さやかとアンナ

拓也はガラスのように透き通ったさやかの白い肌を何度も

目で味わっていると、18階建てのマンションの玄関に立っていた。

エレベーターで8階まで上がると、さやかは降りて左手の803号と

表示されたダークブラウンのドアを開けた。

さやかが入った後、拓也は少し間をおいて入ると、

そこには学生時代を思い出させるような淡く、甘い少女の香り。


きれいに片付けられたキッチンのテーブルの中央には、

20センチほどのプーさん。

ちょこんと小さな椅子に腰掛け、ニコニコ顔。


廊下の左手に部屋が一つ。右手に二つ。

キッチンの窓は南向き。右手の部屋のドアは開けっ放し。

中を覗くと、赤いバラの絵柄の大きなベッド、

そのベッドの枕元に50センチほどのベビー服を着たプーさん。

ベッドの左手に白のサイドボード。

部屋の中央にグリーンの座椅子が二つ、

その上に2枚のDVD(目がキョロキョロ)。


キッチンの右真横の部屋を少し興味ありげに覗いていると、

「こちらへどうぞ」とさやかは花柄のソファーに拓也を案内した。

部屋の隅々に目をやってみたが、

女性の部屋にしては飾り気のない清楚な部屋。


目についたのは、二人で写った写真。

タンス、テレビ、サイドボード、窓の横の壁、

いたるところに二人で写った写真。

左手には赤いサイドボード。

その左横には女性雑誌が飛び出さんばかりのマガジンラック。

その赤いサイドボードの左側上段にはノートPC,

中央にテレビ、右側三段に区切られた棚には、

推理小説と思われる本が200冊以上。


正面の二人用のソファーの上には分厚いゲーム雑誌。

表紙には美男子ロボ・スーパーキングⅢの横顔。

雑誌の横には80センチほどのピンクのスカートをはいたプーさん。


軽い気持ちでさやかに従ってきた拓也。

二人っきりになったことを拓也は後悔する。



「君と一緒に写っているのは、友達の看護師かい?」何気なく拓也は聞く。

「看護師ではないけど、一緒に住んでる子よ。アンナというの。

かわいいでしょう。今度紹介するわね。まだ23歳よ。

どうぞ、今年開発されたコーヒーです」

さやかはプレートに乗せ運んできたコーヒーをテーブルの上に置く。

拓也は香ばしい香りをかいでほっとする。


「君の友達は、ゲームマニアみたいだね」

「ああ、それ。まあそんなところね」

さやかはソファーの上の雑誌を一瞥すると、

どうでもいいような返事をする。

「もういいだろう。見せてくれないか。

君の同僚が帰ってくるんじゃないのか?」

しだいに、苛立ちが高まってくる。

「アンナはいつも2時過ぎなの。心配なさらないで。

先生は結構有名でいらっしゃるんですね。ドクターに聞きましたわ」

「僕のことはいいから、早く見せてくれないか!」

「先生ってせっかちなのね」

さやかは子どもっぽい笑みを浮かべる。


拓也がコーヒーに口をつけると、さやかは何かを取りにいくかのように、

隣の部屋に消えた。

5分ほどすると、さやかはパールホワイトのフレアスカートに

脇の下が大きくカットされたオレンジ色のノースリーブブラウス姿で現れると、

モデルのようにくるっと一回転(シンデレラモードのさやか)。


「先生暑くありませんか?」

さやかは脚を傾げて拓也の正面に座る。

「いや」

「エアコンの効きが悪いの」

「何度も言うようだけど、いい加減に見せてくれないか?

困るよ。僕は独身なんだ。この年になっても男だからね」

拓也の視線は、さやかの白い脚に釘付け。

エッチモードの拓也。


「先生は思った通りの人でしたわ」

「どのようにかね」拓也の声が破裂する。

「私をしっかり見つめてくれる人です」

「冗談はよせ!もう帰る」

拓也は一気に立ち上がる。

「先生、見せたいものが!自分で言うのもなんですが、

自信作なんです」

さやかの強い口調は、拓也の動きを止めた。

「だから、早く見せてくれよ」

「約束してくれます?見るだけで決して触らないって」

「ああ、神に誓って約束するよ。早く見せてくれ。

見たらすぐに帰るから。どこなんだい、見せたいって物は?」



しばらく、さやかは黙っている。

「今からお見せします。私の裸です!」

さやかは、すっと立ち上がる。

「君は、僕をからかっているのか!」

「いいえ、私のお願いなんです」

「君はどうかしてるよ。今夜のことは忘れるから、

僕と会うのは今夜限りにしてくれ」


「なぜ見つめてくれないんですか?先生を信じているのに」

「何を、どのように、信じているのかね」

「先生が私を救ってくれることをです」

「自分で言うのは何だが、僕は学会でも品行方正で通っている。

万が一、このようなことが外部にでも漏れたら、大変なことになる。

どうして僕を苦しめるようなことを言うのかね」


「決してこのことは誰にも話しません。心から好きなんです。

とても、先生のことが」

「それじゃ、僕を彼氏にしたいのか?」

「それとは別です。お願いを聞いてほしいだけです」

さやかは説得するように、ゆっくりとした口調で言う。


「ドクターにもお願いしたのか?」

「はい、ドクターは快く見つめてくれました」

さやかの不思議な笑顔。

「まあ、彼は医者だからな。患者を診るのは当然だろう。

だが、僕は違う。ただの男に過ぎない。

もう、こういう話はよそう。失礼!」


「私を見捨てるんですね!」

さやかは怒ったような声を張り上げる。

「見たからってどうなるんだ」

「救ってほしいんです!」

「女好きの、ただの男なんだぞ。わからん、まったく、わからん」

「ただ、じっと見つめてほしいんです。お願いします」


「何のために!僕に・・・僕に恨みでもあるのか!

君の願いは理解できん」

「お願いです。先生。信じてます。お願いです!お願いです!」


ややかの異常な視線は、拓也の呼吸までも止めてしまった。

反数学的空間に浮いている拓也。

方向も、時間も、重力も、権力もない「さやかの愛」

さやかは魔女?




ドクターは、薬を使わずに精神病を治療する方法を

大学のときから研究している。

うつ的で神経質なさやかと攻撃的で情緒不安定なアンナ。

約3年前から、二人はドクターが用意したマンション(病室)

で同居している。


部屋ではいつも「裸」。

これはドクターが考え出した、「治療方法」の一つ。

今の二人の症状からすると、ドクターの治療法方は

成功している。


アンナはさやかのことが気になり、早めに仕事を切り上げて

帰ってきた。


「ただいま。やっぱし、電気屋ね」

アンナはドアを閉めると、すぐに胸のボタンを外し始める。

「あら、アンナ、今日は早いじゃない」

チェスに夢中のさやかは、振り向かずに返事する。

「さやか、どうだった。先生!」

アンナは服を脱ぎながら、嬉しそうに言う。

「ドクターが、言ってた通りの人だったわ」

さやかは跳ねてキッチンにやってくる。


「ラッキーじゃない!」

裸のアンナはキッチンの席に着く。

「少し汗臭いわよ。シャワー浴びましょ」

さやかは鼻をつまむ。


小柄なさやかと大柄なアンナは、

シャワーと戯れるように無邪気にはしゃぐ。

シャワーの水は、さやかの透き通った肌をますます輝かせる。


「今日は最高の日だったわ!」

小さな椅子に腰掛けるさやか。

肌を守るように広がる白い泡。

「これからもお願いするの?」

勢いよく飛び出すシャワーの水。

光を放ちながら、さやかの透き通る肌の上をすべるように流れる。


「先生は間違いないわ」

目を閉じて快感に浸るさやか。

自分の演技を思い出し、白雪姫モードのさやか。

「よかったね、ドクターに感謝ね」

「ドクターも、先生も、王子様だわ」

さやかは、神に祈るように両手の指を組む。


キッチンに戻ったアンナは、ラグビーボールのようなスイカを、

冷蔵庫から取り出す。

まず、四分の一に切る、さらに、それを斜めに切る。

ほぼ同じ大きさの扇形のスイカを二つのさらに、二つずつ載せる。

サンバのリズムでお尻をふりふり、アンナはお皿を運ぶ。


「あいよ!やっぱし電気屋ね」

アンナは小麦色の乳房の谷間から噴出した汗を左手で軽く拭う。

「私たちエアコン無い方がいいかもね。

汗をしっかりかいたほうがいいから」

さやかはテーブルにある小さな扇風機のスイッチを入れる。

「夜中、起きちゃうんだよな。それより、先生のこともっと聞かせて」

アンナの大きな口の端からたれ落ちたスイカの汁は、

乳房の谷間の汗と合流しおへそで止まる。


「そうね、本当によかったのかしら」

さやかはスイカをじっと見つめる。

「なにが?」

アンナはスイカの種をプレートに吹き出す。

「先生のこと」

「心配ないよ」

アンナは大きな口で二つ目のスイカにかぶりつく。

「だけど、さやかのしていること、卑劣なこと。先生を不幸にすること」

「ドクターを信じるの!先生もきっとさやかの味方だよ。

ほら、二人とも2年間も薬飲んでないし!」

「寝ようか」

さやかは食べ残しのスイカを置いてベッドに向かう。



春日信彦
作家:春日信彦
さやかとアンナ
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