はじまりのとき

ドッポン

 

僕は広い広い場所に落ちた

 


突然のことで何がなにやらわからない。

 


前までいたところは狭くて窮屈で体をおりまげていたけれど

 


今来たところは体を自由自在に動かすことができる。

 


前と変わらず何かが僕を包み込んでいるけれど、前と違うのはその何かが絶えず動いていることだ。

 


そして前いた所は狭いこともあって、僕一人きりだったけれど、

 

今来たところは広い広い向こう側に何かの影が動いている


それもたくさんだ。

 


僕は手足を動かしてみた。進んだ。移動できる。嬉しくてめちゃくちゃに動かしてみる。めちゃくちゃに進む。

 

面白い!

 

ここは生きている。小さなものがたくさん動いて進んでいる。

 

追いかけて触れてみた。つるりんとしている。

 

ここは生命に満ち溢れている。

 


上から光が射しこんでキラキラとしている。

 

あっちの光まで行ってみよう。

 

こっちで揺れているのはなんだ?

 

見るもの全てが目新しくて(そりゃそうだ、僕は今まで何もない所にいたんだから)

 

思う存分手足を動かしてはしゃぐ。

 


細長くユラユラ揺れるものの近くにきたとき

 

何かがす~~っと僕の後ろに回り込んだ。

 

僕も体をグネッと曲げて後ろを向いてみる。

 

僕の目の前にいたのは、僕よりずっとずっと大きな奴だった。

 


ずんぐりした体に、まん丸の目。

 

大きな口に、そこから覗く三角のものはズラリときれいに並んでいる。

 


(お前は誰だ?)

 


僕は初めて自分以外のものに問いかけた。(今まで一人だったから本当にまるで初めてだ)

 


すると頭の中に低い声が響く。

 

 

(水先案内さ)

 

大きな口を小さく動かし奴が言った。

 

 

(水先案内?)

 

 


(お前は「はじめて」のやつだろ。今回は俺がお前の水先案内なのさ)

 

 


確かにここは初めてだし、自分以外の動く物をみるのも、ましてや話すのも初めてだ。

 


キラキラした光が上からさしてくる。この先にも道を隔てるものは何もなく、果てしなくこの世界は続いている。

 

水先案内だか何か知らないけれど、この大きな奴についていくのもいいかもれない。

 

 

(じゃぁ、よろしく頼むよ)

 

僕が言うと(頭の中でだ)

 


そいつは真っ黒くまん丸の目で僕をじっと見据え、大きな口を大きく開き笑った。


 

 

どこまでいっても果てしのない光に満ち溢れた世界を、僕と大きな奴はゆっくり進む。

 


僕ら以外にも動いているものはたくさんあり、そのものたちを真っ黒くまん丸の目でチラリと見ながら

 

大きな奴はその大きな体を揺らして進む。

 


真っ黒い目というものは、何を考えているかわからなくて、なんだか薄気味悪い。

 


(おい、一体どこに向かうんだ?)

 


いつまでも何も言わない奴の長い体を追いかけて僕は聞いた。

 


(はじまりの場所さ)

 


(はじまりの場所?)

 


(俺はお前をそこまで連れていく。そこから自分で始めるんだ)

 


奴がそう言ったとき、とがった口、丸いけれど鋭い目つき、クネクネして長い体のものが

 

ゴツゴツした岩かげからヌラヌラと出てきた。

 


(おい、そいつは誰だ?)

 


長い奴が大きな奴に聞いた

 


(はじまりの者だ。手を出すな)

 


大きな奴が答える。

 


(へえ、お前に水先案内の役がきたのか。大変だな)

 


(大変ではない)

 


(水先案内の役の後には知らない世界が待っているっていうぜ)

 


長い奴がクネクネ体を躍らせ言った。

 


(知らない世界も悪くないだろう)

 


大きな奴が大きな口を少し開いて笑う

 


(ふん、俺はお断りだね!)

 


長い奴は、僕の周りをグルリと一周して、また岩かげにかえっていった。

 

 

(今の奴は一体誰なんだ?)

 


(いやらしいウツボさ)

 


大きな奴が軽蔑のまなざしでもって答える。

 

(僕は「はじまりの者」って名前なのか?)

 

僕は大きな奴の頭のほうに回り込み聞いた。

 


(俺はそれしか知らない。お前には名前はない。ただお前は「はじまりの者」でしかない)

 


大きな奴はその長い顔の先で俺をつつき先へと促す。

 

 

(じゃあ、お前には名前があるのか?)

 

 

(今まではなかったが、お前がつけたくばつければよい)

 

一瞬上からの光が消え、そこは暗くなった。

 


(じゃあ・・・)

 


僕は狭い所にいたときに、よく頭の中に響いてきた名前を言ってみた。

 

 

(こころ・・・こころってどうだ?)

 


大きな奴は、真っ黒い目をまばたきさせた。

 

(こころか・・いいだろう。そう呼んでくれ。じゃぁ進むぞ)

 


大きな体をくねらせて、こころは先に進んだ。

 


僕はこころの上にある三角のところにつかまった。

 


光がまたキラキラと僕らに差してきた。

 

光がまたキラキラと僕らに差してきた。

 

光は当たり前のようにこの世界にさし、ありとあらゆるものに命を吹き込んでいる。

 

キラキラと光るベールをまとって、僕とこころはどんどん進む。

 


こころのザラザラとした皮膚を手で確かめながら僕は聞いた。

 

 

「ここはとても広くて明るくて気持ちがいいけど、なんていうところなんだい?」

 

 

こころはスピードをおとさず答える。

 


「ここは海さ。生命の源さ」

 


「う み」

 


僕はつぶやいた。

 


「これから僕がいくところはどんな所なんだい?僕はどうしてもそこにいかなきゃいけないの?」

 

 

「お前がこれから行くところはどんな所かは俺は知らない。ただ、お前が始まるだけだ。

 

そしてお前はそこに行かなくてはいけないし、俺はお前をそこに連れていかなくてはいけない」

 

こころはぶつきらぼうにこたえる。

 


上からさしてくる光が少し色みを変える。黄金色から橙色に。僕のもといた世界のように温かみのある色だ。

 

僕はもといた狭いけれども温かく心地のよい世界を思い出す。

 

絶対的な安心感。何も考えていなかった。でも、ここは優しいけれども、絶対的な安心感ではない。

 

何かが潜んでいるような、あらがうことのできない何か危険なことが待っているような、そんな感じ。

 


その時、僕たちの動きが変わった。何か目に見えない強い力でひっぱられるようだ。

 

こころは長い尾を激しくふり、その強い力に対抗する。

 

僕の手がこころから離れた。僕の体は僕の意思とは関係なく、グルグルと振り回される。

 

ゴ~~ッと今まで聞いたことのない音が耳に響く。

 

こころから引き離された僕は、回転しながら岩にぶつかって止まった。

 

岩にぶつかったところが射すような感じがして「イタイ」。

 

そこから赤いものがヒュルヒュルと、いやらしいうつぼのようにでてきた。

 


「大丈夫か?」

 

こころが大きな体を滑らすようにやってきた。

 

僕の体からでてきた赤いものをみて、こころのまん丸とした真っ黒い目が、一瞬真っ白くなった。

 

僕はなんだかゾッとする。優しかったこころがすごく恐ろしいものに感じたが、

 

すぐにこころの目は元のまん丸で真っ黒い目にかわった。

 


「しっかりつかまっておけ。潮は急に変わる」

 

 

こころは僕の目を見ないように体をグルリと回し、背中をむける。

 

僕はさっきのこころの白い目を思い出しドキドキしながらも彼の背につかまる。

 


そしてゆっくりこころは進んだ。

 


「ねえ、こころ。さっきどうして白い目になったんだ?」

 

僕は思いきって聞いてみた。

 

こころは少し考えてから答えた。

 


「本能だ」

 


「本能?」

 


「そうだ俺たちには本能がある。それは生きていく上で欠かせないものだ。例えばさっきの俺の目のことだが・・・」

 


こころがスピードをあげた。僕は振り落とされないようにしっかりつかまる。

 


「俺は生きていくために他の生き物を食べなければいけない。そして獲物をとらえるときには目を守るためにひっくりかえるのさ。ただそれだけのことだ」

 


こころは少し言いにくそうに、でも冗談のように言った。

 


「じゃぁ、さっき僕のこと獲物にみえたんだね」

 

僕も冗談ぽくいうと、こころは「ハハハ」と笑った。

 


「お前も始まったら本能に従って生きろ。自分を活かすのも殺すのも本能だ。たとえそれで死んだとしてもそれは本望だ」

 


僕にはいまいちこころの言っていることがわからなかった。

 


「本能はどうすればわかるの?」

 


「五感をとぎすませるんだ。周りに気をとられるな。そうすれば自然と体は動いてわかる」

 


「ふうん」

 


僕はわかったようなわからないような返事をして、こころの頭の先をみた。

 

傷だらけのとんがった先っぽは、きっと彼が本能に従って生きてきた証だと思った。

 


「こころ、さっきは助けにきてくれてありがとう。それも本能なの?」

 

 

「・・・・・・さあてな」

 

 

掴んだこころの背中が温かく感じた。

 

しばらく進むと、潮の流れが止まったかのように穏やかになった。

 


「もうすぐだ」

 


こころは、少し寂しそうに言った。

 

キラキラとさしていた光も、その色みを変え、茜色になった。

 


相変わらず、僕はこころのザラザラとした三角のでっぱりにつかまり

 


こころはゆったりと、時に速く海を切り進んでいた。

 


海は広くて、あまりにも広くて、こころがどんなに進んでもはしにいきつくということはないようだ。

 


僕はそこで自分の存在のちっぽけさをまざまざと見せつけられ、こころがいなかったらと思うと

 

怖くて背中のほうがブルッとなった。

 


先に見えるのは果てしない世界。そこでたくましく生きる生物たち。

 

下のほうを見やると、もう暗くて何も見えない。

 

恐ろしい巨大な生き物の口がポッカリと僕たちを丸のみにしようとしているみたいだ。

 

さもすると、もう飲みこまれているということかもしれない。「海」に。

 


僕はなんて非力なんだ。前いたところでは何も考えず、ぬくぬくと過ごしていたのに,

 

この広い広い「海」に突然投げ出されたとたんじぶんの弱さとむきあわされた。

 

気がつくと茜色だった海の上層も、下からの大きな口に丸のみされたように闇の群青色に変わっていた。

 


「こころ・・・僕は今自分の存在がちっぽけに思えて仕方がないよ」

 


「ははは、ちっぽけなのだから仕方がない」

 


「冗談じゃないよ!前いたところではそんなこと少しも考えなかった。ここにきたばかりの時もそうだ。

でも、ここの大きさや不可思議さをみるにつれ、存在の小ささが心の中で大きくなってきたんだほんと

変な気もちさ」

 


「同じ場所ばかりにいたらわからないことがある。違う場所に身をおいてこそわかることがある」

 


「こころもそういう気持ちになったことあるの?」

 


「まだないさ。俺はずっとこの海にいる。だから違う世界をみてみたい」

 


僕はうつぼの言っていたことを思い出した。水先案内をすると違う世界にいけるって。

 


「それで水先案内をしようと思ったの?」

 


「そうだ。だから水先案内人にかってでた」

 


海がすこし冷たくなってきた。そこまで言い終えたときにこころが止まった。

 

 

「着いたの?」

 


「ああ」

 

さっきの光と異質の光が海に差し込んでる場所についた。

 

さっきの光を金とするなら、今度のは銀。

 


その光の中を、薄紅色の小さな丸い球体がユラユラと揺らめいている。

 

ひとつやふたつではなく、おびただしい球体。

 


銀色の世界に薄紅色の球体が揺らめく、その光景に僕もこころも何も言えない。

 


そして僕はそこが僕のはじまりの場所・・・

 

こころの水先案内の終着地だということがわかった。

 


「さぁ、着いたぞ」

 


「着いたんだね。僕はどうすればいいの?」

 


「はは、本能に従え!」

 


そういうと、こころはすごい力で背を動かし僕を振り落とした。

 

 


「まって!こころ!まだお礼を言ってないよ!!」

 


そういうが早いか、僕は薄紅色の球体の波に包み込まれていた。

 

こころの顔もよく見えない。

 


下を見ると、岩に美しい花のようなものが咲いていて、そこからこの薄紅色の球体がでてきているようだった。

 


「あぁ、そうか。これも命なんだ。生まれているんだ」

 


僕は、ユラユラと漂う球体の中を、両手両足を精いっぱい動かし、上へ上へと向かった。

 


銀の光が大きく強くなる。

 

もう少しだ。上へ上へ。なんだか苦しくなる。

 

もう無理だ!と思った瞬間。僕は海から出た。

 

銀の光に包み込まれて眩しい世界に。

 

こうして僕は生まれ出た。

 

subaru
作家:すばる
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