女教師の賭け

 女子高を卒業後、家を飛び出した。そして、東京でキャバ嬢となった。今の仕事は中学に入学したころからだ。世間体を考えて転職したのかもしれない。おそらく、おばさんが勧めたに違いない。この会社に入れたのはおばさんのご主人のコネだ。女子高卒業後長い間風俗の仕事をしていたが、教師であった両親の躾で茶道、華道をやっていたため礼儀正しかった。ピアノとクラッシクバレーは小学校のときまでやらされていた。
 裕子は中学に入ると一切の習い事をやめた。また、部活も帰宅部だった。長女と三女は両親の方針に従ったが、裕子は従わなかった。小学校の「将来の夢」と題した卒業作文に女優になりたいと夢を書いた。それを読んだ両親は馬鹿にしたように笑ったのだ。そのとき以来、親との間に溝ができた
 真美雄は母親の若いころのことはおばさんに聞いた程度のことしか知らない。裕子は自分のことを真美雄に話したがらない。過去を後ろめたいと思っているのではなく、話の流れで輝雄の話をせざるを得なくなることを恐れている。輝雄との恋愛は裕子にとって宝石よりも輝く宝だ。だが、真美雄に話す勇気はない。あのときの出来事を話すことは愛する輝雄を傷つけるようであり、真美雄までも同じ事になるのではないかと不吉な予感が突如襲ってくるのだ。

                ~美の衝撃~
   

 

 

真美雄にとって学校生活は針のむしろとなっている。高一、高二と全国的な賞どころか福岡地区の賞にも該当しなかった。学校からは授業料泥棒のように見られている。ある教師からは学校を辞めろと暴言をはかれた。真美雄は何度退学しようかと思ったことだろう。退学を申し出るたびに思いとどまらせたのが絵美先生なのだ。絵筆を握れなくなった真美雄になぜか手を差し伸べる。
 卒業まで五ヶ月の辛抱と唇をかみ締める。時間が早く経つことだけしかもはや頭にない。市営住宅から通うような貧乏学生は真美雄だけだ。彼には学友はいない。また、真美雄から友達を作る気持ちはまったくない。周りの学生の贅沢な話を聞いているとムカつくだけだ。貧乏であることを隠す気持ちはないが、同情されると惨めになる。だから、夜、小遣いを稼ぐためにピザの宅配のバイトをやっている。

 最近の真美雄の行動を裕子は心配している。自暴自棄になり父輝雄の二の舞を踏むのではないかと恐れている。時々不思議な夢の話を裕子に話すようになった。黄色のロングヘアの男がたびたび夢に現れる。男は絵を両手に持って差し出すと思いっきり放り投げる。長い黄色の髪を首に巻き泣いている。何か叫びながら手招きする。絵の具をなめては笑っている。
 「母さん、昨日も見たよ、あの男」真美雄はテーブルで独り言を言う。裕子はどのように返事していいかわからず相槌を打つだけだ。真美雄の顔がますます輝雄に似てきた。あのときの輝雄の死に顔が突然裕子の目の前に現れた。裕子の全身から血の気が引いた。真美雄が黄色い髪の男がと言ったとき、気を失い裕子は倒れた。急患センターに運び込まれたときは夜中の一時を過ぎていた。 
 昨日、運び込まれた急患センターから真美雄は学校に向かった。今日、いつも鞄にしまっている退学届けを絵美先生に出す事にした。今では絵美先生に会うためだけに学校に行っている。未練はあるが、絵美先生に別れを告げる決心を固めた。専門課程の美術の授業はアトリエのある別館に行く。美術科の学生は15人であるが、絵美先生の授業にはデザイン科の学生も参加し20人の授業となる。
 絵美先生は付属高校と福岡美大の授業のほか他の大学や講習会の講師もやっている。若干28歳にして准教授だ。世界的に有名でイタリア、フランス、アメリカの大学の客員教授でもある。付属高校には一月に二回の授業が割り当てられている。福岡美大には有名講師が多く在籍している。当然、入学金、授業料、寄付金は他の美大に比べて高額だ。だが、毎年入学志望者が多く競争率は約20倍だ。
春日信彦
作家:春日信彦
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