ぱるす通信〜こころのくすり箱〜第29号

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ボランティア〜骨髄バンク〜( 1 / 1 )

骨髄バンクのドナー登録を 呼びかけて20年超

 刀根麻理子さんは、歌手、女優、エッセイストとして活動する傍ら、20年以上にわたり、骨髄バンク普及啓発などのボランティア活動を続けている。

 きっかけは、20代のときに友人を白血病で失ったこと。自身につらいいじめの体験があり、追い詰められて自殺を考えた日々と、生きたいのに生きられない人々の存在を知ったことで、「命」を真剣に考えるようになったという。

 今、私にできることとは?その思いが骨髄バンクへのドナー登録普及啓発活動となった。当時、日本の各地に点在していた骨髄バンクは、その後、財団法人骨髄移植推進財団(日本骨髄バンク)に統合され、間もなく20年になろうとしている。

 ボランティア活動を続ける中で、2002年、白血病患者を持つ母親たちを中心としたボランティア団体のネットワーク代表となる。

 次は代表として何ができるのか? その問いの中から、あの9・11アメリカ同時多発テロを発端とする日米の骨髄バンクの苦悩と行動の実話を基に、舞台劇『IMAGINE9.11』を生み出し、骨髄バンクへの理解のきっかけとしている。2005年から毎年続けている舞台公演を終えたばかりの刀根さんを訪ねた。(服部)


〜9・11国境を越えた骨髄液輸送を舞台劇に〜

骨髄バンクボランティアネットワーク代表 刀根麻理子


ドナー登録目標は100万人

 財団法人骨髄移植推進財団(日本骨髄バンク)が設立された当初の約20年前のことを思えば、ドナー登録者数は39万人に迫り、骨髄移植を希望する患者さんの9割にドナー候補が見つかるようになりました。

 しかし、ドナー候補が見つかった後も、骨髄移植に至るにはハードルがあります。ドナー本人の意志が揺るがないこと、ドナーの家族の同意が得られることといった最終同意が必要で、その間に患者の様態が変わることもあるからです。骨髄バンクを通しての移植実施例は登録患者数の半数に達していません。

 また、ドナー登録が可能なのは、18歳以上55歳未満の健康な人(提供が可能なのは20歳以上)に限られます。

 そうしたハードルを考えると、私は少なくとも100万人のドナー登録を目標にする必要があると思っています。

 人口に対する日本のドナー登録者数は欧米に比べて、まだまだ低いようなのです。

 企業による資金の寄付や税金の優遇措置といった取組も欧米に及ばないのは、とても残念なことだと感じています。


『IMAGINE9.11』による啓蒙

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 20代のときに友人を白血病で亡くしたのは衝撃でした。降って湧いたような突然の病に倒れ、生きたいと思っているのに、生きられない人がいる、という現実でした。

 ちょうどそのころに、高校時代の恩師から絵本の朗読を頼まれ、会場へ出向いてみると、白血病と骨髄移植をテーマにした本でした。

 会場には骨髄バンクを推進するボランティアの方々もいました。私利私欲なく、助かる命があるのなら…と、純粋な思いで活動している人々に出会い、「すごい!」と感動しました。

 ボランティア活動を続けている中で、2002年に、お母さんたちが中心となっている「ボランティアを繋ぐ会」の代表になりました。

 自分にできることを模索しているときに、骨髄バンクのスタッフの方々との会話の中から、あのアメリカ同時多発テロの9月11日から12日にかけてアメリカから日本へ3人分の骨髄液の輸送が予定されていたことを知りました。


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 そのとき、日本で待つ3人の患者はすでに前処置を終えて、自身では造血できない状態で無菌室の中で骨髄液の到着を待っていたこと。テロにより、あらゆる飛行機が全面飛行禁止となり、空港も閉鎖されたこと。非常時のさまざまな困難の中で、日米の骨髄バンク関係者が必死で空輸の方法を探り、チャーター機を用意したこと。チャーター便の費用15万ドル(1600万円相当)の捻出をめぐっても、異例の決断に至るまで、奮闘した人たちがいたことを聞かされました。

 その事実を基にさまざまな人間模様をフィクションで肉付けしたのが、『IMAGINE9.11』です。舞台が、骨髄バンクに興味のない人々にも、まず「知る」きっかけになってくれればよいと思っています。2005年から毎年、公演を重ね、今年は思いがけず、主役級で舞台に出る結果となりました。

 今年の舞台には、小児白血病を克服し、順風満帆な大学生活を過ごしていた20年後に、白血病が再発し、いったんは化学療法でよくなるものの、再々発した時には、骨髄バンクにドナーが見つからないという理由で、余命1カ月を宣告されながらも、家族が必死の思いで探し出した神戸の病院で、弟と妹から提供された造血幹細胞で、3座不一致という異例の骨髄移植を二度にわたり受け、奇跡的に生還した女性・戸田仁奈さんも、日本人ボランティア役で登場してくれました。

 舞台経験のない素人さんですが、奇跡の命の持ち主です。最初は台本も棒読みでしたが、本番が近づいてくると、ベテランの役者たちも舌を巻くほどの説得力で、たいへん驚かされました。

 余談ですが、例年、私は舞台制作の裏方全般を担っています。お稽古場を探したり、キャストのスケジュールを調整しながら稽古スケジュールを組んだり、お弁当を頼んだり等々。とにかく常に時間に追われる状況なのですが、今回は全キャストの中で一番多い台詞を振られました。台本を開く時間がないんですよ。でも、人間追いつめられるとなんとかなるものなんですね(笑)。

 生きる、生きているということは奇跡的なことだと感じています。宇宙の長い歴史の中では、3カ月の命も100年以上の命も一瞬の輝きにしか過ぎません。命を輝かせることは誰にでもできることです。どれだけ輝かせるか、それが生きることの醍醐味だと思っています。


骨髄バンクの現状

 骨髄移植や末梢血幹細胞移植は、白血病や再生不良性貧血などの病気によって、正常な造血が行われなくなってしまった患者さんの造血幹細胞を、健康な方の造血幹細胞と入れ替える(実際はドナーから採取された造血幹細胞を点滴静注する)ことにより、造血機能を回復させる治療法です。 

 日本では「骨髄バンク事業」が平成4年(1992年)から開始され、これまでに多くの患者さんを救う実績をあげています。しかし、日本の骨髄バンクで骨髄移植や末梢血幹細胞移植を必要とする患者さんは、毎年少なくとも2000人ほどにのぼります。(日本骨髄バンクHPより)


3座不一致とは

 骨髄移植には、白血球の型(H‌L‌A)が一致しているドナーを探すことになる。一致の条件は基本的には2座不一致までとされているが、親族間であれば3座不一致でも移植できる可能性が開けつつある。


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【とねまりこ】

歌手、女優、エッセイスト、骨髄バンクボランティアネットワーク代表、NPO法人明るい未来を紡ぐ有意識者ネットワーク代表。OL、フリーナレーターを経て、1984年にテレビアニメ『キャッツ♥アイ』第2期のテーマソング「デリンジャー」で歌手デビュー。歌手活動の傍ら、演歌や子供向けの楽曲を手掛ける。2002年、骨髄バンクボランティアネットワーク代表、2010年、NPO法人明るい未来を紡ぐ有意識者ネットワーク代表に就任。

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