中学受験、合格して失敗する子、不合格でも成功する子

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第一章 どうして中学受験をするの?( 1 / 5 )

(1)中学受験と高校受験

 中学受験は、ある意味特殊な受験といえます。全国レベルで考えてみれば、たいていの地域では、義務教育の間は地元の公立小学校、公立中学校に通い、高校受験をするケースが圧倒的に多いでしょう。東京の場合、学校群が始まるまでは、同じ状況だったといえます。しかし、学校群が導入されて以降、東京では私立中学、高校への入学が次第に増加しはじめました。地域によって異なるでしょうが、2月1日の受験日には学級閉鎖状態になるクラスも少なくありません。

 確かに私立中高に入るためには、中学受験をした方が有利でしょう。多くの学校が六年一貫教育体制になっており、高校からの入学者を極端に少なくしているからです。しかし、別に中学受験でなければならない理由は何もありません。子どもたちにはそれぞれの個性がありますから、その時期その時期で勉強に向くときもあれば、そうでないときもあります。ただ、私がなるべく中学受験を勧めていたのは、中高6年間を受験なしで過ごしたほうが、少しゆったりしていいかなと思っていたからです。

 これは勉強するということが本来、受験勉強とはまた違う意味で必要だと考えていたからでした。子どもたちは、これから将来に向けて勉強しなければなりません。しかし、最初のうちは、いろいろな科目を勉強するにせよ、だんだん自分の好きなものが決まってきて、専門の勉強に進んでいきます。そして中高6年間の勉強は、そういう専門の基礎をやるので、その中から自分が何が好きか、じっくり掘り下げられた方がいいと思うのです。

 もちろん、高校受験の子どもたちもじっくり掘り下げる時間はあるでしょう。ただ、高校受験をする間は、しばらく、それをお休みにして、試験勉強をしなければなりません。その時間がもう少しゆったりしていた方がいいかなと考えていたのです。

 私も中高一貫教育で育ちましたから、高校受験がなくて、非常にのんびりした時間を過ごしました。好きなことを好きなだけやれる時間というのは、大変貴重だと思います。しかし一方で、中学受験は小学生の間に受験準備をしなければならないので、当然、そこに負担が生じます。これは繰り返しになりますが、その負担は決して楽なものではありません。しかも、まだしっかりとした価値観が育っていない段階ですから、例えば「合格しないと恥ずかしい」とか「みっともない」というような価値観が植え付けられてしまうと、あまりいいことではありません。

 このあたりのことは、十分考慮にいれて、中学受験をするかどうか判断されたらいいかと思います。そして準備をすすめていく段階で、これはあまり子どものためにならないなと思われたら、潔く撤退することも非常に大事なことだと思います。

 以前、塾で教えていたときにも、そういう子どもがいました。とても幼くて、宿題をしたり、復習をしたりするのが苦痛で仕方がないのです。ご両親としては、何とか受かってほしいと思いますから、いろいろと諭しますが、そのたびに、彼は自分がだめだと言われているようになってしまい、元気な男の子だったのが、とても自信のなさそうな感じになってきました。

  私はそこで、ご両親に面接にきていただきました。

「しばらく塾をお休みにしませんか?」

と申し上げると、ご両親は自分の子どもがついに塾に見放されてしまったのだと思われたようで、大変がっかりした表情をなさいました。

「これは、彼に自信を取り戻すための大事なプロセスだと思います。今の彼は、明らかに勉強よりもやりたいことがあります。しかし、勉強はしなければならないと当然、思っています。それができないと思うから、自信を失ってしまっているのです。これでは、せっかく彼がもっているいいところがなくなってしまいます。合格しても、ひからびてしまうのは、かわいそうだと思うのです」

「お休みするというのは、どのくらいでしょうか?」
お母さんがお尋ねになりました。
「3ヶ月をひとつの目安にしたらどうでしょうか?」
「そんなに勉強しなかったら、間に合わないのではないでしょうか?」
「大変申し上げにくいですが、今のままでは、間に合いません。ですが、ひとつ、ふんぎりがついてくれれば、変わると思うのです。彼は決して頭の悪い子どもではありません。考える能力も十分持っています。ですから、ここで慌てて、むしろ彼が自信をなくした子どもになってしまうことの方が問題だと思います」

 結局、彼と毎月1回会うことを条件にして、しばらくお休みをすることにしました。彼と会うときは、勉強の話はしませんでした。遊びのこと、学校のこと、いろいろな話をしていましたが、ある日のこと、

「先生、お願いがあるんだけど」
と彼が言うのです。
「なんだい?」
「僕に、宿題出してくれないかな」
「宿題って、受験勉強のかい?」
「うん」
「でも、あまりやりたくなかったんじゃないの?」
「そうなんだけど。でも、勉強しているとき、やりたかったなと思ってたこと、やっちゃったんだよね。そしたら、ヒマになっちゃって」
「そうかい。じゃ、少しずつやろうか」

 私はそばにあった、受験参考書から彼のできそうなところを何問か選んで宿題に出しました。

 すると翌日、彼は約束していなかったにもかかわらず、塾にやってきたのです。授業の合間の休憩時間を狙ってやってきました。

「おや、どうしたの?」
「全部、終わった。答え合わせしてほしかったんだけど」
「そうか、ちょっと待ってね」
7割くらいは丸でした。偶然、彼の友だちが脇を通りました。
「なんだい、来てんじゃないか。早く出てこいよ」

そのときの彼の顔を見て、もう大丈夫かなと思いました。

「お母さんに電話してあげようか。後半の授業に出てみるかい?」
「え、いいの?」
「どうぞ」

 結局、その日から彼は塾に復帰して、結局第一志望に合格しました。彼は復帰できましたが、そうでなかった子どももいます。でも、彼らもまた次の機会にまたぐーんと大きくなっていきました。子どもの成長はいつ始まるか、わかりません。早い子どももいれば遅い子どももいます。それを何が何でも間に合わせようとするのは、あまりいい方法ではありません。ゆっくりと始めながら、子どもの様子を見て、進むときは進む、休むときは休んでいいのだと思います。ですから中学受験はやらなければならないものではないのです。ひとつの選択肢に過ぎないのだという認識を、ご両親にもっていただきたいと思います。

第一章 どうして中学受験をするの?( 2 / 5 )

(2)なぜ勉強するの?

 塾の生徒に

「どうして勉強するの?」と聞くと、

「合格したいから」
とか
「受験があるから」

という答えが帰ってきます。これはある意味正しいのですが、本当は全然正しくないのです。というのも
「では中学に入ったら勉強しなくてもよいか?」
という質問をすれば、子どもはみな
「そんなことはない」
と思うでしょう。

 なぜ勉強をするのかということを最近の子どもたちはわかっていないだろうなと思います。それどころか大人も本当はわかっていないのかもしれません。
「歴史の年号なんて覚えたって、社会に出たら何の役にも立たない」
と言っている人はたくさんいます。年号を覚えるのは試験に対する対策だとしても、では歴史を勉強する意味は本当にないのでしょうか?

 本当は、勉強を始める前に、先生はこういう話を子どもたちにしてくれていると良いのです。これについては教師仲間でもいろいろ議論しました。別にこれが答えというものがあるわけではありません。ただ、私はいつも子どもたちに勉強を教える前に、なぜ勉強するのかを考えてもらっていました。これは小学生だけでなく、中学生や高校生を教えているときでもそうでした。そして私の考えを説明していました。

  私の考えはこうです。

  勉強するのは何も試験に合格するとかそういう問題ではありません。自分というものをしっかりさせるためにやるのです。人間は社会に対して何らかの役割を果たすために生まれてきています。今世紀を眺めてみても、人間社会は確実に良くなってきていますが、それは時代時代でそれぞれの人間が、自分の役割を果たしてきた結果です。ではひとりの人間は何の役割を持っているかというと、これは自分で決めなければなりません。みんな顔や個性が違いますから、何が得意であるか、何をしたいのかはそれぞれの人間で全部違います。しかしそれがわかるのも自分だけですから、自分でつかまなければならないのです。

  そのためにはいろいろなことを理解しておかなければいけません。歴史も非常に大切ならば、生物学も非常に大事です。そういうことを理解しながら、自分の考えを深めていって、自分は何を果たすべきなのかが、次第に決まっていくのです。試験を受けて学校に行くのも、その過程のひとつであって、それが目的なのではありません。

 しかしこれだけでは誤解をまねくかもしれません。別に自分の職業を決めるだけのために勉強をするのではないのです。人間は社会の中で何らかの役割をもつわけですが、その役割を果たしていくためには力がなければなりません。その力というのは専門的な知識も必要でしょうが、それだけではなくいろいろな目にあっても困ったり苦労したりしないような力が必要です。そういう力は人間が本当に勉強して、自分の頭でいろいろ考えてできてくるものです。これはいいかえれば自分をつくるということで、単に知識を知っているだけではしかたがないのです。

  学校の勉強は知識を教えることが多いので、どうしてもそうなりがちなのでしょうが、学校で学ぶことは知識以外にもたくさんあります。 人間は生きていれば、いろいろな目にあいます。なぜこんな目にあわなければならないのか思うこともあるかもしれません。しかし、そこで取り乱していても、解決にはなりません。なぜそうなったかを考え、そこから立ち直っていかなければならないのです。どういう心がけだったから、そうなってしまったのかを考えて理解できれば、自分を変えるチャンスがきます。どういう原因があるからどういう結果になるのかということを知っていれば、心配せずに困難にも立ち向かっていけるでしょう。そういう力は自分で考えて、本当に納得しなければ自分のものにできないものです。ですから学校に通うだけで十分というものではなく、学校を出た後も勉強は続けていかなければならないことになります。

 クラーク先生の「青年よ、大志をいだけ」という言葉は良く知られていますが、じつはこの言葉には続きがあります。

「お金や自分の得や、世間が名誉だというがその中身はなにもないことのために大志をいだくのではない。人間としてこうあるべきというすべてのことを達成しようという大志をいだけ」というのです。

 「人間としてこうあるべき」ということを理解するだけでも相当勉強しなければならないでしょう。私にしても当然まだまだわかっていません。ましてすべてのことを達成するために勉強するというのは大変なことですが、しかしこういう心がけを持つ事はとても大切なことです。こういうことを考える機会を私は、お父さんもお母さんも子どもともってみたらよいと思います。どうして勉強しなければいけないのか、みんなで話し合ってみてはどうでしょうか。答えが出なくたっていいんです。でもそういう話し合いをしていくうちに、子どもは

「やっぱり勉強しよう!」

と思うようになるものです。

「勉強しなさい!」

と叱っているお母さん。ちょっと待ってください。お子さんはなぜ、勉強しなければならないのか、納得していますか?

第一章 どうして中学受験をするの?( 3 / 5 )

(3)教育方針

 慶応幼稚舎が以前出していた募集要項に、入学試験に対する幼稚舎の考え方が説明されていました。その中で「うちの子どもをとらないような学校なら大した学校ではないとどうして考えられないのでしょうか」という一節がありました。この考え方は非常に大切だと私は思うのです。

 本来受験勉強とは、子どもがよりよい教育環境の中で育つ目的で準備するものです。したがって結果として、子どもの教育にプラスにならなければ意味がないし、また準備する過程も教育的なものでなければいけません。しかし結果を急ぐあまり、いろいろな無理が横行しはじめると、子どもに好ましくない影響がでる場合があります。したがってそれを防ぐためにも、我が家の教育理念のような基本的な方針を、親としてしっかり持っておかなければなりません。

 例えば思いやりのある子どもにしようとか、いろいろなことに積極的に挑戦できるような子どもに育てようとか、自主性のある子どもに育ってほしいとか、そういうことはどなたも考えることだと思います。ところが、こうした「理想の子ども像」の育成を望みながらも、一方で受験のことにとらわれ、子どもに勉強を無理強いする場合が少なくありません。

 しかしただ合格させるという目的のために、これらの教育方針を曲げる必要はないと思います。いろいろなことに挑戦できるようにしようと思えば、おけいこごとも大切な教育の場になります。ところが進学塾に通うために、それをすべてやめてしまうことは本当に必要なことでしょうか。もちろん受験勉強のために時間が必要なことは事実ですが、すべてを犠牲にすることはないはずです。  

 また、他の人としっかりコミュニケーションを図れる力というのも、子どもの教育の上では大切です。そして子どもは、この能力を遊ぶことによって身につけていきます。子どもを遊ばせるということはとても大切なことなのですが、受験生が遊んでいると親は腹が立ってきます。これもどこかおかしいのです。

 以前私が担当した6年生の男の子がいました。志望校はお父さんが卒業した学校。そこに弟さんは小学校から入っているので、お母さんとしても何とかと思っておられました。しかし、成績はなかなか上がらず、私どもにお越しいただいたわけです。

 私は、彼を見ていて、自信のなさを感じていました。何をやるにつけても、彼に不安感がつきまとっています。本当は力があるのに、精神的に負けているようなそんな印象を受けました。私はお母さんに、面接時間をいただいて、こんな提案をしました。

「お母さん、彼、剣道をやりませんか?お近くに剣道の道場がありませんか?」

 進学塾の先生に、剣道をやれと勧められたお母さんもびっくりされたと思うのですが、私の意をくんでいただいて、彼も納得して週2回剣道に通い始めました。

  ある日、彼に
「どう、剣道は」
とたずねると、彼はニコニコしながら、こう答えてくれました。
「あのね、僕のメンでもけっこう痛いんだって!」

 彼は初心者なので、小学校の低学年といっしょに練習していました。とはいってももう6年生ですから、彼がメンを打つと、小学校低学年の子には痛いでしょう。でもそれが、結構本人の自信になっていったのです。

 彼は、やがて自信を持ち始め、成績も上がっていきました。剣道の時間は勉強できませんが、その分彼は自分の器を大きくしていったのです。

 我が家としては子どもはこう育てたい、そのためにはこういうことをさせたい、こういう考えは親としてしっかりもつべきです。そしてその方針に従って家庭教育をまず充実させることです。その上で他の教育の機会を与えるべきなのです。我が家の教育理念を変えてまで何かをさせようとするとき、同時に何かを得る機会を失わせているということに親は気づいていなければなりません。

第一章 どうして中学受験をするの?( 4 / 5 )

(4)プラスイメージ

  プラスイメージは成功の近道とよく言われます。これはずいぶん前からいろいろな人たちが説明していますが、子どもたちのようすをみても、これはあてはまるようです。

 なぜプラスイメージが良いのかといえば、成長に必要なやる気と自信が引き出されてくるからでしょう。例えばテストがかえってきて成績が悪く、合格可能性が30%だったとしても、いろいろプラスには考えられます。これが本番でなくてよかったな、とか、今のうちにできないところがはっきりして良かったとか、ものは考えようです。そしてそういうふうに考えられる子どもは、たいてい勉強しようという動機づけはできていますし、プラスに考えられるということは、自分に多少自信があるのです。そして自分がはっきりこうしたいという方向が決まっていますから、そこへ向かってがんばろうという気持ちはよりいっそう充実しているのです。

 ずいぶん前の話ですが、入試会場に応援に行った時のことです。みんな、殊勝に握手していくのですが、後ろから私をどついた子がいました。振り返ると、満面の笑みをうかべて

「受かってくるからな」

と言い残して、校門に消えていきました。後ろからお母さんが恥ずかしそうに追っていかれました。この子は決して成績の良い子ではありませんでした。合格ぎりぎりで最後までその学校を受けるか、お母さんは悩んでいました。けれども本人は他の学校を受ける気など毛頭ありません。「絶対に合格する」の一点ばりでした。私はお母さんに、

「お母さん、いいじゃないですか。この子にとっては最初の受験だし、ここまで受けたいといっていますから、他の学校を受けてもし受かったとしても、きっと後悔するだけでしょう。もうここまで来たのだから、あの子のガッツにかけましょう」
とお話して、結局本人の希望とおりの受験となったのです。  

 で、結果は合格でした。しかし、おもしろいもので、本人が第一志望の学校のみ合格して、後は落ちました。塾としてはちょっとひやひやものなのですが、何校合格しても行く学校はひとつですから、本人としてはこれでOKなのです。

  子どものうちは、比較的自分の希望をストレートに表しやすいと思います。中学受験、高校受験、大学受験と年齢があがるにつれて、本人も客観的なデーターを理解するあまり、あまりこんな番狂わせ?が起こらなくなります。大学受験生に向かって、大丈夫だから受けてごらんといっても、

「先生、何いってんの。これはやはり無理でしょう」
といいます。ところが小学生は
「先生、やっぱり僕のことわかってくれてた?」
とニコニコします。

 私はそういう意味で、子どもの教育においてプラスイメージはすごく大事だと思うのです。多少なりとも、自信を持ってくれたほうが、いろいろとありがたいのです。結果も良くなるし、やはり人間の可能性を広げてくれるという意味においても、積極的で明るい方が良いのです。

 ところが、お母さんは一般的にいうとマイナスイメージの方が多いのです。ちょっとご自分のことを振り返ってみられると良いと思うのですが、ああなったらどうしよう、こうなったらどうしようと心配される方が多いと思います。そして困るのは、これが子どもに伝染してしまうことです。心配症のお母さんの子どもは、やはり臆病なことが多いようです。ですからこれはぜひ変えていただきたいと思います。

 ではどうすればプラスイメージをもてるのでしょうか。これは実はとても簡単なことなのです。プラスイメージをもつことを選択すればよいのです。

「でも、わたしはつい、くよくよ、心配してしまって」

と、おっしゃるお母さんはいますが、それは選択していないだけのことです。プラスイメージをもとう、いいことだけを考えようとすれば、そうなれます。

 そしてこれが大切なことですが、お母さんがプラスイメージをもつと、子どももプラスイメージをもつようになります。

「うちの子は先生、いい子なんです」

というお母さんのお子さんは本当にみんな良い子です。

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田中 貴
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