魔界島の決闘

 アンナは父親を知ることが怖かった。母親を捨てた父親を今でも憎んでいる。もし、父親が生きていても対面する勇気はない。なぜか、アンナの瞳に涙が光った。さやかはこのことにまったく気づいていない。アンナは話をそらそうと抱きしめているプーさんを取り上げたが、さやかは出立気分。


 「早速、行くわよ。アンナ、いいわね」さやかはアンナの肩に手を置く。「分かったよ。久しぶりだな、博多」アンナはこぼれた涙をプーさんのスカートで拭く。11月1日(土)さやかとアンナは5時に起床。「さやか、それは何よ、中学生じゃあるまいし」さやかはピンクのミニスカートにルーズソックス。「え!かわいすぎるかしら」さやかはくるりと一回転。


 二人は羽田空港を7時に出発。二人が乗ったボーイング777は70分で福岡空港に到着。地下鉄中洲川端駅近くにあるナカス・ロイヤルホテルに到着したのは午前8時45分。チェックインを済ませた二人は8階のレストランに向かった。窓際の席に案内された二人はナカスを見渡す。「アンナ、いい眺めね。ダンスホールってどこにあるの?」さやかはプーさんを膝の上に置く。「分かるわけないっしょ。まずは腹ごしらえ」アンナはゆで卵を大きな口でぱくりと半分食べる。食事を終え、レストランの出口を出ると二人の足が突然止まる。

 「アンナ、今からどうしようか?」さやかはプーさんを抱きしめる。「そうね、昔住んでいたマンションにでも行ってみるか」アンナはさやかの頭をぽんとたたく。「ここから、近いの?」さやかは迷子の子供のように不安げにつぶやく。「福岡タワー近くのマンション」アンナが応えるや否やタクシー乗り場に急いだ。二人はタクシーに飛び乗ると運転手に福岡タワーを指示した。「さやか、タワーから海でも見よう。何か、名案が浮かぶかも」アンナは遠くにそびえたつタワーを指差す。


 二人は展望台から海を眺め、名案はないかと考えては見たが、なんの手がかりも無いことに気づく。「アンナ、何か手がかりないかな~」さやかはプーさんを肩車する。「ママはパパとよくタワーでデートしていたと言ってたの」アンナは子供のころ聞いた話を思い出す。「なるほど、これは重要な手がかりだな。二人は海を見ていたわけね。そこで二人は将来の話しをしていた。パパははるか海の向こうのヨーロッパに憧れていた。デザイナーだったわけだからイタリアかフランスに留学したいとママに打ち明けた。すでに、ママのおなかにはアンナがいたが、そのことは伝えず涙をこらえてオーケーした」さやかは一人で納得する。


 「いつもの短絡的推理ね、当たってるかも知んないけど」アンナはぼんやり遠くに浮かぶ韓国行きの船を眺める。「パパはいつ日本に帰ってきたのか?それともまだヨーロッパにいるのか?」さやかはあごに左手の人差し指を当てる。「とにかく、サリーさんを探そうよ。きっと何か知ってるはずだから」アンナは右手の握りこぶしをさやかの顔の前に突き出す。

 「ところで、ママってなにやってたの?」さやかは情報不足に気づく。「ストリッパーなの。友達のサリーさんもきっとストリッパーだと思う」アンナは子供のころ壁に貼ってあった母親のポスターを思い浮かべた。「そうなの、それじゃ探しやすくなったじゃない。すぐに、ストリップ劇場をあたればいいのよ」さやかは笑顔で親指を立てる。「そうよね!」アンナはさやかを置いてエレベーターに向かう。


 インターネットで調べたストリップ劇場の事務所を探し当てたが、そこの所長は30歳前後の関西人で25年前のダンサーのことはまったく知らなかった。二人は浅はかな行動に肩を落としたが、ナカスのクラブで聞き込みをすることにした。友達サリーは色白のハーフで背丈は170センチ前後、あごに大きな黒子が一つある。


 幸運にも、最初にあたったクラブ・カトレアの若いママが古株のママをがいるクラブ・エメラルドを紹介してくれた。古株のママの話からハーフであごに黒子のあるママが系列の由布院にあるクラブ・リリーにいることを知った。彼女の名前はサリーではなくキャサリン・亜紀であったが、二人は会うことにした。


              *エステ宮殿*


 11月2日(日)午前10時にチェックアウトを済ませる。レンタカーに向かった二人はアンナが最も好きなブルーのS2000を借りる。ナビで目的地を設定すると九州自動車道を150キロ前後でひたすら突っ走った。アンナはスピード狂で何度もスピード違反で捕まったがまったく懲りない。湯布院インター出口を出ると昨日予約した椿荘に向かった。キャサリンと約束した午後八時まで各自好きなことをすることにした。さやかは由布院の観光、アンナはエステで肌を磨く。予約が難しいと聞いていたエステ宮殿だったが、なぜか簡単に予約が取れた。しかも、迎えが来ることになった。


 しばらくエステ宮殿からの迎えを待っていると、シルバーのロールス・ロイスがエントランスに止まった。白の燕尾服を着た執事の迎えを受けたアンナは、エステ宮殿に向かった。20分程市街地を走り小高い丘を10分程上ると、高さ約10メートルはある大きな門を構えたベルサイユ宮殿を思わせる建物が、右手の前方に光り輝いている。門からは幅6メートル、長さ50メートルほどの鏡のような大理石の道が玄関まで続いている。


 車が玄関前に止まると、背の高いモデルのような執事は、すばやく車から降りドアを開け、女王に対してするように跪いて挨拶をする。「いらっしゃいませ、お嬢様」執事はアンナの手をとると手の甲に軽く唇を当てる。アンナはキスを受けた右手を左手で覆い隠しながら両手を胸に当てた。水晶でできたドアが自動的に開くと、アンナは緊張した足取りで中に入っていった。

春日信彦
作家:春日信彦
魔界島の決闘
0
  • 0円
  • ダウンロード

2 / 22

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント