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~聖なる夜編~

クリスマスイブ、ケーキ屋の店内は女性客が多く、賑やかで、カウンターの上には、小さなクリスマスツリーが飾られてある。
 ラジオからは、BENIが歌う英語バージョンのクリスマスイブが流れている。山下達郎の声も好きだけど、BENIもいいなと思って歌を聴いていると、今から会う彼氏の顔を想像していた。聖なる夜を一緒に過ごすのだ。
 並んでいる順番が回ってきて、まつ毛がクリッとした目の大きい愛想のいい店員からケーキを受け取る。その時にロウソクをたくさんもらった。
 ケーキ屋を出ると、肌に風があたり、寒さが胸にしみた。霙のような小雨が降っていた。この小雨が雪になるといいなと思いながら、歩いて彼氏の家を目指す。
 目の前を父親と母親と女の子が歩いている。私もいつかこんな家族になれたらいいなと思った。
 彼氏の二階建てアパートへとついた。彼氏の部屋は、201号室だ。二階の階段を上がる。上がる時錆びついているのか。ギィギィと音が鳴った。201号室のインターホンを押す。ワクワクと胸がはずむ。彼氏がゴソゴソと出てきて、ドアを開けた。
 「ケーキ買ってきたけど、一緒に食べようかなと思って。」満面の笑みで言うと、彼氏はしかめた様な顔をして「ちょっと。今、まずい。」と言った。
 「だれか来たのー?」と部屋の奥から女の人の声が聞こえてきて、彼氏が後ろ側でドアを急いで閉めた。
 「そういう事なんだ。」
 「えっ、どういう事?今の女の人は誰?」言わなくても分かっている。知らない女がクリスマスの日にいるっていう事は、そういう事なんだろう。目から涙が一筋流れそうになるのを我慢した。
 「すまない。」
 「ずっと前からケーキ予約してさ。今日、すごく楽しみにしてたんだよ。」
 「本当にすまない。」
 「私の事、嫌いになったの。」
 「いや、そういうわけじゃないんだけど。たまたまっていうか。なんていうか。」
 「もう、いい。言い訳なんて聞きたくもない。私たち今日で終わりにしよう。」彼氏にケーキの箱を投げつけた。頭に当たり、箱が宙に舞った。中身はグチャグチャだろう。
 「すまない。」彼氏がひたすら頭を下げている。喚くことも、泣くことも、怒ることも出来ない。ただ、じっと唇を噛みしめていた。
 「じゃ、私いくね。彼女と仲良くして、待ってるみたいだから。」
 「本当すまない。」寄りにもよって、なんで今日なんだろう。謝るくらいならなんで、そんな事をするんだろう。走って、階段を駆け下り、近くの電信柱の所で、震える手を握り、声を押し殺して泣いた。こんな寒い夜に、私はどうすればいいのだろう。
 「鮮やかに恋して、ニンジャリバンバン、bloom bloom bloom 花びらも舞う。飛んでけニンジャリバンバン」と歌声がどこからか聞こえてきた。
 「何?」と振り返ると、バーバリーのロングコートを来た長身の男が目の前に立っていた。
 「いやー。やっぱりキャリーパフパフは、いいね。」と笑顔で言った。
 「えっどういう事。」キャリーぱみゅぱみゅだし。いきなり話しかけられて戸惑った。
 「なんで泣いてるのか知らないけど、こんな聖なる夜に何があったの?」
 「いや、ちょっと。なんでもないです。」と答えた。
 「別に怪しい男じゃないよ。」と言うと、コートの中から、シュークリームを取りだして、「食べる?」と言った。
 「いらないです。寒いし。」この変な男は何なのと思った。
 「ここ寒いから、どこか温かいとこ行かない?」シュークリームをまた、ポケットの中に閉まった。彼氏の嫌な顔を思い出し、こんな日は、家で一人で過ごすのも忍びなく、ついて行っても別にいいかなと思った。
 「それでは、ファミレスにでも行きますか?」
 「オッケイ。」指で輪を作り、ほっぺに持っていき、芸能人のローラの様な仕草をした。別にかわいくないしと思った。
 深夜のファミレスは、おじさんとおばさんのカップルと若いカップルが2組いるだけだった。
 「いらっしゃいませ。何名様ですか?」と店員が言うと、男が小声でピースじゃないよと言って、「二名様です。」と言った。店員は愛想笑いをして、席に案内した。
 席に座ると、メニューを取り出して、「何食べる?」と聞いた。
 「食欲ないから、ポテトとドリンクバーでいいです。」
 「いいねー。」と答えて、「俺、チョコレートパフェ食べたいなぁ。ウフェウフェ。」と笑顔で呟いた。
 「食べたいなら食べたらいいですよ。」男がこんな寒い日にパフェを食べるという事が可笑しくて、思わず吹き出してしまった。
 店員を呼んで、注文をして、ドリンクバーでジュースをついで、一息つくと「で、今日はどうしたの?」と改めて聞いた。
 「実は、今日彼氏と一緒に過ごすはずが、女が部屋にいて、ダメになったんですよ。」
 「そうなの。女がいてって、浮気されてたんだ。」
 「そうなんですよ。もう、最悪で、楽しみにしてたケーキを投げつけてやりました。」
 「それじゃー。彼氏はケーキまみれになったの。」
 「いや、箱を投げつけただけです。」
 「俺だったら、箱からケーキを取り出して、顔面に投げつけるけどね。」
 「あー、そうすればよかった。」彼氏の顔がケーキまみれになる事を想像するとまた笑いが込み上げてきた。
 「そうやって笑った方がかわいいよ。クリスマスなんだしね。」
 「なんか、私励まされてるんですね。ありがとうございます。」
 「いやー。別にいいよ。元気になったなら嬉しいよ。」
 「そういえば、名前なんて言うんですか?」
 「俺?名前は、綾小路寿久。あっちゃんと呼んでね。」
 「変な名前。」
 「それってどういう意味?親がつけてくれた名前なんだけどね。」店内に二人の笑い声が響いた。外は、いつの間にか小雨から白い雪に変わり、フワフワと降っている。
 「わー雪が降ってる。今日は、ホワイトクリスマスですね。」窓の外を見た彼女が言うと
 「まだ言ってなかったね。メリークリスマス。」と答えて、綾小路は手から薔薇の花を一輪取り出した。
酒井清光
作家:キーボー
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