女教師の賭け

 真美雄はいつものキャンバスの前に腰掛け授業の開始を待つ。絵美先生は20人の作品を細かくチェックし指導する。真美雄は絵筆を持つ最後の作品として彼女の裸体を描いている。当然、イメージの裸体だ。彼女は真美雄の素質を認めている。だが、すでに真美雄から画才の女神は消え去っている。彼女は最後の賭けに出る決意をし、今日の授業に望んだ。
 裕子は真美雄のキャンバスの横に立つと納得した笑顔を見せた。しばらく無言で絵を見つめると一枚のメモを手渡した。そこにはマンションの住所と訪問時刻が書かれていた。是非見せたいものがあるので六時以降にマンションに来るようにと書かれてあった。今日はバイトの日であったが退学届けを手渡すには都合がいいとマンションに行くことにした。
 昨日入院した急患センターで母親を見舞った後自宅に帰った。着いたのは五時前であった。マンションへはゲンチャリで行くから30分もあれば十分である。そのマンションは全国的に有名なマンション地区にある。ほとんどが高層マンションで社長、芸能人、プロ野球選手などの金持ちがセカンドハウスとして所有している。最低でも一億円はするといわれている。
 一年前に購入した中古のGXはほんの少しチューニングしてある。燃費は悪いが最高70キロまで出る。少し早かったが五時半にGXでグリーンのマンションに向かった。30階建てのグリーンのマンションは南側からだと遠くからでも一目でわかる。マンション横に止めると薄汚い愛車が哀れに思えて、マンション地区の中央にある公園に愛車を止めることにした。公園の隅にある自販機で買ったココアを両手で包み指先を温めると、首を反ってマンションの20階あたりを見上げた。灯りはついていた。
 玄関前に立つとARエクセレントⅡSの表示がイタリック体で書かれてあた。2108のボタンを押すと色っぽい声が流れた。エントランス左手にあるブラウンのエレベーターが開くと21のボタンを人差し指で押した。静かにエレベーターは上昇し真美雄を21階まで運んだ。2108のドアの前に立つと一呼吸してハート型のボタンをプッシュした。ロック解除のカチッとする音がするとドアはゆっくりと横に開いたが、目の前には誰もいなかった。
 真上から「どうぞ」と声がすると目の前のドアが開いた。スリッパに履き替え中を覗き込むと、広いリビングの右手奥にある白いピアノに絵美の姿があった。中に入ると自動でドアは閉じた。真美雄はライブハウスのような豪華な部屋に呆然とした。左手奥にはカウンター席、正面にはテーブルが五つセッティングされている。絵美は指を止めると左手奥のテーブルに真美雄を案内した。
 「よく来てくれたわね。是非見せたいものがあるの。きっと参考になるわ」絵美はカウンターからりんごジュースを運んでくるとストローをさして真美雄の前に置いた。膝の上に置いた両手の指に力を入れると、顔を持ち上げグリーのジャケットの内ポケットに右手を入れた。「それは、見てからにしてちょうだい。隣のアトリエにあるの。こっちに来て」絵美はすばやく立ち上がると真美雄を手招きした。
 ピアノ右横のドアに二人は向かった。中に入ると入り口右手に女のマネキンが立っていた。女のマネキンは絵美そっくりである。壁には数点の絵がかけてある。「このマネキン、先生そっくりですね」真美雄は目を丸くした。「似てるでしょう。これは私とまったく同じなのよ。これは最新技術を駆使されて作られているの。10万ドルかかったの」絵美はマネキンの肩をそっとなでた。
春日信彦
作家:春日信彦
女教師の賭け
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