蒼い瞳に映っつた美しき伊豆

①シモナ

 

 当初、私に仕事を教えてくれたのは、ブルガリアから来た大学生であった。シモナと言う彼女も日本語に非常に流暢であった。心身を壊すような過酷な二交代制の重労働の中、「私もキリシタンではないが、今日も食事が取れることを神に感謝している。一杯のぶどう酒と、三切れのパンが、千人の飢えを癒したと言う、神の奇跡を信じてみたい自分も私の中にいるのだ。」などと日本語圏に住むものでないものにとって決して簡単ではない会話を交わしていたことを昨日のことのように思い出す。

 

 私の派遣社員という生活は、短かったが、派遣業は、秋葉原連続通り魔殺人事件などを引き起こした一因だといえた。しかし、私には、そこにいかなければ、会えなかったであろう、未知の世界や人々との遭遇、体験、そして、人間が、生きていく上で不可欠な、仕事に伴う痛みを教えてくれた場でも有ると言えた。

 

 当時は、寝入り、目を覚ますと十時間以上にも渡る心身に激しい痛みを伴う仕事をし、「いつ、この生活は、終わるのだろうか?」それだけを考えて生きていた。私は、職を辞し、その激しい痛みを伴う生活からは、離れたが、私でない多くの誰かが、今も、その激しい、想像を絶する痛みと闘っていることは、解っているつもりだ。

 

 生きると言うことは、先ほども述べたよう、「仕事をする。食事を取る。睡眠をとる。」と言う。単調な生活を繰り返す事が、ベースとなっている。しかし、その単調な生活を繰り返すためには、激しい痛みが伴うことも避け得ない現実であった。

 

 しかし、生きることには、そのほかにも喜びや、楽しみ、感動し涙すること、悲しみや、驚きなど、書きつくせないほどの感情が、伴うであろう。

②ミリアン

 

 E社にて派遣社員をしていた際、シモナ以外にもミリアンというブラジル人女性と話せる機会があった。

 

 ミリアンは、十代で海を渡り日本へと出稼ぎに来ていた。日本に滞在して5年になるそうだったが、それでも日本語は、うまくは話せなかった。そんなミリアンの趣味は、たまの休暇を利用した旅行だった。

 

 同じ職場で、一緒に働くことも多かった私は、積極的に彼女に話しかけていた。「ミリアン、淋しくないか?」とたずねると、「ミリアン、淋しくない。」と孤独で過酷な作業労働下でも元気いっぱいで、茶目っ気たっぷりな女性だった。次第に仲が良くなった私に写真を見せることがあり、写真を見た私が、「なんだよミリアン彼氏いっぱいだな。」とからかうと、「チガウ。」とむくれて見せたりもした。「国籍は、違えど同じ人間だな。辛いことも多いだろうに・・・。」と、私は、思っていたが、そんな、ミリアンの一番のお気に入りだったという旅行先が、西伊豆だった。「伊豆ねえ?静岡か?」普段、旅行などしない私だったが、ミリアンの話に、聞き入っていた。「楽しかったのだね。」と聴くと「とっても楽しかった。日本で一番綺麗だったの。」と言っていた。ミリアンのそのときの目の輝きは、今でも忘れられない。

 

 生きることに伴い生ずる痛み。それを忘れさせてくれるのは、喜びだと言える。派遣社員時代の私にとっての喜びは、ミリアンの輝きに満ちたまなざしであり、シモナの人間像であった。交通手段が、発展し、国境を越えた人の行き来も活発になった。だから、街や電車の中で異国人を目にすることも珍しくなくなった。東京に住んでいた折、泣きながら歩く異国の少女にハンカチを差し出せなかった事があり、今でも忘れられない思い出として胸に刻まれているが、それから十年、様々な経験と思い出の元に私はある。次の十年は、ミリアンが、「日本で一番綺麗だった。」と言った。西伊豆を自分の目で見てみることや、何物かを介在すること無しに知らない世界を体験することが、私の人生に必要なように感じる。

 

 私自身が、体験した挫折や苦悩、喜びや悲しみそして、これからも体験する全ての出来事が、偶然などではない必然的な出来事なのであろうから。

あとがき

 

 「自分の人生とは、一体何のためにあるのだろうか?」

 この作品にて自己が、最初になした問いかけであるが、この作品を書き終えようとしている今の段階に至ってもその明確な答えは、導き出せなかったといえる。

  但し、一つだけいえることはある。人間とは、愚かな生き物である。時に同じ仲間である人間ですら、何の理由もなく感情の赴くまま殺したりもする。

 

 しかし、時に人は、己の命も顧みず、他人の命を救おうとする。それが、偶然なのか、必然なのか?

 

 私は、この書の中で世の中に、「偶然」などなく、すべてが、「必然」の下に起きると主張してきたが、

 

 自己の生命すらを省みることなく「人間とは、そうあるべきだ。」と「必然」の名の下に、他人の命を救うため自らの命ですら捨てた人を「馬鹿だ。」と呼んでも、笑う人はいまい。

TOMOKAZU
作家:TOMOKAZU
蒼い瞳に映っつた美しき伊豆
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