算命学余話 #G50

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算命学余話 #G50 (page 1)

 前回の余話#G49では、十大主星の浮気度をざっくり眺めてみました。これだけを読むと雑誌の星座占いページのようで、「なんだ、算命学でもこうなるのか」と意外に思われたかもしれません。実際、私自身が書いていてそう思いました。
 しかし、各所に但書を散りばめたように、たったこれだけの情報で人間の浮気傾向を断定するのは早計です。なぜなら人体図の十大主星を見るだけでも五つも星があり、この五つがバラバラの星であったなら、それだけ浮気傾向にもばらつきが出るということですし、その五つの組合せや位置、十二大従星との組合せによって、どの星が他の星を押しのけるか、逆に加勢するのか、その合従連衡具合を多角的に見ていかないと正しい人物像は描けないからです。
 十大主星と十二大従星の組合せによる作用については、『算命学余話#G38』に具体例を挙げたのでそちらを参照下さい。また十大主星同士や十二大従星同士の組合せについては「連星法」という技法がありますが、別の機会に解説したいと思います。

 今回の余話は、スマホ脳についてです。「あのスティーブ・ジョブズも子供にはスマホを持たせなかった」のキャッチでベストセラーとなった、スウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセン氏の著書『スマホ脳』を私も読んでみました。私は元々スマホに否定的で今も所持しておらず、海外でどうしても必要だった時に一年間だけ使ってみましたが、今はなくなってせいせいしています。だから『スマホ脳』を読んでも特に驚きはなく、スマホが人間の記憶力その他の能力を低下させたり、ウツにしたり、子供をアホにしたり、対人交流をつまらなくするといった点は、感覚的に判っていて、これといって新しい発見はありませんでした。
 唯一笑ったのは、「脳は働きが悪いときほど自分をほめる」という見出しくらいです。というのも、私は、「頭の悪い人ほど自分にご褒美をあげたがる」という意見の持ち主だからです。「褒美」というものは誰か上位の者が他の下位の者に与えるものであって、自分自身に与えるものではなく、昨今流行りの「自分へのご褒美」というフレーズには前々から鼻白んできました。誰も褒めてくれないから、仕方なく自分で自分を褒めている。その姿や発想は滑稽です。褒められたいのなら、誰もが認めるような功績をあげて褒められるべきだし、そもそも人間はそんなに承認欲求に飢えた人ばかりではなく、褒められても大して嬉しくない人ほど、自分へのご褒美を探す手間を省いて努力に時間をかけているのだから、褒める・褒めないにこだわらない人の方が余程賢いはずだ、とこのように思っています。でもきっと多くの読者は、この小さな見出しは読み流して着目しないのでしょう。

 「人間はそんなに承認欲求に飢えた人ばかりではない」というのは、算命学ならではの発想かもしれませんが、皆さんは実感としてどちらの意見に与しますか。私は算命学者なので、承認欲求は名誉の領域であり、五行の一つである金性に係る欲求にすぎず、残りの四つの五行の欲するものではないという意見です。だから「承認欲求に飢えた人」というのは、ざっくり五人に一人くらいの割合だと考えて、全人類に共通する欲求とは言えないと思うのですが、皆さんの肌感覚ではどうでしょうか。
 『スマホ脳』には現代の精神科医から見た脳への弊害が列挙されており、その根拠となる科学的調査報告にかなりのページを割いています。このように証拠を(あたかも法廷で争うには十分であるかのように)並べて「こうだ」と断定するやり口は、いかにも西洋人の手法です。しかし私は人間の精神に関する西洋人の見解は大抵間違っているというスタンスですので、この著作を鵜呑みにはしませんし、鵜呑みにしている読者は既にスマホ脳になっているか、欧米崇拝脳になっているか、いずれも正しい物の見方のできなくなっている人だと考えています。
 かといって算命学が万能だとも思ってはおりませんが、スマホによる弊害というのが算命学的観点からはどのように判断できるのか、考察してみたいと思います。『スマホ脳』を実際に読んだ方が判りやすいですが、読まなくても、算命学の基礎思想が判っていれば理解できる内容です。
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