背後からしたしわがれた声。俺は振り向いた。そこにいたのは杖をついた老婆。
こんな山の中に老婆?
「婆さん、こんなところでなにをしているんだよ?」
しかしその言葉が悪かったのか老婆のハイキックが俺を直撃した。それも顔面に。
「いってぇ~~」
とりあえず鼻血が出ていないのが救いだ。
老婆はそんな俺にいちゃもんをつけてきた。
「お前じゃな?ツバキの誘いを断ったガキは」
「そりゃ断るだろう! 俺は未成年だ!」
「ツバキにとって今宵の花見酒が最後となるのに?」
俺の頭の中は一瞬真っ白になった。
「え?」
どういうことだ? 最後って?
「婆さんどういうことだよ? 最後って……」
老婆は息をはいた。
「ツバキは山の神にいけにえにとしてささげられるのじゃ。妖怪はな、何百年もそうやって生きてきたのじゃ」
俺はその老婆の言葉に信じられないという感情でいっぱいになった。
「ツバキ……俺は……」
「今宵の宴も全てはツバキのためなのじゃ」
その言葉を聞いた俺はツバキのいる場所まで戻った。
「アキラ君には少し強引だったかしら?」
ツバキはそう言うと猫の頭をなでる。ニャーとうれしそうに猫は鳴いた。
「でも、一度でも恋ができてうれしかったわ」
ツバキは一気にさかずきの中の酒を飲み干す。
「こんな気持ちなのね……恋って」
ツバキは一滴の涙を流す。
「ぅ、つう……」
一滴では済まない涙は溢れてくる。その時、ツバキと自分を呼ぶ声が聞こえた。
「お父様……」
「行こうか……」
「……はい」
ツバキはさかずきをその場に置いて父の後についていった。
しばらくしてそんなことがあったことなど全く知らなかった俺はツバキを捜した。
「ツバキ! ツバキ!」
どこを捜してもいない彼女。俺の瞳にはうすい膜がはった。
「ちくしょ……ちくしょー!」
サヨナラ。愛しいあなた