女教師の賭け

 昨日入院した急患センターで母親を見舞った後自宅に帰った。着いたのは五時前であった。マンションへはゲンチャリで行くから30分もあれば十分である。そのマンションは全国的に有名なマンション地区にある。ほとんどが高層マンションで社長、芸能人、プロ野球選手などの金持ちがセカンドハウスとして所有している。最低でも一億円はするといわれている。
 一年前に購入した中古のGXはほんの少しチューニングしてある。燃費は悪いが最高70キロまで出る。少し早かったが五時半にGXでグリーンのマンションに向かった。30階建てのグリーンのマンションは南側からだと遠くからでも一目でわかる。マンション横に止めると薄汚い愛車が哀れに思えて、マンション地区の中央にある公園に愛車を止めることにした。公園の隅にある自販機で買ったココアを両手で包み指先を温めると、首を反ってマンションの20階あたりを見上げた。灯りはついていた。
 玄関前に立つとARエクセレントⅡSの表示がイタリック体で書かれてあた。2108のボタンを押すと色っぽい声が流れた。エントランス左手にあるブラウンのエレベーターが開くと21のボタンを人差し指で押した。静かにエレベーターは上昇し真美雄を21階まで運んだ。2108のドアの前に立つと一呼吸してハート型のボタンをプッシュした。ロック解除のカチッとする音がするとドアはゆっくりと横に開いたが、目の前には誰もいなかった。
 真上から「どうぞ」と声がすると目の前のドアが開いた。スリッパに履き替え中を覗き込むと、広いリビングの右手奥にある白いピアノに絵美の姿があった。中に入ると自動でドアは閉じた。真美雄はライブハウスのような豪華な部屋に呆然とした。左手奥にはカウンター席、正面にはテーブルが五つセッティングされている。絵美は指を止めると左手奥のテーブルに真美雄を案内した。
 「よく来てくれたわね。是非見せたいものがあるの。きっと参考になるわ」絵美はカウンターからりんごジュースを運んでくるとストローをさして真美雄の前に置いた。膝の上に置いた両手の指に力を入れると、顔を持ち上げグリーのジャケットの内ポケットに右手を入れた。「それは、見てからにしてちょうだい。隣のアトリエにあるの。こっちに来て」絵美はすばやく立ち上がると真美雄を手招きした。
 ピアノ右横のドアに二人は向かった。中に入ると入り口右手に女のマネキンが立っていた。女のマネキンは絵美そっくりである。壁には数点の絵がかけてある。「このマネキン、先生そっくりですね」真美雄は目を丸くした。「似てるでしょう。これは私とまったく同じなのよ。これは最新技術を駆使されて作られているの。10万ドルかかったの」絵美はマネキンの肩をそっとなでた。
 「見せたいものってこれですか?」真美雄は裸体のマネキンを見つめた。「他にもあるわ」壁にかけてある絵に目を向ける。真美雄は無言でじっとマネキンを見つめていた。「マネキンといっても普通のマネキンじゃないのよ。マネキンの肌は人間と同じなの。今日は女の線と肌を教えたくて来てもらったの。早速はじめましょうか」絵美の目が光る。
 「両手の指先で顔の輪郭を感じ取ってね。次に目、鼻、口をゆっくりと柔らかく感じ取って。しっかりイメージして!肩、胸に移るわね。肩と胸のラインを何度も感じ取るのよ。特に肩のラインは大切よ。首、肩、背中、一連の女性美のラインをしっかり頭に叩き込んで。乳房の上下左右のラインを指先で確認して」真美雄は震える指先で真剣に感じ取る。
春日信彦
作家:春日信彦
女教師の賭け
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