義足のゴール

 

カンボジア研修

 6月20日に招待通知が来たが、これは両親に内緒にしていた。理子ははしゃいで喜んだが両親は反対した。研修先がカンボジアだからであった。韓国のカンボジアへのレジャー産業投資は盛んで世界的に注目を浴びてはいるが、かつては戦場であり多くの地雷と不発弾が埋没しており、いまだその処理は遅々と進んでいないことを知っていた両親は断固として反対した。理子もそのことは社会の授業で学んでいた。

しかし、研修はハングル語、クメール語、クメール文化、カンボジアの政治経済学、スポーツ科学及びスポーツビジネス学と研修内容に明記してあったこと。さらに、研修施設は韓国のソンヤムが経営するスポーツジムであることなど決して危険な研修ではないことを両親に訴えた。両親が協会に問い合わせてみると研修センタージムは危険な地区から離れた場所にあることを知らされた。再三の理子の説得に両親も根負けして研修旅行を承諾した。

後日届いた研修内容の資料を見ると研修メンバーに釜本健太の名前があった。偶然とはいえ理子はうれしくて涙がこぼれた。すぐに、メールすると健太からも驚きのメールが返ってきた。さらに、この研修でしっかりスポーツ科学とスポーツビジネス学を勉強し、これに関する卒論を書きたいこと、将来ドイツのプロリーグでサッカーをやりたいことなどいくつかのプランを打ち明けた。メールを読んだ理子は、健太は大人であることに改めて感心した。

 

8月5日、福岡空港を飛び立ちバンコクを経由してシェムリアップ国際空港に到着した。空港から20人乗りのジム専用マイクロバスでシェムリアップ東部の研修センタージムに到着した。研修メンバーは二人一組で4組の編成となっていた。理子はバレーボール選手の荒木舞とのペアだった。到着後部屋割りされると早速2Fの研修室でミーティングが行われた。6日と7日はハングル語、クメール語とクメール文化の学習、8日から10日まではホームステイ、11日から13日まではスポーツ科学、スポーツビジネス学とカンボジア政治経済学、14日から16日まではアンコール遺跡、地雷博物館、アンコール動物園及び市内観光、17日は研修体験のディスカッションとレポート提出、18日に帰国と研修予定の説明があった。

二日間の語学研修を終えた研修生はAグループとBグループに編成された。各グループには日本語が話せるガイドが付き添い、二つの村でホームステイをすることになった。Aグループは渡辺理子(福岡県・サッカー)、荒木舞(宮崎県・バレーボール)、釜本健太(福岡県・サッカー)、鈴木進(沖縄県・野球)、Bグループは板野洋子(大分県・バスケットボール)、大島恵(長崎県・テニス)、小野純一(熊本県・水泳)、宮崎栄治(佐賀県・ボクシング)。ホームステイ先は国道6号線沿いにあるプリア・ネット・プリア近くにある農村の村長の家が指定された。

理子たちがホームステイするサバーイ村長の家は貧困家庭が多いカンボジアにあっては裕福であった。近年開発が進んでいるこの地域では土地成金が増えている。サバーイ村長もその一人であった。ホームステイの目的はカンボジア庶民の貧困を彼らの生活から実体験することであったが、悪化している治安状況を考慮してあえて裕福な村長の家庭が指定されていた。Bグループも同様であった。

 

8日はサバーイ村長一族との懇親会が催され「アプサラの踊り」が披露された。9日は村長の親類の家庭を訪問し伝統工芸といえる織物の実体験をした。ほとんどの村民は農業を専業としているが、農閑期の副業として女性たちによって織物が作られる。日本では考えられないほどの貧困であるが、子どもたちは無邪気で明るく、理子は写真を撮ってプレゼントした。

村長の家族には三人の娘と男の子がいた。理子は2個のサッカーボールを子どもたちにプレゼントした。9歳になる三女のスアートちゃんはとても利発で運動神経がよくサッカーボールがとても気に入った。村の子どもたちを集めて理子たちはサッカーを日が暮れるまで楽しんだ。子どもたちがボールを追いかける楽しそうな姿を見て、将来カンボジアにサッカーチームを作りサッカーを広めたいという夢を抱いた。

9日の夜から10日にかけて大雨が襲ってきた。眠れないほどの雨音で理子と舞は一晩中震えていた。朝方雨は止んだが理子は震えが止まらなかった。さらに、頭痛を感じ、熱を測ると39度の高熱であった。ガイドはすぐに救急車を手配したが、隣村までは来られるが大雨のためにこの村へは来られないことがわかった。大雨になるとこの村と隣村を結ぶ道が必ず水没するのである。町の救急車は隣村には約20分すれば到着するが隣村までは歩いて行かなければならなくなった。

 
 

隣村まで幅80センチメートル、距離500メートルほどの細い道があり、この道は昔から村人が往来している安全な道であった。だが、この道は地雷危険地区を横切っているため道の周辺に地雷がある可能性は残っていた。もし、デング熱であれば大変なことになる、一刻も早く隣村に連れて行くべきだと村長はガイドに話した。ガイドは研修生にそのことを話すと理子を背負って隣村まで連れて行くと健太は顔を真っ赤にして言った。

早速、村長と理子を背負った健太三人は隣村につながる細い道を急ぎ足で歩き始めた。健太は理子の無事を祈願しながら無我夢中で突き進んだ。村長が「アエ・ヌッフ」と叫んだ。大きな高床式の建物が健太の目に飛び込んできた。健太の心に弾みがついた。そのときである、数匹の犬の吠える声が鳴り響いた。犬嫌いの健太はびっくりしてとっさに右方向にジャンプした。そして、着地と同時に理子を落とすと後ずさりした。

「あ!」健太は我に帰り理子の元に駆けよろうとした。その瞬間、鼓膜を突き破るような爆発音がした。健太の目に飛び込んだ鮮血は理子を真っ赤に染めた。爆発音を聞きつけた村人たちが集まってきた。村長は地雷で足が吹っ飛んだと村の医者に伝え、医者を引っ張ってやってきた。健太は理子の右足首の上をしっかり握り「あ~、あ~」と悲鳴を上げた。医者は足首の上を紐で縛ると村人に理子を運ばせた。

 

サーファーヒカル
作家:春日信彦
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