算命学余話 #G37

算命学余話 #G37600の有料書籍です。
書籍を購入することで全てのページを読めるようになります。
算命学余話 #G37を購入

算命学余話 #G37 (page 1)

 2021年の干支歴の年が明けました。ご承知の通り、算命学が使うカレンダーは西暦とは関係のない干支歴です。干支歴では新年を立春と定めています。立春とは、冬至と春分の中間点のことで、冬至を冬の頂点、春分を春の頂点と考えた場合に、そのちょうど真ん中が冬と春の境目であり、ここから春が始まるという理屈から成立しました。「春が立つ」のが一年の更新起点であり、新年初日であり、一年の生命活動の開始を意味します。
 日本の伝統行事である節分は、この立春の前日に当たり、本来は大晦日のことです。今日でも西暦12月31日の大晦日には大掃除を済ませて翌日の元旦に備えますが、節分で豆を撒くのは、一年の穢れを洗い清めて「鬼は外」、つまり悪い気を外に追い払い、家内に清らかな気を取り込んで新年を迎えるために「福は内」と唱える、呪術的な掃除の意味が本来あるのです。
 掃除は、更新のために必要な行為です。壊れたところがあれば直し、部品を取り換え、汚れは取り払ってメンテナンスすると、物は繰り返し使えて寿命も延びていきます。逆に故障を放置したり汚れたままにしておくと、損傷が進み寿命を縮めます。システムや制度も同じです。人間にも同じことが言え、病気や怪我があれば放置せずに治療し、日々掃除や洗濯、入浴を続けていれば、体は繰り返し使っていけるし、寿命も延びます。更には心も同じで、歪んだままにせず真っ直ぐに直すことで、災いを退け福を招くことができるのです。

 2021年の節分は2月2日で、立春は2月3日です。例年は2月3日が節分で、立春は翌日の2月4日でした。しかし地球の公転周期は正確に365日ではないため、そのズレを閏日で調整する以外にも、立春が前後にズレるという現象がしばしば起こります。そのズレが今年に当たりました。立春が2月3日になるのは124年ぶりですが、これも定期的な現象ではなく、次回は4年後とかなり間近ですし、立春が2月5日になる年もあります。
 干支歴では、今年は辛丑年です。今回の算命学余話は新年大予想と、辛丑という干支の組合せについて論じます。

 まず新年の予想ですが、辛丑年は地支が天干を支える構図から、人間の営みが天の気に影響していきます。それは、人間社会の動向が天災を呼びもするし、退けもするという暗示です。
昨年一年を席巻したコロナ禍は、その病原の発生原因が人為的なものであろうとなかろうと、人間社会が都市を封鎖したり、人間の営みを制限したりすることで引き起こされた災厄の方が、コロナウィルスによる健康被害よりもずっと広範で深刻でした。従って、人災と捉えるのが妥当です。
 昨年は庚子年でしたが、今年と同様、天地の関係は相生でした。従って、コロナによって災いが降りかかったと見做すのならば、それは人知の及ばない天災が人間界へ一方的に災いをもたらしたのではなく、人間が対処法を間違えて被害を拡大したからだと考えるべきなのです。或いは、それまで成功してきた人や集団の生き方が、実は間違っていて、その間違いをコロナウィルスの出現が顕現化してくれたという解釈でもいいです。言い換えれば、正しい行いや生き方をしてきた人や集団は、2020年のコロナ騒動でさほど翻弄されなかったということになります。如何ですか。心当たりはありますか。

 昨年これ一色だったコロナ禍がまだ収まっていないことを考えますと、今年一年もコロナ騒動は続くと見込まれます。但し、去年よりも目に見えるすったもんだは落ち着いて、より隠微な影響が続くと思われます。人間もコロナ対策に大分慣れてきたように、失業や企業の倒産も珍しい現象ではなくなります。リモートワークの増加も緩やかになり、巣籠り需要も急激な伸びはなくなります。つまり持久戦です。
 既に社会の動向は「コロナをどうするか」より「ワクチンをどうするか」に論点が移行しています。また昨年は感染者とその被疑者が差別を受けましたが、新年はワクチンを打ったかどうか、つまり非感染者の方が差別を受ける側に回るでしょう。この種の差別自体が愚かしい行為だということを自覚できた人や集団が増えるほど、社会全体は明るくなるでしょう。
 同時に、コロナを第二種感染症に指定したこと自体は正しかったのか、マスクは本当に必要だったのか、感染者数が二桁も違う欧米のコロナ対策の模倣は本当に必要だったのか、自粛は、営業制限は、ワクチンは、本当に必要だったのか、といった根本的な事態の検証をやって、正しい結論を導き出した社会には、お日様の光を浴びるような溌溂とした日常が戻るでしょう。そうでない社会には、相応の蒙昧がどんより空を覆うでしょう。

 なお、辛金は宝石を意味し、見た目がきらびやかであるのが特徴です。しかし、だからといって中身まで高級とは限りません。辛金が石ころから宝石へと転身を遂げるには、洗浄と研磨が必要です。人間に置き換えれば、研ぎ澄まされた精神と身体こそが高級だということです。見た目だけではだめなのです。
 しかし人は見た目に惑わされやすく、本年はそういう惑いの多い年になります。物事の本質を見極め、見た目に惑わされない洞察力を磨けるかどうかで、今年一年の明暗が分かれます。見た目や耳ざわりの良さに飛びつき、中身を吟味しない人や社会は、偽物ばかりを掴まされて嘆く一年となるでしょう。

 ではこれより先は、辛丑という干支について掘り下げてみます。
算命学余話 #G37600の有料書籍です。
書籍を購入することで全てのページを読めるようになります。
算命学余話 #G37を購入
土星の裏側
算命学余話 #G37
0
  • 600円
  • 購入

1 / 2

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • 購入
  • 設定

    文字サイズ

    フォント