年下の彼は、ちょっと生意気2

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「竹本さん、これ、お願いします」
 男性コロンのいい香り……。
 というわけで、また今日もカレが全くの他人行儀に、入力すべく営業データを私のところに持ってきた。
「はーい」
 ちなみに前回の本では詳しい説明を省いたが、私たちは食品メーカーに勤めている。
 佐伯君とは相変わらず同じ部署の、販売促進部。
 営業的な数字を伸ばすため、売るための戦略や企画、販促物を考案したりする会社の中枢だ。 
 そして男性社員や総合職の女性にとってのここは、出世が約束された花形の部署らしい。
 けど、短大出の一般職、お局OLの竹本草子には全く関係なかった。ついこの間までは。
 けど最近は、愛するダーリンである佐伯君の将来、はたまた私の未来ともコラボしているかと連想すると、若干の興味が湧いていた。

 佐伯君は私の斜め後ろから、机の上に書類を置いたかと思うと、そそくさと退散しようとする。
「えっと、佐伯君……」
「はい」
「あの、ここなんだけど……」
 と、わざとらしく書類の数字を見ながら、私はメモ紙にペンを走らせ、『今日は?』と書いた。
「すいません、後で調べます」
「あ、はい……」
 カレは『仕事中だぞ』、とでも言いたそうな態度で、厭きれたように離れていく。
 なによ、偉そうに……。
 婚期が遅れている女の弱みだろうか、最近は完全に主導権を佐伯君に売り渡してしまったようだ。
 年上女の余裕はどうした? いかん、いかん……。
 私が『今日は?』と書いたのは、今日は何時に家に来るの? という意味だった。
 佐伯君と会うときはたいてい、私の部屋だと決まっていたから。
 カレと付き合い始めて、三か月。
 外でのデートらしいデートは、ほとんどなかった。
 私的には、映画を見ながら手を握り合ったり、今流行りのスポーツなどを優しく教えてもらったり。そんなアツアツ、いちゃいちゃなカップルのイメージがあったのに……。
 プラスして佐伯君は、両親と暮らしているため、もちろん家にもお邪魔できない。
 だから毎回、一人暮らしの私の部屋へとやってきては、ご飯を食べ、エッチをして、そしてたまーに泊まっていくという繰り返しだった。
 ま、安月給の年下サラリーマンだから、外食だのラブホだの、そんなのは贅沢だとわかってはいたけど。
 なぜか陽の当たらない愛人色がムンムンして、やるせない。
 私にはこれまでの長い節約お局OL生活で、コツコツ貯めこんだ小金が多少はあるので、
「大丈夫、今日はご馳走するから、外で食べようよ」
 といっても、
「草子さんの部屋に行きたい」
 の、一点張り。
 年下の佐伯君にも男のプライドがあるのだろうか。私が奢ったりするのは、絶対に嫌みたいだった。
 時にはお金をばらまいても、全世界に自慢できるようなカレと、腕を組んで街を歩きたい!
 などといった乙女心に、理解を求めるのも、どこか怖かった。

 て、いうか……もしや他人に見られるの、避けてる?
 最初はとろけるようなキスにドキドキし、長くてセクシーな指で乳頭をいじられたり、アソコをかき回され昇っていく気持ちよさに翻弄されてたけど……。
 そういえば、どんなに盛り上がっても、妊娠だけは絶対にしないように気をつけているカレの冷静なセックスにも、近頃は疑問を感じている。
 もしや私は、単に性欲を吐き出すための、お手軽なエロビデオ的存在?
 何度か試して飽きちゃったら、レンタル終了とばかり、返却されてしまうのだろうか。
 あー、やだやだ。
 若い男と付き合うと、どうもアレコレ物事を悪い方へと考えてしまう。
 純粋にカレを信じていればいいのに……。
 
 妄想、いや、ごもっともな分析を繰り広げていると、事務制服のポケットに入っている携帯が振動した。
 佐伯君に勧められ、使いこなす自信もないのに見栄張って買い換えたスマホに、メールが来たようだ。
 私は自分の背中で、課長から見えないように防波堤を作ると、こっそりとそれを確認した。
 佐伯君からだった。
『ゴメン、今日は無理』
 ふうーっと、長いため息が出た。
 そうですか、はいはい、わかりました。なによ……。
 こっちだって夕食を作って佐伯君をジメジメ待つような、そんなしみったれた二号さんごっこには、そろそろNGを突き付けたいところだったつぅの。
 でも、何の用事があるのだろうか。社内の予定は入ってないみたいだけど……。
 確かめたい気持ちは、富士山より高かったけど、
『そ、じゃあ、またね』
 と、年上女のゆとりをかもしだし、優雅にメールを返してやった。
 こういう時は、追いかけたら負け、らしい。
 年下男の場合、手のひらで転がせて見守る、そのくらい大きい素振りの器が大切なのだ。
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オリオンブックス
作家:神崎たわ
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