「ねえ。」抱っこして

「ねえ。」だっこして。

  あれは、2000年の夏頃であったであろうか?1年の浪人生活、2年の留年を経て、ようやく実家に戻ってきた私は、地元で、就職活動に励んでいた。

  しかし、不況も重なり、満足な仕事もない。それは、そんな渦中での出来事だった。

  「ふー。それんしても、うまくいかない。旨い物でも食べに行くか・・。」

  と。たこ焼き屋さんに向かったときの事だった。そのたこ焼き屋さんの向かいには、保育所があり、私の母が、パートで働かせていただいていた。

  「そうだった。それにしても、こんなところ、おふくろに見つかったら、大目玉もんだなあ。」

  と思っていた矢先、おふくろの同僚の保母さんに「あれ、H先生の息子さんじゃない?」と、予想以上に簡単に見つけられてしまったのだ。

  仕方なく、足取りも重く、保育所に向かうと、不思議な光景があった。騒いで走り回る、子供たちのなかに、

 「だっこしてー。だっこ。」とひとしきり、私に寄って来る男の赤ちゃんが、いたからだ。

 

 「若い、女の保母さんいるのに、なんで?俺に。」とは、思ったが、『だっこ。』することにした。

 

 「俺、タバコ吸うから、タバコ臭いかもしれないが、それでもいいかー。坊主。」と、聞くと、「それでもいいのー。いいのー。」というので、軽く持ち上げると、予想以上に軽く、柵に頭が、『ゴツン』とぶつかってしまったが、持ち上げられた。

 

 「ごめんな坊主頭痛くなかったか?となでると。子供には、タバコ臭いだろうにと思ったが、ぎゅっと抱きついてきた。

 

 「なんでだろう?」とは、思いながらも、しばらく、だっこし、私が、不思議に思っていると。

  園長さんらしき人物が、こう言った。

 

 「その子ねえ。お父さんいないのよ。」と。

 

 そうなのかと思い。園長さんが、皆に、元に戻りなさいと言っても、その男の子が、私の元を離れる気配が、

 なかった。それで、私が、「俺でよければ、また来て、だっこ。と、よしよしぐらいなら、幾らでもしてあげるから、今日は、バイバイね。」

  と言うと。赤ちゃんは、不思議なことに私の元を離れていった。

 

 そのとき、「坊主、お前の心の傷とは、そんなに酷いのか?」と思った。

 

 その後、長い就職活動が、終了した後、父と母と三にんで、外食に出かけた。

 

 のんきな父は、「美味かったなあ。」ところで、「なんでだ?」

 

 と言っていたが、母は、なんとなく、喜んでいた。 

TOMOKAZU
作家:TOMOKAZU
「ねえ。」抱っこして
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