義足のゴール

 理子は新学期が始まると創部のためのポスターを掲示板に貼ったが、誰一人ポスターに見入った学生はいなかった。昼休みの度にしばらく掲示板から離れて様子を伺っていたが、数人の学生が一瞥しただけでほとんどの学生は素通りであった。教室に戻った理子は一人うつむいて目を閉じた。授業中の先生の声は消え去り、この学校にサッカー部が無い理由についてじっくりと考える日々が続いた。ほとんどの部活があるのになぜサッカー部は無いのか?

 家に帰るとベッドの中で一晩中考え続けたがどうしても理由がわからなかった。理子は5歳のときから兄、誠人と一緒にFC福岡でサッカーを楽しんできた。また、サッカーは誰でも楽しめるスポーツと思い込んでいた。だから、サッカー部の部員は簡単に集まるものと安易に考えていた。ところが、サッカーの話題をする学生は誰一人いなかった。歌手、アニメ、ドラマ、スケート、化粧、旅行、バイト、彼氏のことなどありふれたガールズトークは耳にするが、なでしこジャパン、ワールドカップ、Jリーグの話をする学生はいなかった。

 散々悩んだあげく4歳上のFC福岡の先輩健太に相談することにした。彼は福岡体育大学2回生でサッカー部のゴールキーパーをしている。週に1回FC福岡のコーチにやってくる。FC福岡はJリーガーを輩出している名門クラブである。小学生の選手は彼が大好きである。いつも笑顔で指導するからだ。理子がクラブに入って最初に仲良くなった先輩でもあった。早速メールで悩みを送信した。

 すぐに返信が来た。相談する相手を間違っている。男にわかるはずが無い。女友達に相談したほうがいいんじゃないか。このようなメール内容だった。理子もうかつだった。確かに的を射ていた。クラスで一番仲のいい直子に相談することにした。メールで相談しようかとも思ったが、やはりじっくり本音を聞きたい気持ちが強くなり、日曜日にスタバで相談することにした。

 直子は文学少女だった。とてもおしゃべりで愉快ではあるが、しゃべりすぎが災いしている。最初の数学Aの授業でうるさいとおじじ先生に怒鳴られた。中3の模擬試験で熊高の合格判定はAであったらしいが、なぜか私立のお嬢様高校に入学した。熊本の天草出身で、真珠の養殖をしている資産家の三女である。クラスはRSで入学式のとき理子に声をかけられた。お互い高校での最初の友達となった。

 いつものスタバで待っていると直子がやってきた。二人ともモカのコーヒーが大好きだった。話し始めると2時間はしゃべっていた。早速、単刀直入に悩みを打ち明けると直子はしばらく黙っていたが、自分のサッカーへの気持ちを話し始めた。サッカーはやったことが無いしやりたいとも思わない。女のやるスポーツにしては過激すぎる。きっと足にあざができるし額が傷だらけになると思う。このようなことを直子は小さな声で答えた。

 

 女の子は肌のことを一番気にするから、お嬢様はサッカーやらないと思う。直子は結論を言った。理子は大きく頷いた。理子は女でありながらこのことに気づかなかった自分が恥ずかしくなった。足にはあざがたくさんあり、額にも傷があった。ボールを奪い合うとき足と足がぶつかり合う。ヘディングするとき額に激しい衝撃がある。こんなことは当然でありこれがサッカーなのだがお嬢様には耐えられないことだとわかった。

 理子は愕然となり創部の夢の炎は小さくなってしまった。しばらく、黙っていると直子がポツリとつぶやいた。「部員第一号がここにいるど」人差し指で自分を指差した。まったくサッカーのことがわかっていない直子に少しむかついたが、そこはぐっと怒りをこらえて優しく答えた。「気持ちだけでいいよ。骨折されたら困るから」直子は華奢で格闘技のようなサッカーをやれる筋肉がまったく無かった。すると能天気の笑顔で「え~・・じゃ~マネージャーはどう?」と追い討ちをかけてきた。

 理子の本音は直子にサッカーにかかわってほしくなかったが、今の孤立無援の立場では猫の手でもかりたかった。「そいじゃ、マネージャー頼むよ」直子を頭数にいれた。二人は今後の活動について話し合ったが、理子の心は沈む一方であった。直子は打開策として理解しがたい提案をした。それはサッカー部を止めて同好会にしようと言い出した。つまり、部活の合間に適当に参加してもらうと言うわけだ。練習時間も内容も曜日も服装も自由と言うことにして、一から理子が手取り足取り教えることを提案した。

 

 これは頭痛の理子の頭をハンマーで殴るようなものだった。あまりのショックにスタバを飛び出してしまった。家に戻るとベッドに飛び込みじっと目を閉じた。しばらくすると涙が流れてきた。馬鹿でわがままな自分が情けなくて死にたくなった。両親にいまさら学校を辞めたいとは言えるはずもなく、かといって元気よく学校に行く気持ちにもなれなかった。多額の寄付金を支払ってくれた両親にサッカー部のことをどのように話せばいいのか考えると、家出したくなってしまった。

 涙は止まらなかった。たんかをきって入った高校であったが一ヶ月もしないうちに挫折してしまった。今すぐにでも電車に飛び込みたい衝動に駆られたが、健太に今から死にますとメールした。机の上に“ごめんなさい”と書いたメモを置くとサッカーボールをはさみで突き刺し駅に向かった。猪突猛進で短気な理子は小学生のころからよく家出をした。そのたびに兄の誠人と健太が探して連れ戻した。涙しながら歩いている理子の携帯から“会いたかった”の着メロがなった。

 着信音には気づいていたが足を止めなかった。赤坂駅のホームで最初の電車を見たとき腰を抜かしベンチに腰を落とした。自分の愚かさに改めて気づくと、もはや立つ気力も失ってしまった。ただぼんやりと人の流れが目に入り電車の音が静かに耳に入ってきた。今すぐ心臓が止まれ、と神様にお願いした。ゆっくりと目を閉じて両手を合わせた。

サーファーヒカル
作家:春日信彦
義足のゴール
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