義足のゴール

 

隣村まで幅80センチメートル、距離500メートルほどの細い道があり、この道は昔から村人が往来している安全な道であった。だが、この道は地雷危険地区を横切っているため道の周辺に地雷がある可能性は残っていた。もし、デング熱であれば大変なことになる、一刻も早く隣村に連れて行くべきだと村長はガイドに話した。ガイドは研修生にそのことを話すと理子を背負って隣村まで連れて行くと健太は顔を真っ赤にして言った。

早速、村長と理子を背負った健太三人は隣村につながる細い道を急ぎ足で歩き始めた。健太は理子の無事を祈願しながら無我夢中で突き進んだ。村長が「アエ・ヌッフ」と叫んだ。大きな高床式の建物が健太の目に飛び込んできた。健太の心に弾みがついた。そのときである、数匹の犬の吠える声が鳴り響いた。犬嫌いの健太はびっくりしてとっさに右方向にジャンプした。そして、着地と同時に理子を落とすと後ずさりした。

「あ!」健太は我に帰り理子の元に駆けよろうとした。その瞬間、鼓膜を突き破るような爆発音がした。健太の目に飛び込んだ鮮血は理子を真っ赤に染めた。爆発音を聞きつけた村人たちが集まってきた。村長は地雷で足が吹っ飛んだと村の医者に伝え、医者を引っ張ってやってきた。健太は理子の右足首の上をしっかり握り「あ~、あ~」と悲鳴を上げた。医者は足首の上を紐で縛ると村人に理子を運ばせた。

 

 

小さな勇気

 

救急車で町の病院に運ばれ応急処置を受けた理子はバンコクの病院に入院した。3週間後、一命をとりとめた理子は福岡赤十字病院に転院した。理子の足の傷は次第に治癒したが心の傷は深まる一方で起き上がる気力も失った。ついに両親とも話さなくなってしまった。半年後、退院したが部屋にこもって歩こうともしなかった。サッカー選手の夢を失った理子はいっそ死んでしまっていたらよかったと何度も思った。もう、自分の人生なんてどうでもいいと思った。

健太もずっと悩んでいた。もしあの時理子を落とさずいたならば地雷を踏むことはなかった、失われた足は二度と戻ってこない、このことを考えると涙が止まらなかった。また、サッカー選手としてオリンピックに出る夢も破壊してしまった。もはや理子に会わせる顔はないと思った。健太は大学を退学し理子の知らない町で働き、そのお金でサッカーができる世界一の義足を理子に作ってやる決意をした。

FC福岡でサッカーをやっている子供のころからの写真、サッカーの雑誌、サッカーのDVD、サッカーボールなどサッカーに関するすべてのものを理子は一人で処分した。また、家族においてサッカーの会話を一切しなくなった。健太からのメールもすべて拒否した。ほんの少し会話したのは母親とだけであった。家族も健太ももはやなすすべはなかった。理子はひそかに自殺の計画を立てていた。

  
 

今回は、置手紙は書かず、健太にもメールせず、一人で西海橋に行く決心をした。明日決行することにした。その夜、母親が部屋にやってきた。健太からの伝言を伝えるためだ。内容は次のようなことだった。明日、いつものようにFC福岡小学生チームと同好会チームの試合をするから見に来てほしい。理子と会えるのはこれが最後だ。理子は悩んだが結局行くことにした。理子も最後にしたかったからだ。

理子はキックオフ開始時間に遅れたが、母親に押されて車椅子でグランドに着いた。グランドではいつものメンバーがボールを追いかけていた。いつもは得点が取れない同好会であったが今日に限って3点も取っていた。20分ハーフの試合は同点でPK戦になった。PK戦も互角で小学生チームが一本外した。同好会が最後に決めれば初めての勝利となる。理子はぼんやり眺めていた。

同好会の5番目の選手が立ち上がったとき健太はストップをかけた。そして、すばやく理子のところに駆け寄ってきた。「理子、別れのボールを蹴ってくれ」健太はお願いした。理子はゆっくり頷いた。理子は義足をつけると恐る恐るゆっくりとグランドに入ってきた。ボールの前に立つと目の前にはゴールキーパーの健太が大きく手を広げて待ち構えていた。「よし、さあ、来い」と健太は気合を入れた。

 
 

理子は義足を大きく後ろに引くと健太に目がけてボールを運ぶように蹴った。ボールはゆっくりと転がり健太の手元まで転がった。健太は拾い上げるようにボールをしっかり抱きしめて「よし」とつぶやいた。そして、「大好きだ!」と大きな声で叫ぶとゴールに倒れた。その瞬間、大きな爆音が鳴り響いた。あの時の地雷の音にも負けない小さな勇気に対するみんなの拍手だった。

初めて試合に勝ったときの拍手がよみがえってきた。そして、ボールを追いかけている子供のころの自分の姿が頭の中を駆け巡った。健太がプレゼントしたスニーカーを履いた義足はひとりでに歩き始めていた。しっかりボールを抱きしめ倒れた健太のところまで歩いていくと「この足で生きていくよ」と義足で健太を蹴った。そのとき、健太は死ぬまで理子の義足になることを決意した。

3ヵ月後、学校を辞めた理子と健太はカンボジアに旅立った。理子の左手薬指には健太手作りの婚約指輪が輝いていた。

春日信彦
作家:春日信彦
義足のゴール
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