背中あわせ

 週末、お礼のデートに亮介を誘った。いつもの駅で待ち合わせをする。

「ねぇ、今日はどこに行く?」

「うーん、ちょっと気になるところがあるんだけどな」

 亮介の心は読めていた。

「サクラ伝言掲示板でしょ?」

「おっ、よく分かったな」

 その少女が気になっていた。

 あれから少し調べてみた。昔、伝言板というものが駅の構内によく設置されていたらしい。すぐに連絡が取れないときに伝言板に書き込んでおくのだ。緊急時の一つの伝達手段として使われていたらしい。しかし、携帯電話の普及に伴いその姿を見なくなった。今では交流を目的として街角や若者が集まる場所などに設置されている場合もあるらしい。しかし、治安などの問題があり、撤去を余儀なくされる例も少なくない。確かに『サクラ伝言掲示板』を見れば理解できる。街にとってのプラス要素がゼロに等しい。

 私たちは夕方に訪れた。さすがに2週連続で門限を延長する許可が親から下りない。

少女はいなかった。

あれから一週間が経過しているが『サクラソウって何ですか?』という質問に対する返事は書かれていない。

「サクラとサクラソウって何か関係があるの?」

「いや、ないみたい」

 こうして荒れた伝言掲示板を眺めているとネット世界と何ら変わらないと思った。アナログかデジタルかという違い。ただ、ここに書き込むには直筆が条件で、目撃される可能性もゼロではないという危険性がある。ベンチに腰を下ろす。生ぬるい風が桜木につく緑の葉を揺らしていた。犬を連れた青年がゆっくりと公園内を横切っていく。日曜日だったが人はまばら。予報が猛暑日なので、なかなか外出する気にもなれない。

「こんにちは。また来たんですか?」

 いきなり後ろから声をかけられた。そこにはあの少女がいた。

「ここベランダから丸見えなんです。顔は分からないけど……伝言掲示板に一度、近づいていたから何か返事が書かれたかもと思って来ちゃいました」

「こんにちは」

 亮介が褒めると少女は少し微笑んだ。

「名前教えてよ。私は彩花で、このイケメンは彼氏の亮介」

「……ゆかりです」

「ゆかりちゃんね。ところでサクラソウって分かった?」

「いえ、分かりません。調べる方法もなくて」

「どうしてサクラソウのことが知りたいの?」

 サクラソウが植物ではないというなら、一体なにを意味しているのだろうか。少女の中でこの単語がなぜ気になっているのか。伝言掲示板を使ってまで知りたい理由とはなんだろう。

 少女は少し俯く。

「私、聴いちゃったんです。パパがママに悲しい顔をして言ってた。サクラソウにしてやろうって。最初はサクラソウって植物だと思ってました。でも雰囲気から考えても違う」

 私と亮介は顔を見合わす。

「彩花、これってやばいかもな。俺たちが踏み込んでいいのか?」

「やばいって?」

「ゆかりちゃんの勘は正しいと思う。してやるって言い方は気になるな」

 少女は頷く。

「そう思いました。でも怖くなってきて誰にも聞けなくて……だから、ここの伝言掲示板に書いたんです」

「私たちが手伝ってあげる。今や世界を繋ぐネットがあるんだから。ホント、ろくでもないところだけど、何か分かるかもしれない」

 私はツイッターで呟くと同時に、某検索エンジンの質問コーナーに投稿する。亮介は自分の携帯でサクラソウに他に意味することがないか調べ始めた。

「ごめんなさい。迷惑かけて」

「いいのよ。それよりさ、最近、周りで変なことって起きてない?」

「変なことですか……別に」

「お父さんとお母さんの仲はいいの?」

「二人とも夜遅くまで働いてて、話すのは朝ごはんの時ぐらい。休みの日はたまに買い物んいでかけたりします」

 聞く限りは、最近よくある家庭に聞こえる。共働きで子供と触れ合うことが少なくなってきている。私も同じだ。

「何か飲む?」

「うん」

「何がいい?」

「コーラがいいです」

 こうやって見てると礼儀正しく、言葉遣いは大人びているが、表情は子供だった。

 携帯電話が何度も震える。ツイッターの返信がぞくぞくと寄せられている証拠だった。

「ちょっと待ってね」

 4桁を超えるフォロワーから集められた情報を確認する。読み進めていくうちに、ある呟きにたどり着き、私はその内容に絶句した。

 

hidamari734

 サクラソウ=桜葬。樹木葬の一つ。桜の下に埋葬される。

 

 私は財布から小銭を取り出した。

「ゆかりちゃん。お金あげるからさ、あそこの自動販売機で買ってきてよ」

「ありがとう」

 少女が軽い足取りで離れてく。その後ろ姿を見ながら私は亮介に囁く。

「これ」

 亮介は表情が固くなるのが分かった。

「どういうことだよ。誰かが死ぬってことか?」

「それは分からない。亮介、桜葬について調べてみて」

「分かった」

 少女が小走りで戻ってくる。私と一緒にベンチに座った。亮介は立ったまま携帯電話と向かい合っている。少女はコーラをごくごくと飲むと「あーっ」気持ちよさそうに声をあげた。

「ねえ、ゆかりちゃん。パパとママと一緒に住んでるの?」

「うん」

「ペットはいる?おじいちゃんとかおばあちゃんは元気?兄弟とかいないの?」

 桜葬という葬式形態ならば身内での死があった可能性が高いと思う。もしくはこれから亡くなるかもしれないということか。最悪のシナリオは殺して桜の下に埋めるということだ。考えたくもないが、頭の中をよぎってしまう。それならこの少女も危険だ。

 早口で多くの質問を投げかけたので、少女はポカンとしている。

「あっ。ごめん。いいよ、ゆっくり答えてもらって」

「ああ、はい。えーっとペットはいません。猫が欲しいって頼んだことがあったけどマンションはペット禁止って言われて駄目でした。おじいちゃん、おばあちゃんは毎年、夏休みに田舎へ会い行ってます。元気だと思います。数日前には電話で話しをしたし。元気じゃないのはお姉ちゃんかな。ずっと病気で入院してるんです。最近、体調が良くないとかで会いにいけてません」

 それだ!と心の中で呟いた。サクラソウともっとも繋がる可能性が高いのは姉であると思った。もちろん、そんなことはあって欲しくないと。

 亮介が私たちの前でしゃがみこんだ。

「うーん。ゆかりちゃん。これはなかなか難しい問題だよ。いろいろ調べてみたけどちょっと分からないなあ」

 ただの憶測で迂闊なことを喋るわけにもいかない。亮介もそれは感じているはずだ。冷静に考えてみると、私たちは何をしているのだろう?何を目的としているのだろう?ただ興味本位で関わっているのだろうか?人助けのつもりでやっているのだろうか?

「ゆかり!何をしてるの?すぐに帰ってくると言ったでしょ!」

滲んだ汗がスーッと冷えていくのが感じ取れた。その声の主が少女の母親であることが瞬時に分かったからだ。

 

「まあ、すみません。この子、何かご迷惑おかけしましたか?」

 細身の女性だった。ジーパンに白いTシャツ姿。目の下にはクマがあり、やつれ顔で頬が少し欠けているように見える。

「いえ、よくこの公園に来るのですが、そのうちに仲良くなりまして」

「そうなんですかあ。ゆかり、このジュースはどうしたの?」

「うん、このお姉さんに買ってもらったの」

「ジュース代、お支払いしますよ」

「いえいえ、気にしないでください」

 亮介が近づいてくる。

「もう少しだけ、一緒に公園を散歩させてもらっていいですか?」

 母親は不思議そうな顔をしている。亮介と少女は手を繋いで歩き始めた。これは亮介からの無言のメッセージに違いなかった。母親に真実を聞きだせということだろう。赤の他人が踏み入れる領域ではないのは重々承知している。それでも気になるのだから仕方ない。拒否されたり、無視されればそれだけの事だ。もう、ここには訪れない。

「あの伝言掲示板知ってますか?」

「ええ、でも見る気になりませんね。ろくなことが書いてないでしょう。正直、こんなところで、ゆかりを遊ばすのも不安です。でも近くに落ち着ける場所もないので仕方なしに」「ゆかりちゃんがある単語をあそこに書き込んでいることご存知ですか?」

 私が示したところを見た瞬間、母親の目が見開くのがはっきり見て取れた。

「あれって、最初は何のことだろうって気になってました。気になって色々、調べたんです。サクラソウって花のことだと思ってました。だけど、他にも意味があって、桜の下に埋葬する桜葬もあることが分かりました。ゆかりちゃんは父親からその言葉をどこから聞いたみたいですね。すごく哀しい顔をされていたそうで」

「あなた学生?」

「高校3年生です」

「家庭事情をペラペラと話すつもりはありません」

 普通に考えたらそうだろう。初めて会った人間とそう簡単に心を打ち解けてくれるはずもない。

「まあ、ゆかりが楽しそうにしている姿を久々に見れました。ジュースも奢って頂いたので少しだけお教えしますよ」

 亮介と少女がスキップしながら公園を回っていた。

香城雅哉
作家:香城 雅哉
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