室内はムッと噎せ返るほどの熱気と、酒の匂い、そして、男たちの獣のような体臭がした。
あまりの暑さに、毛穴から汗が噴き出すのが分かる。
部屋の隅で首を振っている扇風機は、何の役にもたっていないようだ。
な、なにこれ……?
回れ右して帰りたくなったが、グッと我慢して、営業スマイルを顔に浮かべた。
「こ、こんにちは~」
宴会に夢中の作業員たちは、あたしにちっとも気付いてくれない。
思い切って息を吸い込むと、大きな声で言った。
「こんにちはっ!!」
すると一瞬、室内が静まりかえった。
酔った男たちの視線があたしに注がれる。
「なんだぁ~、あんた?」
年配の男が、少し呂(ろ)律(れつ)の回らなくなった口調で聞いた。
「わ、わたくし、ニコニコ生命の井上麻衣と申します」
胸に付けたネームプレートを指で示した。
「まいまいって呼んで下さいね」
そこには、手書きで(ニコニコ生命まいまい❤)と書かれてある。
お客様と親しくなるには、まずあだ名を覚えてもらう。
と言うのが、あたしの勤める会社の方針なのだ。
「まいまいぃぃ~、なんじゃそりゃ……がははっ!」
みんなが一斉に笑い出した。
「あ、あの……」
あたしは、慌ててヒールを脱ぐと、ずうずうしくも室内に上がり込んだ。
擦り切れた古い畳は砂だらけで、足の裏がジャリジャリした。
「みなさん、生命保険はどうですか? もう加入はお済ですか?」
鞄の中からパンフレットを出すと、作業員たちの前に広げた。
彼らの年齢はバラバラで、二十代と思われる若い男性から、五十代くらいの年配の男性まで。
共通しているのは、み~んな酔っ払ってるってこと。
「危険なお仕事をされてるみたいですけど、医療保険なんてどうですか? 病気もケガも一生涯保障で、とっても安心ですよっ!」
何度も練習して、毎日のように繰り返しているセールストーク。
あたしに染み付いてしまったかのように、スラスラと言葉が流れる。
だけど……。
「はぁ? 俺らがケガするっていうのかっ!」
不服そうに顔を歪めて、睨まれてしまった。
男たちの意外な反応に慌てた。
「ち、違います……万が一に備えてって意味で……、じゃあ、じゃあ、ガン保険なんてどうですか? ガンと診断されたら、一時金をお受け取りになれますよ! それに、入院はもちろん、通院だってちゃぁ~んと保障します」
にっこり笑ったつもりだけど、ちょっと頬が引きつってしまったかも……。
「それってさ、俺らがガンになるって言ってんの?」
「えええ~っ! 違いますよぉ~、万が一って意味です! それに、日本人の二人に一人はガンになると言われる時代です。備えあれば憂いなしっ!」
これでどうだっ?