人形の森

夢見花・裏( 1 / 1 )

恋人が死ぬとか 病気になるとか
そんな話はドラマの中だけだと思っていた
それが自分の身に振りかかるなんて
想像したこともなかったのに
現実は あっさりと
彼の命を奪い去っていった

「あ、歩ぅ。加奈が変な噂聞いたんだって」
「変なって何よぅ。普通のォ都市伝説じゃない」
きゃあきゃあと騒がしいグループ。
たまに話をすることもあるけど、基本的にあまり親しいわけでもない。
「なんかねェ。怪しい男が何かくれるんだってー」
茶化した口調に、加奈が頬をふくらませる。
「なんかァ、その人に会ったらァ、
どんな人にも会わせてくれるんだってェ」
微妙に語尾を延ばした甘えた声で加奈が言う。
「ごめん、私、用があるから」
聞いていたら頭痛がしてきたので、
私は理由をこじつけて、彼女たちと別れた。

その噂のことは、いろいろな人から聞いていた。
噂を信じるには、荒唐無稽すぎて、
信じないでいるには、魅力的すぎて、
自分の気持ちひとつすら
どうしようも 決められなくなっていた。

木曜日に一緒に時間を潰す沙希と綾子は、落ち着く相手だった。
我関せずな性格の沙希に比べて、
綾子は、どんな荒唐無稽な話でも一応聞いてくれる。
「すっごい真剣に、会いたいって相手なら、ほんと、どんな人でも会えるんだって!
綾子は会いたい人っている?」
聞いた瞬間、綾子は一瞬だけハッとした顔をした。
でも、それは、ほんの一瞬で、
次の瞬間には、彼女は曖昧な微笑を浮かべた。

その一瞬だけで十分だった。
彼女にも、ドラマのような
現実が引き裂いた相手がいるのだと分かってしまった。
だから私は、それ、を
次に託すのは彼女だと決めた。

結局、その日は、授業の鐘の音に邪魔され、
それ以上話すことはできなかった。

いつ、私は、それを手に入れたのだろう。
誰から、それを受けとったのだろう。
夢と、現実の区別も、もうつかなかった
ただ、その枯れた種が
彼に会うための鍵だと
何故か、私には分かっていたのだ

数日は、何の変化もなく過ぎた。
そして、待ち望んだ運命の日はやってきた。
花が、咲いて、いた。
土も水も必要とせず、咲いていた。
「……やった…」
私は花を震える手で抱きしめると、祈るように目を閉じた。
花からは、懐かしいコロンの匂いがする気がした。

「歩」
声にゆっくりと目を開いた。
願いは叶った。私は会えた。
二度と会えない彼に。
幻ではないことを確かめるために抱きつくと、
彼は力強い腕で抱きしめてくれた。
「一緒に行こう。歩」
「うん……」
「永遠の世界へ、一緒に」
私は半泣きで笑って、頷いた。
「うん、京介。ずっと一緒だよ」
彼もまた頷いて、立ち上がると手を差し伸べてくれた。
私は迷いなくその手をとった。

きっと運が悪かっただけだ。
あの日、京介はちょっと機嫌が悪かっただけだ。
だから、私はあの日からずっと信じてた。
殴られて、蹴られて、
痛かったから、苦しかったから
ちょっと突き飛ばしただけだったのに、
彼はあの日から、ずっとずっと黙ってしまって
冷たい土の中で

彼に花を渡す。
花はきっと綾子に渡されるだろう。
私は永遠の世界でずっと彼と二人きりで
御伽噺のような幸せな日々を永遠に

心のどこかで、本当はわかっていたのか
でも、
その罪は重すぎて
その秘密が悲しくて
私は、それに縋らずにはいられなくて
もう戻りたくなどなかった

「ばいばい」
口の中だけで、そう呟くと
私は京介と腕を組んで

その 扉を 越えた
RUN
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