拓也、危機一髪!

 

まあ、いいや、だれかいるだろう」廊下に出て、隣の部屋をノックする。「どうぞ」女の声。「失礼」ほんの少し開けて、中を覗き込む。「コンチワ」ドアを大きく開ける。「お!真黄色!」あたりを見渡すと、部屋の真ん中に白いベッドが一つ。「どういうことだ」ベッドに三歩近づくと、ベッドが三歩遠ざかる。「あれ!」いつの間にか、黄色の自分が白いベッドに大の字になって寝ている。

 

しかも、ベッドに両手両足が縛られている。「どうしたんだ?」自分の声が聞こえない。急いで指を耳の中に突っ込む。「え、まさか!」ベッドの横にアンナそっくりの女。「アンナか?」大声で叫ぶ。まったく自分の声が聞こえない。ベッドに寝ている黄色い自分が何か叫んでいるが、まったく声は聞こえない。アンナらしき女がじっと黄色い自分のあそこを見つめている。女はにやりと笑うとそそり立った黄色い棒をぎゅっと両手で握り締めた。

 

 

 拓也、危機一髪

 

今日は別荘に行く約束の日である。足は重たいが開き直って出かけることにした。タクシーを拾うとさやかたちのマンションに向かった。ドアの前に立つとなぜか気分は晴れていた。インターホンに指を置き、すぐにノブを回すと鍵は解除されていた。ドアを開けると甲高いかわいい声が拓也の耳に飛び込んできた。さやかは異常にウキウキしている。「拓也、今日は小雨みたい。だけど、大雨にはならないそうよ。良かったわ」今まで見せたことのない異様な笑顔を拓也にぶつけた。

 

「タクシーがもう来るわ、降りましょう」さやかは拓也をせきたてた。タクシーに乗ると、後ろの二人は拓也の興味を無視した新人AV女優の話題で休むことなくさえずっていた。拓也は印象派の絵が飾られていると言う別荘のことを考えていると、いつの間にか眠ってしまった。「あそこね、あそこの大きな和風の建物。運転手さん、そこで降ろして。拓也、着いたわよ」さやかはカードで支払うと現金でチップを渡した。

 

三人は車を降りると、旅館のように大きな建物に足がすくんだ。「デカイ、あ、大きいわね」アンナは丁寧な言葉に言い換えた。つつじを両袖にした約50メートルはある道の先に、小さな冠木門が見えた。建物を護衛するように周りを取り囲んだ白い壁を眺めながらしばらく歩いて行くと、桂小五郎と書かれた高級な表札が冠木門の脇にあった。「お父様は、桂小五郎さんと言うんだね」拓也は歴史に出てくる名前と同じ事に気づき小さく頷いた。

 

 

「あー、そう、小五郎」アンナは突然の質問に戸惑う学生のように目を大きくして答えた。冠木門から約30メートル歩くと、竜が彫刻された二本の柱を両脇に従えた、重々しい玄関にたどり着いた。左手には竜安寺を思わせる枯山水の庭園が静かに広がっていた。玄関の中に入ると旅館を思わせる広々とした空間が三人を包んだ。

 

右手を見ると、壁には長さ150センチはありそうな大きな油絵がかけてあり、絵から飛び出しそうな艶かしい白人の裸婦が誘惑するような眼差しで微笑んでいた。正面上部の絵を見ると、沐浴している少女たちのみずみずしいピンクの肌が拓也の目に飛び込んできた。真正面には大きなガラスのドアがあり、そこから小鳥のために作られたような小庭園が静かに眠っていた。純日本風建築に白人の裸婦の油絵を見せつけられた拓也は、小五郎氏の心の大きさを感じた。

 

「広い!旅館みたいね」アンナはバク乳を跳ね上げながら踊り場ではしゃいだ。「さあ、各自の部屋を決めましょう。部屋はいくつあるのかな?広い廊下ね、幅3メートルはあるかしら。左手を見てみるわね、ここに、和室が三つ、15畳、20畳、30畳、隣は茶室かしら。右手は、洋間が4つ。こっちはリビング、50畳はあるわね。ワ~、素敵なシャンデリア。その奥は、キッチン。それに、ここがバス。泳げるほど広いわよ」

 

 

二人は新築の家に初めて入る子供のように、時々、歓喜というより悲鳴を上げている。「僕は和室でいいよ」拓也はしばらく、雪舟の「秋冬山水図」が描かれた掛け軸に見入っていた。「それじゃ、私たちは洋間と言うことで、決まりね。お昼は蕎麦にしましょう。拓也、いいかしら」二人はバッグを持ってさっさと奥の洋間に駆けて行った。

 

拓也は掛け軸を眺めていると、父親を思い出した。父親は水墨画が大好きで、日曜日には墨をすり、お縁に腰かけ、庭の小鳥や松の木を描いていた。蕎麦を食べ終わるころには小雨も消えていた。庭に出てみると、ヒヨドリに似た泣き声が遠くから聞こえてきた。さらに、通りまで出てみると、かわいい小川がフルートの音色に似た声で優しく歌っていた。

 

しばらく通りを上ると、雫をまとった木の葉はダイヤモンドの輝きを放ち、宝石の森を思わせた。右手を流れる小川の上では、そよ風にあわせて、笹の葉が何度もかわいくお辞儀をしていた。突然、脳裏に子供のころ遊んだ近所の友達が現れ、早く来いよ、とガキの良太の声が耳の奥で響いた。拓也は少し下まで降りて、靴を脱ぎ小川に足を入れた。冷たく、やわらかい小川の水を指先で感じると、水の流れに逆らって、両手で水を跳ね上げた。「お~い、良太、祐司、瞳」突然、名前が口から飛び出した。

春日信彦
作家:春日信彦
拓也、危機一髪!
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