HEROES OF THE SCHOOLシリーズ moonlight

第四章( 1 / 1 )

「実緒ーっ! 手紙が届いているわよーっ!」

「……はい」

 一〇月五日。午前一〇時。

 一階から母親の声がした実緒は、パジャマのまま階段を下り、白い封筒を受け取る。その姿に生気は感じられない。身体中が絶望に満ちている。

 自分の部屋に戻り、確かめてみる。

「宛て名が、ない」

 不思議に思いながら、実緒は封筒を裏返して見る。

 右下に、『実緒へ』という達筆な字が書かれている。

 ――明らかに怪しい。

 実緒は恐る恐る、封筒を開けてみる。

 中には三つ折りにされた用紙が入っていた。

 ゆっくりと開いていき、読んでみる。

「……!」

 その瞬間、実緒の目から一粒の涙が零れた。

 

『     実緒へ

 

 お元気ですか。うーん、『ですか』っていうのはやっぱり気恥ずかしいなあ。……普通に、わたしなりの文章で書くね。てへへ()

 最近はどう? 元気でやってる? 実緒が元気でやっているのか、すごく、すごーく、心配だよ。あの雨の日からずっと考えているんだよ!

 あの日は本当にショックだった。なんで? そりゃあ、実緒に、親友に拒絶されちゃったから。こんなこと小学生の頃に続いて二度目だよ。

 何度も言うけど、ホントに……本当にショックだった。悔しかった。あのゴミ武藤と同じにされたことが。

 わたしは……わたしは、実緒のことは本当にバカになんてしていない! これだけは事実! みっちぃ(長郷さんのことね!)だって、ナル男やタックン(一年生二人ね!)だって、すごいと言ってくれたんだよ。本当なんだから!

 助けたかったんだよ! だから、実緒の家まで、猛ダッシュで来たんだよ! 同じように夢に向かう親友の道を、閉ざさないためにも! どんなことがあっても、わたしだけは実緒の味方だって言いたかったんだよ!!

 でも……手をとれなかった。傷つけられていた実緒の心の限界に気づいてやれることができなかった。親友として最低だね、わたし。

 ごめん。本当に……ごめん。

 部活に行く前の実緒の暗くなった顔に気づいていたけど、それを気づかないふりをして、本当に、ごめんね。

 だから……聞いてほしいものがあるの!

 わたしの気持ちを実緒に届けたい!

 今の実緒には、不器用なわたしの言葉だと余計に傷つけてしまいそうだから、歌に込めたの。わたしが気づいたように、実緒にも『一人じゃない!』っていうのを! 傷つけられても、わたしやmoment'sのメンバーが味方だってことを! わたしたちがいつも背中から見守っているってことを!

 だから、怖いかもしれないけど……学校に来て! 『騙された!』と思って来て! わたしたち――わたしが、実緒のために用意した新曲を届けるから!

 今日の総合祭――13時から1時間半、わたしたちのライブがあるから、最後の曲までには……来てね。必ずよ!

 めちゃくちゃな文章になっちゃったけど、これがわたしの本心だから。この想いだけは、変わらないから!

 だから……待ってるよ!

あんたの親友より』

 文章から、一目瞭然であった。

 その送り主が誰なのか。

 あの女子学生からの正直な――熱い想いが感じる。

 強引なところもあるけど、常に笑っていた女の子を。

 夢に向かって一緒に頑張ろうと言ってくれた大事な友人。

「……ネオちゃん……!」

 私、なんであんなひどいことを……。

 謝らないと……。

 行かなくちゃ!

 自然と実緒の足は、制服が置いてあるクローゼットの方へと動いた。

 送り主に、会うために!

 

 

 

「みんな、期待しているわよ!」

今回のライブのオファーをもらった総合祭実行委員長、大山茜(おおやまあかね)がステージである講堂の舞台裏で、ネオと未知流を激励する。

「はい! 頑張ります!」

 ネオは気合いの入った声で返事をする。

 今日のネオたちは一味違う。ライブ用の服を着ているのだ。

 moment'sの服は、メンバーでお金を出して作った――胸に『Light』と白地で描かれた半袖黒Tシャツ以外は、自由な服装をしている。

 ネオは腰の部分に、右足の膝まで届くくらいまでの赤いサッシュを巻き、紺色の三段フリルのミニスカートと合わせて黒のレギンスを穿き、そして頭に黒のリボンをつけた、トレードマークのポニーテール――プライドの高いリーダーを表現している。

「今、先生たちにインタビューしているハヤトの、いや、片平(かたひら)くんがみんなのことを呼ぶから、そのタイミングで登壇してね」

「了解です!」

 と未知流がグッ! とアカネに向かって親指を突き立てる。

彼女は、ピンクのベルトを締めた、黒の短いプリーツ・スカート、黒のニーソックス、両手首には黒のシュシュ、そして腰まで届く漆黒のストレートパーマという、ワイルドな感じに仕上げている。制服を着てもそんな雰囲気があったが、さらに磨きをかけたみたいだ。

「アカネさん! 例の件、お願いしますね」

「まっかしといてー!」

 アカネはネオに手を振りながら、勝手口からでていった。

 総合祭。

 学生主体で、日頃の成果の展示や催し者を出して、学生はもちろん、保護者や地域の方々を楽しませる、学校の一大イベントの一つ。

 三年生は調理室を使って料理を販売しており、二年生や一年生は出し物を行っていた。中には、生徒会と実行委員会の許可を得て、視聴覚室でお笑いをしている学生や、部活でイベントを開いており、午前中から大賑わいだった。

 ネオのクラスである二年一組では、教室をすごろくに見立てて作り上げた出し物、『サイコロ☆あどべんちゃー』をやっており、彼女は午前中、その運営当番をやっていた。

 大人から子供までが楽しめる出し物であったためか、色々な世代の方が楽しんでくれた。

お客さんがしばらく来ないときは、運営しているメンバーで勝負をしていたのだが、『誰が好きか教壇で叫ぶべし!』とかいう、突拍子もないマスに止まってしまい、おかげで誰が好きか(もちろん実緒ではない)を無理矢理言うはめになってしまった。そのことは三人には内緒だが。

 そんなこんなでネオは楽しくやっていたが、一人足りない。

 その件について、

「竹下さん、ほんとどうしたのかなぁ?」と女子学生。

「そうだよな。何があったんだろ?」と男子学生。

 午前中に運営当番になった実緒のことを、クラスメイトのみんなが気にかけている。

 その声を聞いて、ネオはすごく嬉しかった。

 実緒には、帰る場所があることを。自分を始めとするクラスメイトの何人かは、彼女のことを待っていることを。

 ――それを……今日、伝えてやるんだ!

 やってやる!

 ネオは、責任重大だと感じ、気の引き締まる思いで講堂のステージを見つづけた。

 先にジャズ演奏をやった、三人の先生のインタビューもあと少しで終わる。

それを余所に、moment'sのタイムシフトが近づくにつれ、ステージ裏からでもはっきりと聞こえるくらい、学生たちの人数や大人や子供のざわつきが大きくなっている。学校でのライブやフェスに参加した結果なのかもしれない。

 ガチャ! と講堂内を偵察した絢都と巧が戻ってくる。

「人がものすごく集まってきましたよ……」

 絢都がネオたちに報告する。

 彼は頭に、部活でも使う白のバンダナを巻き、両手には黒の指ぬきグローブ、ズボンは青のデニムと、いかにもカッコつけた着こなしをしていた。さすが、ナル男と言われるだけのことはある。

 一方、

「緊張しますね……」

 と巧。緊張のあまり、手が震えている。

 彼は昨日言われたように、いつものクールで暗い雰囲気から脱却――いや、「自分を変えたいんなら、まずは服装からよ!」と夏休みのフェス前にネオから指摘され、未知流と一緒に自腹(バイトで貯めたお金)で買った、ビジュアル系バンドが履いてそうな、巧の細い脚を美しく目立たせるスキニーチノ、腰のベルトはギラギラと銀色に輝いている。そして、他のメンバーのような緑色の体育館シューズではなく、長身を活かした()、黒のブーツを履いている。本来はいけないが、今日は緑のシートが講堂中に敷かれているので問題ない。そして顔が整ったこのイケメン顔。いかにも某男性アイドル事務所でデビューできそうなテイストだ。

 その服装に似合わない、ガチガチの強張った顔をしている巧に、ニヤけながら左肘で脇腹をつつき、

「とか言って、ロックフェスのときは、相棒のベースを楽しそうに引いていたクセに~」

「今日もアレくらいやっちゃてよ~!」

 とネオと未知流に茶化される。

あのライブで巧は、自ら観客に近づき、愛用のエレキベースであるトランスブルーの『PLAYTECH(プレイテック)EBF-305(株式会社サウンドハウス製)』で自慢の音を披露し、普段は恥ずかしがっているくせに大声をあげ、終始テンションが高かったのだ。

そして終わった直後には、巧に興味を示した女の子たちがサインを求め、テンションスイッチをOFFにした彼は、大変な目にあってしまったのである。

 フェスから約二か月が経過するも、未だに頭に残る忘れられない出来事だ。

「い、いや、あのですね……アレは、体が勝手に……というかネオさんたちとやっているからで……」

「嘘つけ! おまえ、お客さんと一緒にものすごく楽しんでいたじゃないか! 出しゃばって俺よりも人気者になりやがって! ……いいか! 今日はおまえよりも俺が一流ってところを見せてやる!」

「ええっ!?」

 隣でムッとした表情で睨み付け、目から火花を散らす絢都に、巧は動揺する。

 その一幕をネオと未知流は笑った。

「……さてと、笑うのはここまでにして、あの子はまだ……ここには来てなかったよね?」

 未知流が真剣な目で絢都と巧に確認する。

「はい……ネオさんの携帯写真と同じ人は、どこにも……」

 巧はネオに携帯を返す。

「そう……」

 ネオの顔が暗くなる。

 ――やっぱり、そうだよね。

 そんな言葉を胸の中で思っているネオに、

「大丈夫さ」

 未知流が声をかける。

「あんたの気持ちはちゃーんと届いている。『最後のとっておき』までには、来るはずさ。信じてみようぜ。なーに、来なかったらCDに焼き付けて、意地でも渡しに行きゃあいいんだよ!」

 友の声に、ネオの不安という名の鼓動は収まった。

「うん。大丈夫。ありがとう、みっちぃ」

 張りのあるしっかりとした声色で、ネオは答えた。

「すいませーん! そろそろスタンバイをお願いしまーす!」

 暗幕のところに立っている、総合祭実行委員の男子学生が四人に声をかける。

 どうやら『夢の舞台』に立つ時間のようだ。

「よーし、それじゃあ、」

 ネオが未知流を見つめる。彼女は頷き、

「うん! 円陣を組むよー!!」

 おおっ! と四人は円になり、みっちぃ、絢都、巧、ネオの順に手を重ね、本番前の儀式を始める。

「みんなぁ! 今日は思い出に残る最っっっ高のライブにするわよ!! いいわね!!」

「「「おおうっ!!」」」

 リーダーの叫びにメンバーが応える。そして、

「せーの、」

 勢いよく弾ませ、四人の手が一斉に振り上がり、

「「「「ウルトラソウッ!!」」」」

 思いっきり声を張り上げた。

「さあ、行くわよ!」

 自分たちの音楽に絶対の自信を胸に秘め、ネオたちは今か今かと待ちわびている学生たちの下へ――自分たちが唯一大きな輝きを放つステージへと向かった。彼女たちの顔は、岩国総合高校の学生ではなく、バンドグループ『moment's』――Neo(ネオ)michi(未知流)ken(絢都)taku()へと姿を変えた――。

 

「さあ! みなさん、たい! へん! 長らくお待たせしましたぁ! いよいよ、いよいよ、彼女たちのご登場です! 去年は女子学生デュオとして、学校中を騒がしていた二人が、今年は一年生部員を加え、生徒会と実行委員直々のオファーで参加が決定したこのバンド! 前へ踏み出す瞬間を、彼女たちとここで刻もうじゃないかあああああああああっ!!!!」

 司会進行役である総合祭実行委員長アカネと同じクラスである、片平(かたひら)隼人(はやと)の全力のハイトーンシャウトに、「わ――――――っ!!」と彼女たちを見に来た大勢の者がハイテンションな声をあげる。まるで講堂がライブハウスになったみたいだ。

「それでは、呼ぶぜえぇぇぇぇ!! 岩国総合を揺るがせた四人組公認ロックバンド!! 

モウメ――――――――――ンツ!!!!」

「ゥワ――――――――ッ!!」

 顔を赤くしながら、ステージから出ていくハヤトとは対照的に、堂々と実行委員がセットしたステージへと向かう。自分たちのポジションへと移動し、未知流と巧はあらかじめ置かれているそれぞれの愛用の楽器を手に取る。そして、アンプから流れる音を確かめ、調整する。

 ネオは自分たちを見に来てくれて学生たちを見つめた。衣替えの期間だからか、夏服とブレザーを着た学生が混ざり合っている。

 学年の枠を超え、彼らに興味を示してくれた彼らの声や大人たちの拍手が止まらない。「ネオーっ!」、「みっちぃーっ!」と彼女たちを知る友達の大声や「ケンーっ!」、「タクー」という一年男子や、「野上ーっ!」、「伊藤、カッコイイーっ!!」という一年女子の声援が絢都と巧に飛び交う。

 そして、センターにいるネオは、左下で、

「ねおっちーっ!」

 と気さくに呼ぶ、クラスメイトであり、小学生からの長い付き合いである小倉優太(おぐらゆうた)と目が合う。

「!」

 午前中にあったあの屈辱的な事が蘇る。顔が赤く変色しかけるが、気づかれないように横に振り、持ち堪える。今は、ライブに集中しなくては! 平常心、平常心。

 とにもかくにも、ステージは完全にネオたちに支配された。

 さあ、開演だ!

 ネオは後ろにいる三人とアイコンタクトで確認し、ここいる者たちに叫ぶ。

「こんにちはーっ! 初めましてーっ! そして学生のみんなは久しぶりーっ! 軽音楽同好会バンド――『moment's』だぁっ、ぜぇぇ――――――いっ!!!!」

 歓声のボルテージがさらに高まる。そんな空気に、ネオの声も一体化する。

「わたしたちが目標としていたこの舞台のために、()りすぐりの楽曲を用意してきたよぉーっ!! 今しかないこの『瞬間』を、高校生活の思い出に刻んでやるからなぁー、耳かっぽじって遅れずに、ついてこいよぉ――――――っ!!!!」

 もはや歓声が「WAAAAAAAAAA!!」に変わるくらいの臨場感へと増す! 「はやく聞かせろ!」というギャラリーたちの思いがひしひしと伝わってくる!

「いっくぜぇ――――っ!!」

 ギュイイイイイイ――――――ン!!!!!

 未知流のハードなギター音が鳴り響き、

 そして、絢都のドラムが、

 ドドドドドドッ!!

 と唸り、

 ギュギュギュッ!!

 と巧のベース音が、それらの音を引き立たせる!

 ――総合祭最大の宴が、開幕した!

 

 彼女たちに送る歓声とリズムに合わせた拍手が鳴りやまぬ中、次々と歌いこなすmoment's。オリジナルの曲もあるが、中心となる楽曲はプロのアーティストで、お気に入りの曲を歌うコピバンなわけだが、ネオは彼らに匹敵するくらいの歌唱力で歌いこなす。

「みぃせ、つづぅ、ける、ことがモット―――!!」

 と、表現力豊かな人気若手シンガー、阿部真央の『モットー』を歌えば、

「時間が経ってぇ、色褪せたぁってー」

 miwaの『441』をハスキーボイスで力強く歌い、観客たちの心に『この瞬間』を刻んでいく。

 自分たちが決めた選曲を順調に歌い上げる。

そして、

「じゃあここで一旦、おふざけターイム!!」

 謎のコーナーの始まりに、観客たちは(どよめ)く。

「どーしても、この舞台で自分のキャラをさらけ出したいというメンバーがいるので、くぁわりに歌ってもらうわよーっ!! なるお――――――っ!!」

「うおぉぉおおいっ!?」

 (あらかじ)め決めていた演出ではないが、奥のドラムがある場所から、某有名お笑い芸人事務所が劇場でやっている舞台ばりのズッコケをなるお……いや、ナル男こと野上絢都が披露する。

 その演技に、開場はぶわっ! と笑いが巻き起こる。

 自分のことを『ナル男』と言われたのが気に障ったのか、顔を赤くしながら大股開きでネオの下へと行き、

「本番中にそれを言わないで下さいよっ!」

 ネオが持っているマイクをぶんどり、ボーカルの位置へと立つ。逆にネオは、奥にあるドラムの席へと座る。

 絢都はマイクを叩き、調子を伺う。

 すると、一年生と思われる男子学生から、

「ナル男――――っ!!」

「うるせぇ!」

 とマイク越しでツッコむ。

 そして、観客に向かって指を差し、

「い、いいかぁ~お前ら! リーダーからナル男とバカにされたが、そうはいかねぇ! 念願かなったオレ様の魅惑のヴォイスで、甘い楽園へと誘ってやるぜえぇぇぇぇ!!!!ウワ――――――オ!!!!」

 と全力でシャウトする。

 観客も大声でそれに応える。

「リーダーに説得に説得しまくって掴んだ、俺が愛してやまないアニメソングとその良さを、moment'sロックで表現してやるぜ――――――っ!!!! いくぞぉ! みんなも知っている今話題のアニメ、『世紀末美少女ポパイちゃん』のオープニングより、『恋に恋してノックアウト』オォォォォォオオ!!!!」

 ネオの小さなシンバル音から、曲がスタートする。

 よく知っているなぁ……と、盛り上がっている八割の学生たちに無言のツッコミを入れ、アニメの知識がこれっぽっちもないネオは、ドラムを練習通りに黙々と叩く。

 センターにいる絢都は、「これがやりたかったんだよ!」と言わんばかりのハイテンションでアニソンを歌う。

 ――そもそも彼がこうなったのは、今から二週間前。

「だーかーらー! アニメソングには、J―POPとは違う魅力があるんスよ!」

「魅力、ねぇ……」

 絢都の必死の説得に、ネオはうーん、と呻くように考え込む。

 彼は夏休みのフェスに向けて、「モテたい!」という野望の下、自ら歌声を披露して、ネオにチャンスをもらった。

それにより、ネオが作詞で未知流が作曲した、彼の歌声にあったハードロックなオリジナル曲『BURNING!!』を総合祭でも歌ってもらおうと思ったのだが、

「アニソンには、それしかないパワーが宿っているんですよ! ハイテンションにさせたり、J―POPにはない独特な曲調! そして、負けず劣らず、アニメから引き出された、現代に問うダイレクトなメッセージ性! 水木兄貴曰く、『アニソンには勇気や夢や希望や正義など、人間が忘れてはいけないものがたくさん揃ってる』んですよ!」

 と自分はアニソン好きだと主張し、「総合祭では絶対に歌いたい!」と言って引き下がらなかったのだ。

「『ゼット!』の人がそう言ってもなぁ。わたし、わっかんないし」

 その一言に、どんだけもったいないことをしているんだこの人、と絢都は心の底から思う。

「うー、みっちぃ先輩ぃ~」

泣きそうな呻き声をあげながら、隣にいる未知流に懇願する。

 未知流は顎に手を置き、目を瞑る。そして、数十秒も立たないうちに、何かを決断したように、パチッと目を開いて顎から手を離し、

「ネオ……やらせようよ!」

「みっちぃ先輩!」

 未知流の決断に、絢都は目を輝かせる。

「ここまでコイツが言うんなら、好きにやらせた方が今後のためにもなると思うよ。ここで断って、今、『やめます!』とか言われても困るし。それにあたしも、」

 そして不敵な笑みを浮かべ、

「アニソンを演奏することに、興味がある。面白そうじゃないの!」

 ふふん! と鼻で笑った。

 その発言にネオは、マ、マジ!? と驚愕する。

「まっ、これもmoment'sに必要だってことよ!」

 笑いながら、両肩を叩く。

「……というわけで、文句を言ったら……」

 ネオの両肩に鉛が乗っているかのように、グッ! と未知流の両手が重くのしかかる。

 これはもう逆らえまい。

「わ、わかったわよ~。……だったら、絢都! そ~んなに自信があるのなら、本気で歌ってもらうからね!」

「言われるまでもねえッス! やってやりますよ!!」

――とプレッシャーをかけたのだが、見事な歌いっぷりに、ネオも心の中で「すご……」と思った。歌声を披露したときから思っていたけど、まさかここまでとは。

 明らかに女性ものの曲ではあるが、高い音域をものともせず平気な顔で楽しく歌っているのだ。さすが、中学のときにもバンドを組んで、文化祭をアニソンで盛り上げただけのことはある。あのアニソンの帝王も驚くに違いない。

「――君にノックアウト、ノックアウト、ノ――――クゥ、アウトォ――――――ッ!!!!」

 空に向かってシャウトし、楽園の終幕を告げた。

 うお――――――っ!! と観客の叫び声が響く。

 その声に、絢都はすがすがしい表情で、

「この楽園、楽しんでいただけたかな?」

 左目をウインクし、左手の指で銃を作り、観客に向かってパキューン! とギザなポーズをとる。

 その姿に男子たちは、「いいそ――――――っ!!!!」や「ナルシスト――――――!!!!」と賞賛(?)が、逆に女子生徒からは「キモ――――――い!!!!」とか、「こんのナル男―――――――っ!!!!」とか言われ放題だった。

 ナル男発言した女子学生たちに向かって「その名で言うな!」とツッコミながらも、満足気な表情でネオと席を交代する。この舞台でアニソンが歌えたことが、相当嬉しかったのだろう。

「あとは頼みましたよ、リーダー」

「当然!」

 小声で絢都とやり取りをして、ネオは再び観客の前へと立つ。

「えー、ナル男よりわたしの歌声をもっともっと聴きたい人――――――?」

 耳に手を当て、観客の声を確認する。

 ネオの質問に、ウワアアアアアア――――――――!! と講堂中に声を響かせ、ネオに答える。

「聴きたいか――――――!!」

「聴きたい――――――!!」

「オッケー!! それじゃあ、景気よくいくわよぉ――――――!!!!」

 ギュイイイイイイ――――――ン!!

 再び未知流のエレキギターから、頭を狂わせるほどの大音響が講堂全体に響く! まるで彼らの脳内にある、ぐちゃぐちゃに渦巻いているたっくさんの悩みを、音に変換して絶叫しているかのようだ。

「まずはこれからぁ――っ! わたしが一番やりたかった曲、Every Little Thingの『JUMP』!!」

 ネオの叫びと共に、講堂が震動した!

 未知流の重厚なギターの響き、絢都のドラムさばき、そして、間奏のときに、

「かっこいい――――――!!」

 と女子学生から言われながらも、未知流と一緒に前へと出て、楽しそうに曲を引き立て、自分のエレキベースのテクを見せつける巧。今日もエンジン全開だ。そして、リーダーであるネオの歌唱力。

 曲が終わるたびに拍手喝采、歓声が轟く!

 その大波に乗るかのように、自分たちのボルテージも高くなる! 自分たちの音楽で!

 まさにネオが望む『自分たちと観客がこの瞬間だけ一つになる』ステージへと登りつめていった。

 そして、時間はあっという間に過ぎていき、

「えー、楽しい時間も残念ながらね、これが最後の曲になって、」

「ええ――――――――――っ!?」

 ライブではつきものの、残念がる観客たちの声。

「もう時間がないんだぁー、次のプログラムがあるからねぇ……」

 ネオは残念そうな声音で観客に答える。

 「嫌だ――――――っ!!」「まだやって――――――!!」という声が聞こえる度に、ネオに笑みがこぼれる。諦めずにバンドをやってよかったと思える。

「それじゃあ……最後にふさわしく、とびっきりちょ――――――ういい曲を歌うからさぁ、それでいい?」

 とネオは観客に訊ねる。

 「いいよ――――――っ!!」と女子学生の声、「やれやれ――――――っ!!」と男子生徒の声。

 『あの曲』を歌う準備は整った。

 しかし。

 この舞台の『主役』がまだいない。ネオの想いが詰まった歌を捧げる唯一無二の親友。

 そう、彼女が……。

 ――実緒。

 

 

 

 朝と放課後に学生が行き交う下駄箱前の階段で、総合祭実行委員長の大山茜(おおやまあかね)がブレザーを膝にかけて座っている。

「はぁ~」

雲一つない青空の陽気に似合わないため息が漏れる。

ここに座って、かれこれ1時間弱が経過。

 そろそろ彼女たちのライブが終わる頃だ。

「待ち人来ず、って感じだな」

「ハヤト」

 下駄箱の方から、夏服姿の片平隼人(かたひらはやと)がアクエリアス(ペットボトル)を持って、彼女の下へとやってくる。

「ほい」

「あ、ありがとう」

 アクエリアスを渡し、アカネの左隣に座る。

「ハヤトっていっつもこれだよね~」

 アカネはペットボトルのラベルを見つめる。

「しょうがねぇだろ。好きなんだから」

 ゴク、ゴク、とノド鳴らして飲む。

 アカネもハヤトに続く。

「ぷっはぁーっ! ……ねぇ、ホントに来ると思う」

 アカネはハヤトに訊ねる。

「さあな。麻倉さんが言うんなら、来るんじゃないか」

「何よ、その根拠」

「それを信じているから、待っているんだろ?」

「そ、そうだけど」

 ネオからライブ前に、「学校に来なくなった親友を、わたしのクラスメイトの竹下さんを呼んだから、来たらソッコーで連れてきてください。お願いします!」って頼まれたときの、彼女の強い目を思い出す。「やるべきことはやっていますから!」と言われているみたいだったから、頼みはしたが。

 アカネは腕時計を見つめる。時刻は、タイムシフトが終わる時間に差し掛かっていた。

「うーん。残念だけど、もう時間だわ。次のプログラムもあることだし、サインを送らないと……」

 moment'sに報告するために、ブレザーを着て腰を上げたそのとき、

「あっ!」

 ハヤトが急に立ち上がって指を差す。

「誰かがこっちに向かってる!」

 彼が指を差す方向から、こちらに走ってくる女子生徒を確認する。

「まさか……」

 アカネは上履きのまま、彼女の下へと走っていった。

 

 

 

 ……。

 顔を俯いたまま、ネオは舞台の中心で彼女の出番を待ち続けている。

 静かになった彼女たちに、観客も静まり返る。

 その空気の中で、時間を稼ぐ。「早くやれよ――――っ!!」という男子学生の大声が響く。

 それでも、待つ。

 待ち続ける。

 だが……。

 タイムシフトがあと八分で終わってしまう。

 もう、時は来てしまった。

 未知流がネオの下に駆け寄り、左肩を叩く。彼女の顔を見つめるネオ。

 タイムリミットだと思った。しかし、未知流が講堂の入口の方へ指を差す。

 その視線の先には……、

「!」

 講堂の入口に、アカネの後ろにポツンと立っている女性がいる。

 アカネが目配せしながら親指を立てる。

 ――彼女しかいない!

 急いで来たからか、彼女は息を吐きながら、少しずつネオが立っている舞台の方へと進む。

 これで準備は整った。

 ネオは観客にばれないように顔を下に向け、笑みを浮かべる。

 そして、

「お待たせしてゴメン! よーし、役者も揃ったことだし、今から最後の、moment'sのとっておきのオリジナル新曲をやっちゃうわよ―――――っ!!!!」

 右手を突き上げて、宣言する。

 歓声の渦の中、たった一人の女の子を凝視しながら、ネオは真剣な目つきで学生たちに応える。

「これは……みんなにも、そしてわたしにもありえることだけど……傷つけたり、傷ついたり、拒絶したり、されたり、色々な経験を通して、一人ぼっちになりたいこともあると思います……でも、絶対に一人ではない。世の中には家族を始めとする、たっくさんの人がいる。その中には嫌う人もいる。でも、自分を受け入れてくれる人は必ずどこかにいるはず。心が折れそうになった自分を前へと後押ししてくれる人がきっといる。そんな、互いに助け合う関係は、どんなところでも結ばれる。見えなくても、後ろでそれに支えられているはずだよ。そんな想いを全ての人に捧げます……これは、私の、友達への、不器用な気持ちを歌詞に込めた、大切な曲です」

 涙をこらえながら、震える口から自分の気持ちを言い尽くし、

「聴いてください。『moonlight』」

 始まりの合図を告げる。

 その瞬間、ステージのライトが、ネオだけを照らす。まるで、月から見守る聖女のようだ。

 その聖女を彼女――実緒は見つめる。

 優しくて、力強いエレキギターの音が鳴り響く。

 

『冷たい夜に キミの名を呼んだ

 その声は閃光のように かき消された

 

 こんなにも想っているのに 何で遠ざけるの?

 ねぇ 教えてよ!

 わたしのナニがイケナイの……

 

 月の光の中で 私は見ているわ

 背中からキミを包み込んで

 一緒に行きたい わたしの『勇気』を与えたい

 「側にいたい」と叫んでいる

 

 雨降る夜に キミの涙が映った

 黒く塗りつぶされて 涙があふれた

 

 この雫を照らしたい キミを輝かせたい

 ねぇ 教えてよ!

 わたしにデキルコトを……

 

 キミの手を わたしが掴むわ

 「いつも側にいるから」

 振り返れば いつもここに立っている

 キミの力になりたいから』

 

 ネオからの、胸に痛いほど伝わる自分への気持ち。

 実緒の胸にぽっかりと開いた孔に、ネオから貰った、金色にキラキラと輝く月の雫で埋めつくされる。自然と涙が零れる。

 間奏に流れるエレキギター、エレキベース、ドラムの優しい音色が、自分を闇から引きずり出していく。

 そして、ネオが実緒の手を――

 

『その手を掴んだ瞬間 扉が開いた

 一緒に行こう

 わたしたちはひとりじゃない

 もう 怖いものはないよ』

 

 涙で濡れた瞳を輝かせて、力強く――

 

『キミの手を わたしが掴むわ

 「ここにいるから」

 振り返れば いつも叫んでいる

 キミの名前を

 

 あの月の光の中で

 

 見守っているから……』

 

 歌にのせて、実緒の手を強く掴み、光の世界へと連れ出した。

 ネオは涙を見せながら、精一杯の笑顔を作る。そしてメンバー全員で、聴いてくれた観客に一礼した。

 学生や大人たちの心に響いたのか、彼女たちが舞台から降りるまでの間、会場は暖かい拍手に包まれた。

 そして、実緒は学生たちの後ろで泣き続けた。

 それは黒ではなく、純白の涙だった……。

 

 

 

「「「「かんぱーい!!」」」」

 ホームルーム終了後。

太陽が沈みかけ、星や満月がうっすらと見える中、四人はプレハブ小屋でドリンクをコツンと当て、ささやかな飲み会をしていた(もちろん、学生服に着替えている)

 ライブは大盛況のうちに終わった。

 四人は各クラスで、「楽しかったよ」「いいライブだったぜ!」「あの曲良かったぜ」など、クラスメイトから賞賛の言葉をもらい、喜びを噛みしめた。

 自分たちのライブという『瞬間』を、彼らの胸中に刻まれていることに。

「あっという間だったね……」

 夕日を見ながら座っているネオがポツリと呟く。

「うん。だけど、楽しかったね」

 ネオの呟きに、右隣にいる未知流が答え、

「そうっスね。最高だったス」

「はい」

 絢都と巧が続く。

 彼女たちは達成感で溢れた顔つきだった。どんな風に楽しかったと聞かれても具体的な理由などない。ただただ、あのステージが楽しかったのだ。

 こんな異例な部活に『特別枠』としてバックアップしてくれた、生徒会と総合祭実行委員会には感謝しないといけないなとネオは思った。

 そして、自分についてきてくれた三人にも。

 実緒の件から今日にかけてネオは、自分の背中にはこの三人やクラスメイトの友達、ライブを見に来てくれる人たち、家族など、力になってくれる人が背中にたくさんいるという自分に改めて気づくことができた。

 自分もこの『瞬間』を忘れてはいけない、いや、忘れることのできないものとなった。

 これからも自分と自分を支えてくれる人を大事にしながら、歌手と言う夢に向かって強く生きていこうとネオは思った。頼れる仲間がいるのだから。

「……それにしても……巧。おまえ、女子たちにサインを求められていたよな……」

 絢都はじろり、と巧を見つめる。

「い、いやあ……そ……それは……」

 巧は後ろ頭に手を当て、顔を赤らめる。

「そうなの!?」

 ネオはクイッ! と急に巧の方へと振り向く。

「ター坊、モッテモテじゃないのよー」

 やるねぇ! と未知流は巧の背中をバシバシ叩く。

 うげっ! と巧は呻いた。

「そーなんスよ! オレは巧よりも先に教室に帰ってたんスけど、しばらくすると廊下から女子たちの声がうるさくて、なんだと思ったら、コイツがサインを書いていやがったんですよ~!」

 ふてくされた表情で巧に指を差す。

「そ、そーいうー絢都だって、サインを書いてたじゃないか!」

「違う! オレはサインを書くぞーとアピールしても、『ナル男には興味はないっ!』『アニオタはどっか行けっ!』って断られたんだよ! おまえだけいい思いしやがって」

 立ち上がり、こんのー! と巧の首を絢都は絞める。

「ぐええええ――っ!」

 蛇のような腕を前に、巧は喚く。よっぽど悔しかったのだろう。せっかくチャンスをもらったのにこのザマなのだから。

「……ったく。なんでこうなるんだよ……」

 巧から離れ、絢都は俯いて両手で頭を抱えた。

「まあ、ナル男はナル男だからねぇー」

 ぐふふ、と悪戯っぽい笑みで絢都を見つめる。

「そうッスよ! だいたい、あんときネオ先輩がナル男って言うから、こうなったんじゃないっスか――!!」

 ネオに向かって指を差す絢都。

「いやいや、あんたがアニソンを歌うからでしょ!」

 ネオは立ち上がって絢都を責める。

「アニソンのせいじゃないっス! どう見ても先輩のせいっス! この殺人鬼ヘアーが!」

 絢都はネオに近づいて反撃する。

「なんだとー! わたしのトレードマークにケチをつけるな! このナルシスト!」

「ナルシストはそっちだろーっ! ワガママリーダー!」

「ワガママなのはそっちも同じでしょー!」

 う――――――っ! 飲み干したペットボトルをギュッ! と握りしめ、バチバチと火花を散らすネオと絢都。

 もう! と未知流が割って入ろうとするが、

「みんなーっ!」

「!」

 文化祭実行委員長である大山茜(おおやまあかね)がやってくる。

「あっ、なんかぁ、タイミングが悪かった?」

 二人の睨み合いを目の当たりにして、アカネは(おのの)く。

 ネオと絢都は彼女の顔を見て、硬直する。

「い、いえ、全然!」

 未知流はそういうと、ネオの背中を叩き、

「そ、そうね! みんな! 整列!」

 サッ! と靴を履いて、先輩と同じ目線になり、綺麗に横に並ぶ。

「ははは……そう固くならなくてもいいのに」

「いやいや、アカネさんには頭が上がりませんよ。この度は本当にありがとうございました」

 メンバーを代表して礼をするネオ。

「いやいや、こちらこそ最高のライブをありがとう。それで、ちょっとお客様を呼んだんだけど……」

「お客様?」

「うん。竹下さーん!」

「実緒!?」

 アカネが呼んだ名前に、ネオたちは仰天した。

 アカネが向いている方向――校舎の角から現れる。

 ブレザーとスカートを正しく着た、見覚えのある彼女――竹下実緒が恐る恐るこちらに来る。

 久しぶりのネオに、

「ね、ネオ、ちゃん……」

 身体を震わせながら、ネオの顔を見上げる。

 そんなネオに、

「なーに怯えてんのよ、実緒!」

 気負うことなく彼女を見つめるネオ。

「わたしの曲、聴いてくれた?」

「うん。すっごく、良かった……」

「よかった。書いた甲斐があったよ」

 ネオは実緒に微笑む。

「ネオちゃん……わたし、わたし……」

 実緒の瞳から大粒の涙が溢れる。

「謝り、たくて……」

 うっ……ううっ……。

 ネオはそんな実緒を優しく抱きしめて、

「なんで謝る必要があるのよ。ありがとう、来てくれて」

「ネオ……!」

 ネオの胸の中で、実緒は子供のような泣き声をあげた。それは悲しい涙ではなく、嬉し涙であった。

 「ごめんね……ごめんね……」と実緒は言い続けた。

 ネオは優しく頭を擦ってあげた。

 これでもう大丈夫。

 一緒に、『夢』に向かって頑張ろう。

 

 抱き合う二人を、未知流と絢都と巧、そしてアカネは微笑んだ。

 

 抱き合う二人を満月が優しく照らした。

エピローグ( 1 / 1 )

 朝のホームルーム前。

「ネオちゃん!」

 二年一組の教室で、廊下側から二列目の一番後ろの席に座ったネオは、声を掛けられる。

「おはよっ、みおっち!」

 みおっち――実緒に挨拶をかわす。

 あれから二週間が経過した。

 

 総合祭が終わった直後、実緒はホームルームには出席せずに自分の身に何があったのか、学年主任の先生に事のすべてを正直に話した。

 それにより武藤(むとう)は翌日、職員室に無理矢理担任に連れてこられ、二年生を受け持つ全教師を前に、警察のような事情聴取を受けた。最初は口を開かなかったが、ネオと未知流、そして美術の部長のありのままの証言プラス先生方の鬼のような形相を前に、観念して実緒を傷つけたことを話すことになった。

 それを基に生活指導課の先生と担任、校長の話し合いの結果、彼は一か月間の停止処分と部活の退部を言い渡されたが、「それだけはやめてください!」という実緒の申し出により、退部は免れた。慈悲深き彼女の一言を受け、武藤は泣き崩れてしまったのだとか。

 そのことについて心配したネオは、携帯で訊いたのが、

「ネオちゃんみたいに……彼ともそういう関係でいたいから。一人減るのは淋しいことだし、もし、彼と私に何かあったらネオちゃんがいるから、ね!」

 と明るい口調で実緒は言った。

 多くは話さなかったが、実緒なりの考えがあるのだろう。ネオのように、自分も彼と対等になって、友人という関係を築いていきたいのかもしれない。

 そして実緒は、一週間後に復帰することが決まった。

この間にネオは、クラスメイト全員と実緒についての話し合いを放課後に開き、「実緒が学生生活に復帰できるような環境にしてほしい」と頼んだ。

しかし、それは杞憂であった。

 クラスメイトは全員その気でいたのだ。おとなしいけど、授業中に分からないところを教えてもらったり、話しかけたら話してくれるし、掃除時間でも細かいところまで見たり、気配り上手だし、とみんなそれぞれ、実緒に好感をもっていたのである。しかも、男子生徒にはファンもいた。彼らは、彼女のことをちゃんと見ていたのだ。

 ――これなら何も心配はないわね。

 一週間後。実緒が教室に入ってきた瞬間、クラスメイトは「心配したよ」「大丈夫?」と声をかけ、彼女は気持ちよく学校生活へ復帰できた。

 

「ネオちゃん、軽音楽同好会の立て看板の下書きができたよ。はい!」

 実緒は二つ折りしたA4用紙を広げる。

「わぁ~すごい! これがわたし!? か、かっこいい~!」

 「総合祭のライブを参考にしたの」と実緒は言った。ステージでマイクを両手で持って力強く歌っているのがネオ。右上にエレキギターのヘッドを真上にして豪快に弾いているのが未知流。左でクールに器用な指使いでエレキベースを弾いているのが巧。そして、右上には白いバンダナを巻いて、ドラムの中央でスティックを持って決めポーズしている絢都。彼らの個性を引き出した絵となっている。

 ネオは目を黄金に輝かせながら絵を見つめる。

「ありがとう実緒! これで、夏休みに作ってくれたものをポスターにすれば、確実に新入部員も入ってくるわ!」

「ふふ、どういたしまして」

 満足気なネオに、実緒は微笑む。

 そこに、

「おっ! 何見てんの?」

 横から()(ぐら)(ゆう)()がネオの持っている紙を奪い取る。

「おわっ!」

 ネオは左隣にいる優太に驚く。

「な、なんであんたがここにいるのよ!」

「そりゃあ、隣でまじまじと見ているからだろ。へーこれ、竹下さんが描いたの?」

 優太は実緒を見つめる。

「うん。そうだよー」

「へ~すげぇ……こんなかっこいいのも描けるんだ」

「そうよ! 実緒はなんでも描けるんだから!」

 自分のことではないのに、威張って見せるネオ。

「おまえが威張ってどーすんだよ。……こんなの見ると、おれも竹下さんのファンになっちゃいそうだなぁ~」

「ふぁ、ファン!?」

 ネオが急に高い声を上げる。

 クラスメイトも一瞬、ネオを見る。

「ん? なんで急に大声をあげるんだ? つーか、何顔を赤くしてんだよ」

 不思議そうな表情でネオを見つめる。

 その顔がネオの顔をさらに赤くさせた。

 なぜなら、

 

『わたしは優太が好き――――――っ!!』

 

 ……総合祭での悪夢が蘇るからだ。

「う、う、うるさーい!! どーでもいいでしょ!」

 返して! と奪い返す。

「な、何なんだよ……」と言いながら、優太は自分の席に座った。

「まったく! なにがファンよ!」

 と小声でつぶやき、すぐさま隣の席で友達と話している優太に目を細めた。

「ネオちゃん……まさか小倉君のことを……」

「ち、違う! 絶対に、ぜぇーたいに違うからね!」

 くすくすと笑う実緒に、必死の全否定をするネオであった。

 

 

 

 ホームルーム。

 廊下側から二列目の最後尾に座っている、学校指定の長袖カッターシャツの首のボタンを外し、緑のリボンを垂れ下げ、その上にブレザーを着用し、タータンチェックの学生スカートを膝よりも上げた、ポニーテールがトレードマークのネオ。

そして彼女の右隣(廊下側)の前から二番目には、校則通りに服装を着こなす、真面目でおっとりとした、親友の実緒が座っている。

 そんな当たり前に見ていた光景が、ネオはどことなく真新しく見えた。きっと、新たな関係を結んだからに違いない。

 

 ――月のように輝かしい、夢を追う二人の新たなる日常が始まる。

 

《終わり》
永山あゆむ
HEROES OF THE SCHOOLシリーズ moonlight
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