~カフェ編~
とある街角で佇む男。長身で黒いジャケットを羽織り、タバコを吹かす姿が夕日に溶け込んで、絵になっている。
今日はどのカワイ子ちゃんと遊ぼうかなと目を凝らして見ていた。
まるで獣。野良犬。蛇男。
いい男のはずなのに女達は見向きもしない。
きっと仕事や家庭に忙しいのだろう。
街行く人々は冬の空をただ風とともに通り過ぎて行くだけだった。
「今日は駄目だな。」と呟き、カフェテラスで一息つくことにした。お気に入りのカプチーノを飲む。ふと隣を見ると目が泳いだ。
黒のメガネをはめ、編み目のストッキングを穿いて足を組んでいる姿が妙に色っぽい美女がいた。
キャリアウーマンという感じだろうか。
男は声をかけずにはいられない。
「おこんばんわ。お仕事大変そうですね。」
「えぇ。とっても。」美女はコーヒーを一口飲み、笑顔で新聞を広げた。
「私と隣になったのも何かの縁。一緒にお話ししませんか。」新聞の隙間から話しかけた。
「そうしたい所ですが、今仕事が忙しいから今度にしてくれます。」その美女は立ち上がろうとして、パソコンケースの中から名刺を一枚取り出した。
男は受け取り、見てみると、弁護士園田律子と書いてあった。
「そうですか。分かりました。今度ぜひ一緒にティーをしましょうね。」律子の背中に話しかけると、手を一回だけ振った。
その弁護士の美女は、遠い昔に忘れた甘い香りを残して行ってしまった。
次の日、香りと共に早速名刺に書いてあった住所にたどり着いた。男はいてもたってもいられなかったのだ。昨日は徹夜で寝不足だった。
ビルの三階に入っているその弁護士事務所は、真面目な雰囲気がして男にとっては似合ってもいなかったのだが、美女に逢えるかと思うとお構いなしにトキメイテイタ。カウンターの受付の女の子に話しかけた。
「お嬢さん。このお方います?」かっこつけて名刺を見せた。
女の子は下の方から電話を取り出し、律子にかけていた。
その後、「今外出しています。」と何気ない態度を取った。
「ガクッ。やっぱり忙しいんだね。また来ます。これ律子さんにあげて下さい。」受付の女の子に真っ赤なバラの花を一輪渡した。
「はい。わかりました。」と頷いた。その後、男が去ったのを見送ると、また律子に電話をした。
「男の人帰りましたよ。誰ですあの人?」
「ちょっと街でナンパされちゃってね。」
「へぇー。ガードが固い律子さんでもナンパされるんですね。私びっくりです。」
「それどういう意味?」
「いえ何でもないです。それと、バラの花を一輪置いていきましたよ。キザっていうかロマンチストっていうか。今どきめずらしいですね。だけど、少しだけかっこよかったです。」
「そっか。」若い女の子にはモテルのかもしれないと律子は思った。ひょっとしたら案外変な男でもないのかもしれない。
律子は、いつものカフェで何気なく待っていると、あの男がやって来た。
「ウフェフェ。やっぱりいた。」
「別にあなたを待ってたわけじゃないわ。」
「そんなつれないこというなよ。別にそれでもいいけどね。」ウキウキとして、男は店員にカプチーノを頼んだ。
「だけど、弁護士さんも大変だね。毎日仕事仕事ってそんなに仕事ばかりしてたら、心が萎えちゃうよ。」
「遊び人のあなたには一生分からないわ。」
「別に分かろうなんて思わないけどね。たまにはリラックスしてさ。どこか遊びにいかない?」
「行きたいけど、仕事があるから。今度ね。」
「今度。今度って。いつ行くの?今死んだら僕後悔しちゃうよ。孫子の代まで呪ってやる。うらめしや~ってね。」男は幽霊の様な仕草をして、他のお客たちが笑っていた。
「くすっ。あなたって変な人なのね。」
「よ~く言われます。といわけでさ。今から、カラオケ行こうカラオケ。」男が律子の手を強引に引っ張った。
別に一時間や二時間遊んでもいいかなと思い、男とカラオケに行く事にした。
約二時間たっぷりと歌った。男は演歌からヒップホップまで、ノリノリで歌っていたが、あまり上手だとは言えなかった。
だけどカラオケなんていつ以来だろう。中学生の時に行ったきりかもしれない。
コートを羽織り、カラオケを出ようとすると「ここはツケがきくから俺が払っとくよ。」と言って店の従業員に手を振っただけだった。
「あなた本当何もかも可笑しな人ね。」この男は不思議な魅力があるなと思った。
外に出ると、白い息が漏れた。
男が前を歩き出し、橋の真ん中で立ち止まった。
「ほら。見てみなって。こんなに夜景が綺麗じゃない。たまにはいいと思うよ。こんな感じも。」
「そうね。」街並に電灯の光が美しく輝いていた。こんな夜景を見るのも久しぶりだった。一時橋にもたれかかり見ていた。こんなに心が休まり、男の人にトキメイタのは何年ぶりだろう。ずっとこの男といたくなった。
「私、あなたの事好きになったかもしれない。」調度その時、大型のトラックが勢いよく通り、声がかき消された。
「何だって?」男が聞きかえす。
「なんでもないわ。」そうやって楽しい時間が終わった。
次の日。
また男に逢いたくてカフェでいつものように待っていた。
だが、あれから男は現れなかった。
いつも座るテーブルにあったのは、私が差し出した名刺。
名刺の裏には、「 enjoy life. Good luck! 」と書かれてあった。何で英語なのか分からなかったが、弁護士に対抗したのだろうと思うと、思わず笑ってしまった。
律子はその名刺を宝石のようにそっとパソコンケースに入れた。
~クリスマス編~
まったく何で俺がサンタクロースの恰好をしているんだ。男は、自分の姿を上から下まで見下ろして思った。こんな事なら、バーバリーのコートを持ってくればよかったと後悔した。
そもそものはじまりは、部屋の隣に住むかわい子ちゃんから、「あなたサンタクロースにならない?」なんて言われたからだ。
本当にする事ないだろうと嘆きつつ、子供達にプレゼントを配っていた。
プレゼントといっても小さな袋に詰めたお菓子だ。この公園のイベントに来る子供にお菓子を配ってお金がもらえるという画期的なシステムだ。
要するにアルバイトってな訳だな。
早くこんな所を抜け出して、街でナンパするしかないなと思った。そんな事を考えていると部屋の隣に住んでいる琴美ちゃんが目の前にやって来た。
「よく似合ってますよ。ウフフッ。」と笑窪を凹ませて笑った。その笑顔に見とれていた。
「そうかな。」男は照れた。
子供が近づいて来て、「メリークリスマス。」と男はサンタの真似をして、愛想良くプレゼントを渡した。
琴美が「それじゃまたね~。お疲れ様。」と言って手を振って向こうの方に行ってしまうと、男は子供に「しっし。あっち行け。」と小声で言った。
「なんだよこのサンタ。」と言って子供が、男のスネを蹴った。
「あいたたた。」男も負けじと子供の耳を引っ張った。それを見ていた母親が止めに入り、喧嘩が収まった。
そんな事を繰り返しているうちに周りがダンダン暗くなり、公園のイルミネーションが輝き始めた。
公園には人だかりが出来き、司会者の合図と共にクリスマスのイベントが始まった。
最初は外国人達が日本語できよしこの夜を歌った。その後、子供たちが真っ赤な鼻のトナカイを合唱していた。
琴美ちゃんも最後に歌を歌うと言っていたがそれまで時間がありそうだ。
近くではうっとりしているカップルがいて、男に見せつけていた。
「まったく。」男は、ポケットから煙草を取り出し、火をつけ、夜空に向かって煙を吐き出した。ふとブランコの所でこの場所に相応しくないドンヨリとした雰囲気で、学生服を着た女の子がいた。
クリスマスイブだというのになぜあんなに泣いているのだろうか。
男が気になって聞いた。
「お嬢さん。何でそんなに泣いているんだい?」
「別に。あんたには関係ないでしょう。」
「そんな事言ってもクリスマスイブなんだぜ。みんな楽しく歌っているし、光だって輝いているよ。そんなに泣いているとサンタのおじさんもびっくりだ。」男は音楽に合わせて踊って見せた。
「そんな踊ったって、男なんてみんな一緒よ。私のこと散々弄んで捨てていくんだ。」その女の子は泣き出した。男は、今までの事を考えて、胸に手を当てギクリとした。
「だけどいい男もいると思うぜ。俺みたいに。」サンタがいくらかっこつけてもかっこつかなかった。
「そんな恰好してよく言うわね。それじゃ~サンタさん。私の願い事聞いてくれる?」涙を拭きながら上目使いで男の顔を覗き込んだ。
「う~ん。クリスマスだから聞いてあげよう。」この子結構可愛いかもと思って、男は聞くことにした。
「彼氏が何で私と違う女の所に行ったのか聞いて、殴って来てよ。」女の子は掌をグーにして北斗の拳のラオウみたいに空にかざした。
「そんな事はサンタには無理だね。奇跡を見せるのが私の仕事だからね。ほら見てなって、もうすぐ彼氏が目の前に現れたりして。」男がウィンクすると、走って彼氏がやって来た。
「お前。探したんだぞ。あの女の人は違うって、ただのバイトの先輩で話していただけって言っただろう。」彼氏は息を切らしていた。
「私信じていいの。」また、あの上目使いだ。男はこれに弱いとツクヅク思った。
「あぁ。」二人とも泣き出した。丁度その時、山下達郎のクリスマスイブの前奏が流れはじめていた。
若い恋はそうやって何度もやり直しが効くからいいもんだ。
「それじゃ。メリークリスマス。」ブランコの二人に挨拶をして、すっかりサンタの仕事を忘れていたのを思い出した。
琴美ちゃんの英語バージョンの「クリスマスイブ」を聞きながら、子供たちにプレゼントを配った。
~正月編~
冬休み、小学4年生の勇樹がある男を探していた。
名前は、綾小路寿久。毎年、母親に真っ赤な薔薇と一緒にお年玉を送ってくれる男だ。中味は千円だが、母親と勇樹は嬉しかった。
その病弱な母親が入院している。
ただ一目でいいから義久さんに会いたいと寝言の様に言っていたので、勇樹がこっそりと探しに来たのだ。
薔薇についているマンションの住所を探し出した。呼び鈴のボタンを押しても誰も出てこなかった。
「こまったな。」体育座りをして玄関で待っていると、買物帰りの可愛らしい女の人が話しかけてきた。
「どうしたの?」
「ここの人に会いたいんだ。」
「そうなの。一時帰って来ないと思うわ。多分カフェにいると思うけど、何かいつも忙しそうにしているから、どこにいるのか分からないけどね。」
「そのカフェを教えてください。」
「そんなに会いたいの。ちょっと待ってて、教えるから。外寒いでしょう。私の部屋に入る?」その女の人は、鍵をポケットから取り出して隣の部屋のドアを開けた。ネームプレートには、井上琴美と書いてあった。
勇樹が入ると、ヌイグルミがたくさんあって、桜の様な香りがした。
「ジュース飲む?」琴美が冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して勇樹の前に出した。勇樹は、ゴクゴクと飲み干した。
「喉乾いてたんだね。」琴美は笑窪を凹ませて笑った。その後、勇樹は何も話さず俯いていた。
「えっとカフェだったね。ここから歩いて十分ほどで着くわ。信号から左に曲がってコンビニがあるから、そこを右に5分くらいで見えてくるよ。地図を描くから持って行きな。」琴美が小さな紙に地図を書いて勇樹に渡した。
「おねぇさん。ありがとう。」
「いえいえ。どういたしまして。私のサンタさんにヨロシク言ってね。」と言ってウィンクをした。勇樹はどういう意味か分からなかった。
地図の通りに信号を曲がり、コンビニがあって、確かにカフェらしい所に着いたが、誰もいなかった。
正月休みのようだ。
階段の所に座っていると、勇樹と同じ様に残念がっている女の人がいた。スラットした身長で、大きなビジネスバッグから書類を出していた。
「あら、坊やもカフェで飲みたかったの?」と言って近づいてきた。
「人を探してるんだ。」
「そうなの。探せるかどうか分からないけど、私一応弁護士しているから、話し聞いてもいいわよ。」
「それじゃ。この人を探して。」勇樹がリックサックから一枚の写真を取り出した。勇樹の母親と綾小路寿久が仲良くピースサインをしている写真だった。その写真を見た弁護士という女の人は、驚いて笑った。
「この男の人を探しているの?奇遇だね。実は私もとても探している人なんだ。」勇樹はまた分からなかったが、みんなこの男に会いたいと言っている不思議な感じがした。
「弁護士さんならすぐ会えそうなのに、何で探さないの?」
「それはね。大人になれば分かると思うけど、人には大事にしたい出来事ってあると思うのよ。誰も触れて欲しくないと思うような事。それを大事にしていつか語れる時が来れば自然と人は出会える気がするの。」
「何かよく分からないや。」
「ごめん。ごめん。お腹へってない?」
「俺腹へった。」
「おいで。」と言って近くにあるチェーン店のうどん屋に入って食べた。その間も綾小路の話しで持ち切りだった。
「入院しているお母さんが会いたいと言って来たんだ。親孝行なんだね。多分、私の考えでは、今頃お母さんと会っていると思うよ。あの人はそんな男なんだ。電話してみようか。」と言って携帯を勇樹に渡した。
病院の看護婦さんにお母さんの様子を聞くと、背が高い男と楽しそうに話していると言った。それを聞いた勇樹が急に泣き出した。
「まったく。男の子は泣いちゃ駄目だぞ。お母さんが会えたならそれでいいのか。」
「うん。だけど、俺も会いたくなった。」
「そっか。いつか会えるよ。ただ女を泣かせるような男になっちゃ駄目だぞ。」と言って勇樹の鼻を掴んだ。
勇樹はいつか綾小路寿久のような男になりたいと思った。
~愛を探して~
住んでいる都会から車で一時間行った所に海が見える田舎町がある。そこを抜けると大きな墓地がある。戦争で死んだ人が埋まっていると聞いた事があった。
墓地の上の方に段差があり、小さな墓石がある。側の海が見える展望台があり、静かな波の音が聞こえてくる。
薔薇の花束を持って墓の前にいる綾小路寿久。茶色のジャケットが海の風に揺れていた。
「久しぶりだな。ここに来るのは何年振りだろう。だけど、君を片時も忘れた事はなかった。」綾小路は薔薇の花束を墓の前に置いた。
「俺がなぜ薔薇が好きになったか分かるかい。君が花屋の前で交通事故に遭って、君が最後に握りしめていたのが薔薇の花だったね。死ぬ間際で握りしめていたのが不思議なくらいだった。俺に何か当てつけのメッセージだと思っているよ。今色んな人と色んな所で、出会っているけど、君の事をずっと探しているのかもしれない。街の中で駅のホームで、君が薔薇の花を持ってそこにいるような気がするんだ。君にただ逢いたいからやっているのさ。」
「あなた本当身勝手ね。」綾小路の声に答えるかのように、風で揺れている木々が囁いた。
「そう言ってくれるのも君だけさ。君がいない日々を淡々と毎日過ごしているなんてまっぴらだ。」綾小路から一筋の涙が墓に零れた。
「そんな目で見ないで。私はずっと見守ってるから。私の分まで生きて。」海鳥たちが夕焼け空へ飛んで行っている。もうそろそろ日が暮れる。
「また逢いたくなったら来ていいかい。」それから、君は何も答えてくれなかった。最近よく思うんだ。生きる事って哀しい事を乗り越える事なんじゃないかなって。人間は弱い生き物だから、時々、酒や女やギャンブルか何かで紛らわそうとするけど、そんな事はどうでもいい。ただ君にもう一度逢いたいだけなのさ。
暗闇が静寂と共にゆっくりと落ちてきた。
今夜は特に寂しくなりそうだ。吸っていた煙草を捨て、車に乗り込んで街に戻った。