁ~もう! ニャ~ニャ~うるさいなぁ! だって、好きで姫になった訳じゃないし、面倒くさいんだもん!」
頬を膨らまし、そっぽを向く凛。
「ンニュゥ…でも、儀式の後にはお祭りなのニャァ! そしたら凛の好きな桜酒も飲めるのニャ!」
「むぅ…桜酒……。しかたないなぁ、ちょっとだけだからね~!」
流石に好物の名前を出されると、口元がゆるむ凛。
「ニャ、幼なじみのオイラも鼻が高いのニャ!」
そんなやりとりをする内に、儀式の会場が近づいてきた……。
「ウニャァ~」
ひょうたんを置いて、倒れ込む弥七。
「だ…、大丈夫……?」
「フニュ、大丈夫ニャ…。凛は早く王様の所へ行くのニャ~」
言い終えると、丸まって眠り始める弥七。
「もう、分かったわよ…」
会場には桜の巨木が立っていて、辺り一面を桃色に染めている。
辺りも少しずつ夕闇に沈んでいき、いくつもの提灯に明かりが灯る――――。
そして、太陽が沈み……。
「お父さーん!」
「おぉ、凛! 待っていたぞ!」
巨桜の足下、凛の父が腕組みをして待っていた。
よほど待ち遠しかったのか、満面の笑みを浮かべて……。
「ねぇ、お父さん。私、本当に認めて貰えるのかなぁ…」
不安そうに問う凛に対し、父は
「ハッハッ! 大丈夫だ凛。お前は俺に似て、豪快で心優しい子だ! それに…」
「それに…?」
「この森の女王なら、お前くらい元気な酒豪娘じゃないとな!」
ガッハッハッ! と大口を開けて笑う父の隣で、凛は呆れながらも笑顔を浮かべていた。
「もう、お父さんったら!」
「王様、姫様…。準備が出来ました」
「あぁ、ありがとう。じゃあ、行こうか、凛」
「……うんっ!」
―――― 桜木の森の奥深く、人間は立ち入ることが出来ない森の奥深く…。
世にも美しい桜の木がある。
そこでは百年に一度、森の女王を決める桜姫式(おうきしき)が開かれ、森の住民達が女王の承認をするのだ。
そして、今日もその式が開かれる――――
「森の住人達よ! 今日は、集まってくれて感謝する!」
「百年間、王の座に就いてきた私だが、今日からは私の娘、凛がこの森の王女になる!」
父の言葉が終わると住民達から、歓声の声が上がる。
「ウニャ……ハッ! 寝ちゃってたニャ!?」
「…………ニャア……凛……。立派になったのニャァ~」
他の動物たちの陰に隠れて、ここにも1人…いや、一匹の歓声が上がった。
「うむ……凛、承認されたぞ! まずは挨拶をしなければな!」
「う、うん…分かった……」
緊張の糸を張りながらも、凛は堂々とした態度で挨拶を始めた。
「月詠 凛です。 この森の新しい女王として承認して下さり、ありがとうございます。」
「正直、女王なんて私のがらには合わないって思っていましたが…」
一息の間を入れて、凛は言った。
「みんなに、もっと認めて貰えるような女王になろうって、決めました!」
ニッ、と笑うと、再び住民達からの歓声。
それに混じって、大きな拍手も聞こえてきた。
「これから、よろしくお願いします!」
軽くお辞儀をする凛を横目に、父も満足そうに笑う。
「それでは皆の者! 祭りを始めるぞぉっ!」
凛の父の声が響き渡ると、今日一番の歓声が聞こえた。
「もう、みんな私よりも祭りの方が大切だったのね!?」
ガックリと肩を落とす凛。
「ニャハッ! そんな事無いニャ! 少なくてもオイラは凛に拍手していたニャ~」
「弥七……ありがとねっ」
「どういたしましてニャー!」
そう言って、笑い合うと、祭りだ祭りだ! と住民に混ざって騒ぎ始めた。
「あぁぁぁっ! お酒! 桜酒ちょーだいよっ!」
「はいニャ! 凛、せっかくだから巨桜の上で花見酒ニャ!」
弥七は、ひょうたんを背負って巨桜の上に登っていく。
「あっ! ちょっ、待ってよ!」
凛も弥七に続いて登っていく……。
「ふう、疲れたニャ」
「猫のくせにもう疲れたの?」
「そんニャ事言われたって、酒をしょってたら仕方ないことなのニャ!」
片手で凛の肩をパシパシと叩く弥七
「あ~、ハイハイ。 じゃあその酒、とっとと飲んじゃいましょうかっ!」
「ニャア~! 桜酒ニャ~、オイラも飲めるのを楽しみにしてたのニャ~!」
トクトクトク……
大きな酒器いっぱいに酒を注ぎ、カチと酒器を合わせる。
「かんぱ~い!」
「なのニャー!」
ゴク、ゴク……と喉を鳴らし酒を飲む2人。
何よりも幸せそうな笑みを浮かべ、酒を飲み干していく。
「プハッ! おいっしィー!」
「凛、少しは花も見るのニャ! 綺麗な夜桜ニャ……」
うっとりと桜を見つめる弥七。
「はぁ~あ! 弥七ったらロマンチストねぇ~。私なんて、この森の王女様だから、お花見てゆっくりお酒を飲む時間な
んて無いわよ! まぁ、あんたには関係ないけどね!」
手をパタパタと振りながら弥七を挑発する凛だが……。
「ニャ? オイラも忙しいのニャ、なんたって今日から大臣を任された身なのニャ~!」
「……え?」
そして、三秒間の沈黙の後、凛はこう言い放った。
「なんですってェェッ!?」
その声は、お祭り騒ぎの住民達をしのぐほど、大きな声だったという……。