全か無か思考を越えて部分的救済を考える~キリスト教の救済について第2版

【6.今回の解釈を適応すると復活の日にはこうなる】

 【6.今回の解釈を適応すると復活の日にはこうなる】


6-1

 キリスト教徒と御霊の実をもつ非キリスト教徒はともに2番目の裁きを受けるけれど、なにか違いがあるでしょうか?

6-2


5:23どうか、平和の神ご自身が、あなたがたを全くきよめて下さるように。また、あなたがたの霊と心とからだとを完全に守って、わたしたちの主イエス・キリストの来臨のときに、責められるところのない者にして下さるように。5:24あなたがたを召されたかたは真実であられるから、このことをして下さるであろう。

(テサロニケ人への第一の手紙 523-24


 たとえキリスト教徒でも2番目の裁きは受け、外なる人と肉の働きが滅ぼされ、肉に関連付けられた記憶も失うと述べました。 しかし実はキリスト教徒には特権が与えられています。最初の裁きを確実に避けられるのです。キリスト教徒は神の目に責められることがない者とされるのです。肉の働きがまだ残っていても許されるのです。キリスト教徒の魂は決して滅ぼされません。

6-3


66:10神よ、あなたはわれらを試み、
しろがねを練るように、われらを練られた。 》

(詩篇66:10)


旧約の時代にはこの特権はなく、神は信仰を何度も試しました。 旧約の民と同様に御霊の実をもつ非キリスト教徒は神に何度も試されます。(潜在意識に)信仰がまだ残っているかどうかを神が確かめるのです。彼らが神の道からはずれ悪くなっていくなら聖霊は彼らから離れるでしょう。聖霊が離れたら彼らは滅ぼされることになります。彼らは信仰を告白していないので、救済が保証されていないのです。

6-4

 

4:12というのは、神の言は生きていて、力があり、もろ刃のつるぎよりも鋭くて、精神と霊魂と、関節と骨髄とを切り離すまでに刺しとおして、心の思いと志とを見分けることができる。4:13そして、神のみまえには、あらわでない被造物はひとつもなく、すべてのものは、神の目には裸であり、あらわにされているのである。この神に対して、わたしたちは言い開きをしなくてはならない。 ≫(ヘブル人への手紙 412-13


 洗礼を受けた者が極悪な犯罪を起こしたとしても、救済されるでしょうか?答えは、「その人は救済される」です。この人は内なる人と御霊の実が小さく、外なる人と肉の働きがかなり大きいと推測されます。だからこの人は救済されても、魂と記憶の大部分を失うことになるでしょう。そして「天の国でもっとも小さいもの」になるでしょう。


 犯罪や災害の被害者が神を疑い、神を呪って死んだとしたらどうなるでしょうか?その表面的な行動ではなく、どの程度の信仰が残っているか確かめられ、残っている内なる人と聖霊が救済されるでしょう。神に見落としはありません。


6-5

 イスラム教徒とユダヤ教徒は救済されるでしょうか?イスラム教徒とユダヤ教徒はキリスト教徒と同じ神を信じています。そして彼らの生活のほとんどは神に関連付けられています。イスラム教徒はイエスを預言者の一人と考えています。言い換えるとイスラム教徒はイエスの言葉が神から来たと考えているのです。


 ユダヤ教徒の場合はもっと複雑で、イエスの言葉は神から来たものではないと考える人もいます。

しかし彼らも同じ神を崇拝しています。彼らはイエスをメシアだとは信じず、彼らの本当のメシアを長いこと待ち続けています。

 キリスト教徒は「イエスを単なる預言者のひとりに過ぎないと考えたり、偽預言者とみなすのはイエスを冒涜している!」と考えるかもしれません。キリスト教の教義から考えると、イエスをそのように扱うのは確かに罪です。でも次の引用をみてください。


6-6


3:28よく言い聞かせておくが、人の子らには、その犯すすべての罪も神をけがす言葉も、ゆるされる。3:29しかし、聖霊をけがす者は、いつまでもゆるされず、永遠の罪に定められる」。

(マルコによる福音書328-29


12:10また、人の子に言い逆らう者はゆるされるであろうが、聖霊をけがす者は、ゆるされることはない。

(ルカによる福音書12:10


 聖霊を冒涜しない限り、イエスを冒涜する事も含めすべての罪は赦されるのです。またユダヤ教徒やイスラム教徒が神の霊を冒涜することはありえません。私はイスラム教徒やユダヤ教徒の魂も救済され得ると思います。でもあくまでも個人的な意見です。この件について考え、自分自身で答えを見つけてください。


6-7


 神の民の間に分裂があるのはサタンの狡猾な技の結果であると私は考えています。神は出来るだけ多くの人を救済したいのです。しかしユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が互いに争えば、サタンは神の意思を妨害できます。紛争は御霊の実を腐らせるからです。


6-8


 何が衝突の原因でしょうか?外なる人が原因です。内なる人は神に従いますが外なる人は意識の中にあるカビのような部分であり、良い性質を腐食するのです。あなたのパンが、カビているのを見たらどう感じますか?パンの上で3種類のカビが互いに戦争していたら、神は喜ぶでしょうか?そのカビたパンはゲヘナに投げ捨てられるのではないですか?神の民が争えばサタンが喜ぶだけです。


【7.祈り】

 【7.祈り】


 天の父なる神様、

この解釈は一般には受け入れられていません、

しかし聖書の引用から構築された解釈なのですから、これもあなたの選択肢の一つだと思います。聖書の言葉はあなたが私たちに与えた約束なのですから、これに信頼します。


私は洗礼を受けました。

 だからあなたを父を呼び、イエスキリストの御名によって祈ることが許されています


私はすべての人のために祈ります。


イエスキリストはすべての人の身代金として自身を献げました。そしてあなたはすべての人が救われることを望んでいます。(テモテへの手紙第一の手紙2:3-6

すべての人はすでに贖われました。だからすべての人を救ってください。

キリスト教徒でなくても、御霊の実のような良い性質をもった人がいます。

愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制 (ガラテヤ人への手紙5:22-23

  すべての良いものはあなたの光から来ます。(ヤコブの手紙117

あなたがそれを与えたのではないですか?

  天地創造の前に彼らを神の民として選んだのではないでしょうか?(エペソ人への手紙1:3-5

  彼らの心にあなたが神の律法を書き込んだなら、彼らはあなたの民ではないですか?

                                   (ヘブル人への手紙810-11

 あなたは真の割礼は霊によるもので文字によるものではないと言いました。

                                    (ローマ人への手紙2:28-29

聖霊によって内面になされる洗礼が真の洗礼ではないでしょうか?それとも外側の肉になされるものが洗礼でしょうか?


御霊の実をもつすべての人を救済してください。

  たとえ彼らがあなたによる選びを覚えていなかったとしてもです。

  御霊の実が聖霊が降っている証拠です。


あなたは「行って、すべての民に洗礼を施せ」を命じました。(マタイによる福音書2819

   世界中に福音が伝わったら世界の終わりがくるでしょう。(マタイによる福音書2414

もう残り時間は少ないかもしれません。

 すべての人が洗礼を受けられたら良いですが、時間は限られています。

  アブラハムは神の御使いと交渉しました。(創世記18章)

  「この町に義人が50人いても、町全体を滅ばされるのですか?」

  私もまた交渉しようと思います。

「この人に義の部分が50%あってもこの人全体を滅ばされるのですか?」

  「もしかすると50%に5%足りないかもしれません・・・」と。


  あなたはかつて言いました。

  「からし種一粒の信仰があれば山も動く」(マタイによる福音書17:20

  もし、からし種ほどの信仰でも見出せるなら、その人を救ってください。

  たとえその人が信仰の自覚がなくても。


  あなたの約束を思い出してください。

  神よ、イエスキリストの御名によって、すべての人の救済を求めて祈ります。




以降に図1~図4あり

仲里 淳
作家:仲里 淳
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