六、
カラスの言葉はいつでも何処か他人事のように聞える。実際他人事であるし、種すら違うのだから当然と言えど、あまりの自然さに潔いと感じる時もしばしばである。私は教師に対して色々怒っているが、カラスは渡りを行い、餌を食べ、神の使いと崇められるだけだから仕方ないのかもしれない。否、だけ、という表現はカラスに失礼である。私は自分の浅はかさを反省する。彼女はいつだって尊敬の対象だし、悪し様に言いたくはない。それが微かな言葉のあやでも。
七、
「君は真面目過ぎるのだ」とカラスは言う。渡りは真面目ではないのだろうか。
ともあれ、冬の間カムチャツカから降りてくるワタリガラスのカラスは、いつでも立ち入り禁止の屋上で私を待っていてくれたので、それだけでも満足だったし、真面目か否かは特段問題ではなかった。へちゃむくれの私だけが知っている、世界最大の烏。その化身。化身なのだろうか。
「化身ではないよ」
「では、例えばです。カラスはこの場で鳥の姿に変わるのですか」
「それは出来るが、恥ずかしいからしない。同性とは言え、友人の前で裸になるような真似はご免なのだ」