信ずるものは、救われぬ

エピローグ( 4 / 4 )

 私はこの記事を読んだ時、そう思った。
 確かに金に比べると、吉川は小物に見えるが、根っこは同じだ。
 教会はひとつ間違えば密室になる。そこでは、神、信仰、そして神の代理人である、否、神そのものになった牧師を媒介にして、何でも起こり得る。

 実際、吉川は牧師の権威をかさに来て、信者と寝ていたのだ。

 リサーチをしている過程で、吉川の妻・民子が在日韓国人だという情報を得た。吉川の韓国びいきの原点は、どうやらそこにあったようだ。
 吉川の下半身スキャンダルを知っている関西のほとんどの教会は、エロ老人・吉川を相手になどしていないが、韓国系の教会は、吉川が韓国人を娶っているということや、スター牧師である朴東植の日本進出に手を貸したことなどで、過去を不問にして、吉川を優遇しているという。
 吉川も、韓国系の教会で説教をする際には、「私の妻は韓国人です」と必ず自分で言うらしい。
 吉川が、泉南キリスト福音教会、関西ペンテコステ福音教会で一足早い「韓流ブーム」を演出していたのは、そういう理由だったのだ。
 私が、関西ペンテコステ福音教会に通っていたころに、吉川の妻が韓国人だとは一度も聞いたことがなかった。口さがないオバちゃん信者も、そんな噂話はしてはいなかった。誰もその事実を知らなかったということだろう。
 韓国人に対する偏見を恐れた吉川は、自分の教会では妻が韓国人だとは言わず、韓国系の教会ではそれを告白し、はっきりとそれを使い分けていたのだ。吉川の日本神話否定も、案外そんなところから来ていたのかも知れない。
 何とちんけな人間だ。
 実はそうすることで、自分自身が韓国人を差別していることに気づいていない。改めてこんな人間に、神を語り、人を導く資格などない。

 韓国シンパのエロ牧師吉川と、韓国人エロ牧師・金保に接点があったかどうかはわからない。しかし、金の教会から分派した教会で、吉川が説教をしたというのは、「類は友を呼ぶ」ということわざを思い出させる。
 金保は二〇〇六年に一審で懲役二〇年の判決を受けた。
 金は控訴しなかったので、刑が確定し、現在服役している。金は公判中、被告人質問で「主が(私を)裁く」と嘯き、被害者に一言の謝罪もしなかったという。
 もうひとつの事件も、吉川時代の関西ペンテコステ福音教会を髣髴とさせるものだ。再び長文となるが、二〇〇八年六月一日付『クリスチャン新聞』の記事から引用する。

「静岡地裁浜松支部判決 損害賠償請求は棄却
牧師の暴力・セクハラ再認定
  ハレルヤコミュニティーチャーチ(HCC)浜松教会=静岡県浜松市中区=の榊山清志牧師から暴力やセクラを受けたとして、『塾生』と呼ばれる同教会の元信 者(献身者)ら四人が、同教会と榊山牧師を相手取って損害賠償を求めていた裁判で、静岡地裁浜松支部(酒井正史裁判長)は五月一九日、時効を理由に請求を 棄却したものの榊山被告の暴力・セクハラの事実を認定する判決を言い渡した。同裁判に関連して二月には、提訴は不法だとして榊山氏が逆提訴した裁判とそれ に対する反訴で、双方とも棄却ながら榊山氏の暴力・セクハラを事実と認定する判決が言い渡され確定していた。本訴でも改めて牧師の暴力・セクハラを事実認 定したことになる。[根田祥一]

原告らが声明『悔い改めて再出発を』
 榊山夫妻の行為の違法性を明確にし、HCC浜松教会がカル ト化している現状を内部の人に理解させ、同教会を健全な団体とすることなどを目的に、同教会の元責任役員大木彰氏(単立・浜北キリスト教会牧師)を代表と して裁判に取り組んできた「ゆうきの会」は同日原告団声明を発表し、(裁判所の)認定事実をHCC浜松教会が真摯に受け止め、問題状況を速やかに改善し健 全化することを願うとして、次の諸点を要請した。

①榊山清志・仁子夫妻は、これまでの塾生に対する暴力・セクハラの事実を正直に認め、被害者および教会に対して真摯に謝罪すること。
②榊山清志・仁子夫妻は、自らの行為の責任を取って、速やかに牧師を辞職すること。
③HCC浜松教会役員会は、自らの教会で起きた問題を直視し、教会役員としての責任をもって、榊山夫妻に対する適切な戒規の執行および必要な処分を行い、教会の健全化に努めること。
被 告側は、しつけ、教育の意味で、多少の有形力を行使したことはあったが、暴力といえるほどのものではないし、セクハラは一切存在しないと主張していた。し かし判決では、原告らの供述内容は迫真的かつ具体的である上、熱傷は診断書や写真で裏づけられており、他の元信者らの目撃証言も供述と符合するとして、 「原告らの供述は信用性が高い」と判断。これに対し榊山被告の供述はあいまいで採用できないと退け、被告らの不法行為を認定した。
 だが本件訴訟を提起した〇五年一〇月には原告らが受けた不法行為から三年が経過し、損害賠償請求権は時効で消滅したとして請求は棄却した。」

 因みに、この榊山の岳父は、吉川と親交があった教会の牧師である。 どこかで彼らはつながっているのだ。
青木大蔵
信ずるものは、救われぬ
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