ラスボスの思想(3)

 では、なぜ、戦争になると、人は何んの憎しみもない人を殺すことができるのでしょうか?鉄砲で、爆撃機によって、人を殺すたびに、人は喜んでいるのでしょうか? 実は、誰一人として、喜んでいる人はいないのです。

 

 人は、自己満足のために生きていると述べました。それでは、殺人によってどんな自己満足を得てるのでしょうか?おそらく、ほとんどの人は、自己満足のためでなく、国家の命令だから、いやいやながら、人を殺していると言われるでしょう。 

 

 仮に、戦時下において、神を信じる慈悲深い軍人が、殺人は人道に反すると思い、自分ひとり、軍隊から脱走し、山中に隠れてしまったら、彼は、国民からどのように思われるでしょうか?

 

 きっと、彼は、多くの人から、勇気のない卑怯者、非国民といわれるでしょう。そうです、彼は、多くの人たちから非難され、疎外されるのです。いや、彼だけでなく、家族や親戚たちも、周りの人たちから、非国民といわれ、イジメを受けて、村八分にされてしまうのです。

 

 人にとって、疎外されること、多くの人から、罵られイジメられることは、最強の恐怖となるのです。また、ほとんどの人は、疎外とイジメによる恐怖に打ち勝つことはできません。

 

 だから、人は、組織による強烈な恐怖を回避するために、良心を捨て去り、戦争で動物を殺すかのように人を殺すのです。つまり、心の強烈な恐怖と闘うことによって味わう苦痛を避けることによって得られる安息、という自己満足を人は選んでいるのです。

 

 残念ながら、組織、国家が人に与える恐怖は、永遠に、無くならないかもしれません。また、人は、永遠に、それに打ち勝つことができないかもしれません。もしそうであれば、戦争は、永遠に無くならないということになってしまいます。

 

 人は、恐怖から逃避し続ければ、生まれながらにして持っている協調、調和の心を失ってしまうのです。だから、今でも、国家への恐怖から殺人をしていると自覚していたとしても、国益のためだと自分を偽って、戦場で殺人をしているのです。

 

 人間の大脳新皮質が、他の動物に比べかなり発達しているとはいえ、人間が動物であることには変わりありません。人間が動物である限り、大脳辺縁系に引き起こされる恐怖心はなくなりません。

 

 おそらく、人は、未来永劫、組織を、国家を、作り続けるでしょう。ならば、人は、組織から、国家から、恐怖を与え続けられることになります。

 

 誰しも、戦争をしたくありません。誰しも、人を殺したくありません。でも、組織、国家、があるために、人は戦争し、殺人を犯すのです。

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
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