南の短編集

バス

久しぶりにバスを利用して帰宅することになった。

乗り方すら忘れていたが、
どうやら前方のドアから乗り込むらしい。

この路線だと目的の「編み畑駅」が丁度
終着駅になるので寝過ごすこともなさそうだ。

無理をすれば5人は座れそうな
奥の横長の席に一人で座ることにした。

座った席から車内を見渡して、
思っていたよりバスを利用する
人は居るものだなぁ
等と考えながらウツラウツラしていると、

次の駅に着き、

バスのボディ部分のドアが開いて
どうやら降りる人はそこから外へ出るらしい。

前からのって真ん中から降りる。
そういう仕組みなのだ。
成程。

人間が数人降りていって、
入れ替わるように鬼が同じ数だけ乗ってきた。

ぼんやりとそれを眺めて
ウツラウツラしていると
そのうち同じ要領を繰り返して
車内の客が全員、鬼と
入れ替わっていた。

そして、更にもう一つ次の駅で
運転していた男性が降りていくと

また鬼が乗り込んできて
運転席に座ってしまった。

完全にタイミングを逃してしまった。

一体私が何をしたと言うのか!

なによりバスは
「編み畑駅」を素通りして、
尚も走り続けている。
「コーヒーで良い?」

『あっ有り難う』

『!?』

『ってこれ、麦茶だよ』 

「え、」

「ウチではコーヒーって読んでるけど」 

『麦茶だよ、コンビニとかで売ってるの
 飲んだこと無いの?麦茶

「へぇ」

『あれ?コーヒー豆あるじゃん。』

『コーヒーミルもあるんだ。
 しかも手動。オシャレだねっ。』

 『悪いんだけど、
 これでもぅ一回コーヒー頼めるかな。』

『有り難う、ごめんね挽く所から、
 ウチもさ電動の持ってるんだけど、
 へーゴリゴリこれはこれで、ねぇ』

『あっもう良いんだ。
 さすが!手慣れてるね
 じゃあ、はいドリップペーパーを 
 カップに乗せて』

『そうそう、ペーパードリップね、』

『良いね~挽いて淹れると香りがいいよね』

『では、いただきます~

『って、やっぱコレ麦茶!』
ふと、窓の外に目を向けると
マジックアワーが広がっていた。

油絵のような質感の
橙と紫が空のキャンパス上で
思い切り絵筆で伸ばされた様な景色。

色んな感情の詰まった、
群像劇の小説をやっとラストまで
読み終える瞬間のような、
特別な安堵感。

目に映る物達、全てが口々に
「また明日」 「また明日」

と囁いている様にも聞こえる。

あぁ「また明日」

今、目を覚ましたばかりなのに。

その時、

世界には
僕と亀しか居なかったと思う。

いや、実際は
そうじゃなかったかもしれない。

ただ、僕と亀しか
この世に存在しないと
僕が思えたことが大事で、

僕と亀以外は全く重要じゃなかった。
周囲の目や期待とか
今までのプライドとか
レッテルの様な関係性とか
全く重要じゃなかった。

そう思えたことが大事だった。

もし、そう思えなかったら
ウサギが亀に謝ることなんて
永久に出来なかったと思う。 

後悔はしていない。

「亀くん、のろまなんて言ってごめんね。」
hops
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