拓也、危機一髪!

 

「あー、そう、小五郎」アンナは突然の質問に戸惑う学生のように目を大きくして答えた。冠木門から約30メートル歩くと、竜が彫刻された二本の柱を両脇に従えた、重々しい玄関にたどり着いた。左手には竜安寺を思わせる枯山水の庭園が静かに広がっていた。玄関の中に入ると旅館を思わせる広々とした空間が三人を包んだ。

 

右手を見ると、壁には長さ150センチはありそうな大きな油絵がかけてあり、絵から飛び出しそうな艶かしい白人の裸婦が誘惑するような眼差しで微笑んでいた。正面上部の絵を見ると、沐浴している少女たちのみずみずしいピンクの肌が拓也の目に飛び込んできた。真正面には大きなガラスのドアがあり、そこから小鳥のために作られたような小庭園が静かに眠っていた。純日本風建築に白人の裸婦の油絵を見せつけられた拓也は、小五郎氏の心の大きさを感じた。

 

「広い!旅館みたいね」アンナはバク乳を跳ね上げながら踊り場ではしゃいだ。「さあ、各自の部屋を決めましょう。部屋はいくつあるのかな?広い廊下ね、幅3メートルはあるかしら。左手を見てみるわね、ここに、和室が三つ、15畳、20畳、30畳、隣は茶室かしら。右手は、洋間が4つ。こっちはリビング、50畳はあるわね。ワ~、素敵なシャンデリア。その奥は、キッチン。それに、ここがバス。泳げるほど広いわよ」

 

 

二人は新築の家に初めて入る子供のように、時々、歓喜というより悲鳴を上げている。「僕は和室でいいよ」拓也はしばらく、雪舟の「秋冬山水図」が描かれた掛け軸に見入っていた。「それじゃ、私たちは洋間と言うことで、決まりね。お昼は蕎麦にしましょう。拓也、いいかしら」二人はバッグを持ってさっさと奥の洋間に駆けて行った。

 

拓也は掛け軸を眺めていると、父親を思い出した。父親は水墨画が大好きで、日曜日には墨をすり、お縁に腰かけ、庭の小鳥や松の木を描いていた。蕎麦を食べ終わるころには小雨も消えていた。庭に出てみると、ヒヨドリに似た泣き声が遠くから聞こえてきた。さらに、通りまで出てみると、かわいい小川がフルートの音色に似た声で優しく歌っていた。

 

しばらく通りを上ると、雫をまとった木の葉はダイヤモンドの輝きを放ち、宝石の森を思わせた。右手を流れる小川の上では、そよ風にあわせて、笹の葉が何度もかわいくお辞儀をしていた。突然、脳裏に子供のころ遊んだ近所の友達が現れ、早く来いよ、とガキの良太の声が耳の奥で響いた。拓也は少し下まで降りて、靴を脱ぎ小川に足を入れた。冷たく、やわらかい小川の水を指先で感じると、水の流れに逆らって、両手で水を跳ね上げた。「お~い、良太、祐司、瞳」突然、名前が口から飛び出した。

 

30分ほどして、桂邸に戻ると二人はリビングで甲高い声で笑っていた。「こんなにいい空気を吸ったのは何年ぶりだろ~」拓也は二人の会話に飛び込んだ。「拓也、どこほっつき歩いていたの、探したんだから」アンナは立ち上がると拓也の背中を押して席に着かせた。アンナはペットボトルの冷えたお茶をグラスに注ぐと拓也の前に置いた。拓也は一気に飲み終えるとどっと汗が噴出した。「拓也、シャワーどうぞ」アンナは浴衣を手渡した。

 

シャワーですっきりした拓也は和室に戻り、しばらく部屋の様子を眺めた。床の間の横には時価数百万はしそうな大きな花瓶が置かれてあった。「拓也、絵はどうだった?」アンナがビンビール2本とグラス、さやかは寿司を運んできた。「絵といい、置物といい、高級なものばかりですね。お父様は何をなされていらっしゃるのですか?」拓也はきっと大手商社の社長ではないかと思った。「ああ、コンピューター会社の会長です」アンナは教えられた通りに台詞を言った。

 

「そうですか、まったく素晴らしい」拓也は部屋を改めて見まわした。「拓也、乾杯しましょう」アンナは3つのグラスにビールを注いだ。夕食を終えるとアンナはブランディーのボトルとグラスを持ってきた。ちょっと用を済ませてからお邪魔するわね、と言っていつの間にか二人は消えてしまった。ビールを飲み終えた拓也は、ブランディーグラスを片手に床の間の前にある黒檀のテーブルに見入ってしまった。そこには光琳の「紅梅白梅図」と思われる金箔の絵が描かれてあった。

 

「拓也、いいかしら」浴衣に着替えた二人は拓也が好きなチョコレートを持ってやってきた。さやかの浴衣姿はかわいかったが、アンナは子供用の浴衣を着ているようで不釣合いだった。バク乳が浴衣に収まりきっていない。バク乳の谷間があらわになっている。「拓也、ベランダからの眺めがとても素敵なの、あちらにどうぞ」さやかはブランディーのボトルを手に取るとさっさと洋間に運んでいった。アンナはグラスをもぎ取り腕を組むと連行するように強引に引っ張っていった。

 

洋間のドアを開けると待ち伏せしていたかのように女性の甘い香りが拓也の理性を麻痺させた。中に入ると左手にはベッド、中央には前衛芸術家が作ったようなブルーとイエローのチェック柄の小さなテーブルとそれを囲むように3つの丸いソファーがあった。拓也がソファーに腰掛けると早速アンナがグラスを前に置いた。拓也は印象派の絵画について得意げに話しているうちにブランディーをかなり飲んでしまった。

 

ブランディーは好きだがお酒には弱く、酔うと寝てしまう悪い癖があった。拓也の瞼は限界に来ていた。拓也の左前には浴衣からこぼれだしそうなバク乳が揺れていた。拓也は半分開けていた瞼を閉じてしまった。「大丈夫、拓也!」アンナが声をかけたとたん、拓也はソファーから倒れ落ちてしまった。どうにか、ベッドに運ばれた拓也であったがすべての神経が眠ってしまった。

春日信彦
作家:春日信彦
拓也、危機一髪!
0
  • 0円
  • ダウンロード

10 / 14

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント