魔界島の決闘

 「アンナ、今からどうしようか?」さやかはプーさんを抱きしめる。「そうね、昔住んでいたマンションにでも行ってみるか」アンナはさやかの頭をぽんとたたく。「ここから、近いの?」さやかは迷子の子供のように不安げにつぶやく。「福岡タワー近くのマンション」アンナが応えるや否やタクシー乗り場に急いだ。二人はタクシーに飛び乗ると運転手に福岡タワーを指示した。「さやか、タワーから海でも見よう。何か、名案が浮かぶかも」アンナは遠くにそびえたつタワーを指差す。


 二人は展望台から海を眺め、名案はないかと考えては見たが、なんの手がかりも無いことに気づく。「アンナ、何か手がかりないかな~」さやかはプーさんを肩車する。「ママはパパとよくタワーでデートしていたと言ってたの」アンナは子供のころ聞いた話を思い出す。「なるほど、これは重要な手がかりだな。二人は海を見ていたわけね。そこで二人は将来の話しをしていた。パパははるか海の向こうのヨーロッパに憧れていた。デザイナーだったわけだからイタリアかフランスに留学したいとママに打ち明けた。すでに、ママのおなかにはアンナがいたが、そのことは伝えず涙をこらえてオーケーした」さやかは一人で納得する。


 「いつもの短絡的推理ね、当たってるかも知んないけど」アンナはぼんやり遠くに浮かぶ韓国行きの船を眺める。「パパはいつ日本に帰ってきたのか?それともまだヨーロッパにいるのか?」さやかはあごに左手の人差し指を当てる。「とにかく、サリーさんを探そうよ。きっと何か知ってるはずだから」アンナは右手の握りこぶしをさやかの顔の前に突き出す。

 「ところで、ママってなにやってたの?」さやかは情報不足に気づく。「ストリッパーなの。友達のサリーさんもきっとストリッパーだと思う」アンナは子供のころ壁に貼ってあった母親のポスターを思い浮かべた。「そうなの、それじゃ探しやすくなったじゃない。すぐに、ストリップ劇場をあたればいいのよ」さやかは笑顔で親指を立てる。「そうよね!」アンナはさやかを置いてエレベーターに向かう。


 インターネットで調べたストリップ劇場の事務所を探し当てたが、そこの所長は30歳前後の関西人で25年前のダンサーのことはまったく知らなかった。二人は浅はかな行動に肩を落としたが、ナカスのクラブで聞き込みをすることにした。友達サリーは色白のハーフで背丈は170センチ前後、あごに大きな黒子が一つある。


 幸運にも、最初にあたったクラブ・カトレアの若いママが古株のママをがいるクラブ・エメラルドを紹介してくれた。古株のママの話からハーフであごに黒子のあるママが系列の由布院にあるクラブ・リリーにいることを知った。彼女の名前はサリーではなくキャサリン・亜紀であったが、二人は会うことにした。


              *エステ宮殿*


 11月2日(日)午前10時にチェックアウトを済ませる。レンタカーに向かった二人はアンナが最も好きなブルーのS2000を借りる。ナビで目的地を設定すると九州自動車道を150キロ前後でひたすら突っ走った。アンナはスピード狂で何度もスピード違反で捕まったがまったく懲りない。湯布院インター出口を出ると昨日予約した椿荘に向かった。キャサリンと約束した午後八時まで各自好きなことをすることにした。さやかは由布院の観光、アンナはエステで肌を磨く。予約が難しいと聞いていたエステ宮殿だったが、なぜか簡単に予約が取れた。しかも、迎えが来ることになった。


 しばらくエステ宮殿からの迎えを待っていると、シルバーのロールス・ロイスがエントランスに止まった。白の燕尾服を着た執事の迎えを受けたアンナは、エステ宮殿に向かった。20分程市街地を走り小高い丘を10分程上ると、高さ約10メートルはある大きな門を構えたベルサイユ宮殿を思わせる建物が、右手の前方に光り輝いている。門からは幅6メートル、長さ50メートルほどの鏡のような大理石の道が玄関まで続いている。


 車が玄関前に止まると、背の高いモデルのような執事は、すばやく車から降りドアを開け、女王に対してするように跪いて挨拶をする。「いらっしゃいませ、お嬢様」執事はアンナの手をとると手の甲に軽く唇を当てる。アンナはキスを受けた右手を左手で覆い隠しながら両手を胸に当てた。水晶でできたドアが自動的に開くと、アンナは緊張した足取りで中に入っていった。

 「こちらへどうぞ」執事は右手をゆっくり前方に動かしアンナを誘う。玄関を入って左手方向には、幅5メートル長さ30メートルほどの赤い光を放つサファイアの廊下。左手の廊下に沿って8メートルほど歩くと、水浴びをしている三人の裸婦が彫刻されている黄金色のドアが威圧した。アンナがドアの前で3秒ほど立っていると、ドアは音を立てずにゆっくりと開いた。「どうぞ、お入りなさいませ」執事は頭を下げる。


 アンナが部屋に入ると、そこは高さ5メートル、縦15メートル、横20メートルほどの空間がアンナを包んだ。部屋の中央にはお互いを見つめあうように10人の女性がグリーンの円形ソファーに腰掛けている。右手の壁には20人ほどの入浴している裸婦が描かれている。アンナは驚きのあまり胸に手を当て肩をすくめた。アンナがソファーの女たちに声をかけようとすると暖かい空気を背中に感じた。


 振り向くと、黄金の椅子に座った笑顔の女性がゆっくりと近づいてきた。その椅子は床から5センチほど浮いていた。純白の生地に鶴の絵柄の着物を着た30歳前後の彼女はアンナのそばまで来ると透き通る声で挨拶した。「はじめまして。チーフのマオと申します」

春日信彦
作家:春日信彦
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