ノマド

 五、

「フギンとムニンというのは偉いのか」
「一応、神の使いだとか言われていますもの。神がいないとしても、お話として偉い事になっているのです」
「偉くて良い事などあるのか」
「面倒事なら或いは。生徒会長などはいつも眉間に皺を寄せています」
「では校長ならどうだ」
「教師が偉いとは思えないのです。色々と、若いなりに怒りを感じているもので」
「成る程、君は大変だ」

 六、

 カラスの言葉はいつでも何処か他人事のように聞える。実際他人事であるし、種すら違うのだから当然と言えど、あまりの自然さに潔いと感じる時もしばしばである。私は教師に対して色々怒っているが、カラスは渡りを行い、餌を食べ、神の使いと崇められるだけだから仕方ないのかもしれない。否、だけ、という表現はカラスに失礼である。私は自分の浅はかさを反省する。彼女はいつだって尊敬の対象だし、悪し様に言いたくはない。それが微かな言葉のあやでも。

 七、

「君は真面目過ぎるのだ」とカラスは言う。渡りは真面目ではないのだろうか。
 ともあれ、冬の間カムチャツカから降りてくるワタリガラスのカラスは、いつでも立ち入り禁止の屋上で私を待っていてくれたので、それだけでも満足だったし、真面目か否かは特段問題ではなかった。へちゃむくれの私だけが知っている、世界最大の烏。その化身。化身なのだろうか。
「化身ではないよ」
「では、例えばです。カラスはこの場で鳥の姿に変わるのですか」
「それは出来るが、恥ずかしいからしない。同性とは言え、友人の前で裸になるような真似はご免なのだ」

 八、

 友人! クラスに一人か二人しかそのように呼べる人間のいないミソッカスに、偉大な友人が!
「どうしたのだね、涙など流して」
「嬉しいのです。あなたが友人と呼んでくれたから」
「私もね、君が相手をしてくれて嬉しい。だから友人と呼んでいる。お互い様だ」
 嗚呼、カラスはどこまでも優しいように思われた。明け方に品性の欠片もなく喚き散らすハシボソガラス達とは大違いである。彼女がもし、あの下品な、いや、同種を悪く言ってはいけない。私は、カラスの友人であるために烏を認めなければならない。その程度の矜持は持っている女子高生だと、一応自分だけでも信じたい。
キリ子
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