ノマド

 八、

 友人! クラスに一人か二人しかそのように呼べる人間のいないミソッカスに、偉大な友人が!
「どうしたのだね、涙など流して」
「嬉しいのです。あなたが友人と呼んでくれたから」
「私もね、君が相手をしてくれて嬉しい。だから友人と呼んでいる。お互い様だ」
 嗚呼、カラスはどこまでも優しいように思われた。明け方に品性の欠片もなく喚き散らすハシボソガラス達とは大違いである。彼女がもし、あの下品な、いや、同種を悪く言ってはいけない。私は、カラスの友人であるために烏を認めなければならない。その程度の矜持は持っている女子高生だと、一応自分だけでも信じたい。
 九、

 カラス、私のカラス。寒いのが辛ければ、家に迎えたい。しかし、渡りを止めた彼女は魅力をも失うだろう。そのように出来た身体なのであって、決して家でぬくぬくと過ごすための美麗さではない。
「君は、私を止めないのか」
「ええ、あなたは渡りをするのが生業ですもの」
「生業ね」
「そうです。生業なのです」
「ならば、喜んで受け入れるよ」

 十、

 思慮の深い、カラス。フギンとムニンは思考と記憶を司る。ならば、この見目麗しくない女子生徒も、彼女の頭に、髪の毛に、セーラー服に、白い肌に残り続けるのだろうか。はてさて、まったくもって分からない。そうしている内に冬は明けようとしている。渡りに出るであろうカラスと、セーターを薄手の物に代える私。相変わらず後ろ暗さの欠片も見せずに鳴き続けるハシボソガラス達。三年生である私は推薦にて大学進学を決めており、来年屋上に来る事はない。

 十一、

 別れが近いのかもしれないとセンチメンタルに考え、すぐにそれを打ち消そうとする。また会える。また会える。彼女がワタリガラスの姿をとっていたとしても。
「ねえ、カラス、私はいつでもこのニット帽を被ることにしますよ」
「それはまた奇矯な事だ」
「そうすれば、屋上からいなくなっても、私を見つけられるでしょう。ねえ、カラス、私は、あなたと友人でいたいのです」
「会えなくても友人ではいられる」
「いえ、会いたいのです」
「困った娘だ」
 嗚呼、困らせてしまった。馬鹿な娘。

キリ子
ノマド
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