コンテストお題「花見酒」

「夜月の花見酒は美味しいわよ? あなたも飲んでみない?」

そう言って俺に酒を進めるのは一人の少女。まるでウサギのような耳に同系色の銀色の髪。

もしかしたら俺は、花の精に魅せられたのか?

「ねえ? 聞いている?」

 

酒をすすめる彼女。いまさらながら俺は未成年だ。

 

「悪いけど、俺は未成年だし! 大体花見酒に用はない!」

強気に出てみる俺だが元から強気な彼女には全く効果なかった。

「飲んでみると楽しいよ? 花見の夜だもの? 飲まなきゃ損! 損!」

そう言いながら彼女は傍にいる猫に酒を飲ませる。

「おいおい! 猫に酒なんて飲ませていいのか?」

「この子は猫じゃないわよ?」

 

笑ってつぶやく彼女。

「え? 猫じゃないって?」

どこからどう見たってこいつは猫だ。

俺が頭を悩ませていると彼女はさらに笑った。

「猫は猫でも妖怪よ?」

きっと月夜の花に魅せられたのよね? と猫の頭をなでる彼女。

「妖怪だって? この世界に妖怪なんているわけない……」

「なら、私はどうなるの?」

目の前の彼女はさかずきを口に運んだ。

「へ?」

俺は意味が分からない。落ち着け。頭の中を整理してみよう。目の前の彼女には酒をすすめられていて彼女にはウサギみたいな耳が生えていて……って!

「お前! 妖怪か?」

「気がつくの遅―い!」

そう言ってとっくりからさかずきに酒を入れる彼女。

落ち着け俺! 妖怪となに親しげに話しているんだ! 妖怪と言えばあれだぞ! 人里に下りてきては悪さをするやつらだ!

「妖怪がこんなところで花見酒かよ!」

ギャンと猫が吠える。

「ぅわ! ……な、なんだよ?」

「ふふふ。きっとあなたが好戦的だから火がついちゃったのね?」

猫をなだめる彼女。

この猫はあれか? 彼女のボディーガードかよ……

 

 

そんな俺の視線など無視して彼女に甘える猫。

「そういや忘れていたわ。あなたの名前なんていうの?」

少女に問われて俺はびくっとした。

妖怪に名前を教えていいのか? なにかに悪用でもされたら……

という考えが俺の中でこだまする。

「別になんでもいいだろう!」

そう言えば彼女はふくれた。

「だって~~いつまでもあなたじゃ呼びにくいんだもの」

「う……」

たしかにそりゃそうだ。俺も彼女じゃ呼びにくい。

「じゃあお互い名前を言いあおうぜ? 俺の名前は竹内アキラだ」

「私はツバキよ。よろしくね!」

ツバキはさかずきに入った酒を一気に飲み干す。

「じゃあアキラ君! 記念に一杯どーぞ!」

いつの間にか自分が飲んでいたものとは別のさかずきを持っているツバキ。とくとくととっくりから酒がさかずきに入っていく。

「お前は俺の話を聞いていたのか! 俺は未成年だ!」

「ここの地酒は絶品でね……」

俺を無視して勝手に話を進めていくツバキ。俺の前にさかずきを差し出す。

「なんでも山の奥地で湧き出る天然水を使っているんだって!」

この言葉で俺は重大なことを思い出した。

「そうだ! 俺その天然水をくみに行く途中だったんだ!」

そのために近道のこの場所を通ったわけで。

俺は急いで足を動かした。

「え? 行っちゃうの?」

少し寂しそうな顔をするツバキ。俺の心がちくりと痛む。

あれ? なんで痛いんだろう?

「あ、俺……」

俺の言いたいことが分かるのか、彼女は俺の言葉を片手で制した。

「今度会うときは一緒に花見酒をしましょう?」

にっこり笑う彼女。俺はなぜか安堵の息をはいた。

「今度会う時に俺が成人していたらな?」

そう言うと俺は走りだす。後ろからツバキの“約束よ~~”と言う声が耳に届く。

実を言うともうちょっと一緒にいたかったなと思う。本当に成人したら最初の花見酒は彼女と飲みたいな。そう思ってやまなかった。

「ツバキ……か」

俺は何度も彼女の名前をつぶやく。とその時。

「お前はツバキを知っておるのか?」

 

背後からしたしわがれた声。俺は振り向いた。そこにいたのは杖をついた老婆。

こんな山の中に老婆?

「婆さん、こんなところでなにをしているんだよ?」

しかしその言葉が悪かったのか老婆のハイキックが俺を直撃した。それも顔面に。

「いってぇ~~」

とりあえず鼻血が出ていないのが救いだ。

老婆はそんな俺にいちゃもんをつけてきた。

「お前じゃな?ツバキの誘いを断ったガキは」

「そりゃ断るだろう! 俺は未成年だ!」

「ツバキにとって今宵の花見酒が最後となるのに?」

俺の頭の中は一瞬真っ白になった。

「え?」

どういうことだ? 最後って?

「婆さんどういうことだよ? 最後って……」

老婆は息をはいた。

「ツバキは山の神にいけにえにとしてささげられるのじゃ。妖怪はな、何百年もそうやって生きてきたのじゃ」

俺はその老婆の言葉に信じられないという感情でいっぱいになった。

「ツバキ……俺は……」

「今宵の宴も全てはツバキのためなのじゃ」

その言葉を聞いた俺はツバキのいる場所まで戻った。

 

鞘風怜
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