生き延びるためのメディアと信頼ネットワークの再構築

ジャパン・クォリティーの再考

また、今回の震災を通して感じたのは、日本のあらゆるサービスは品質が高過ぎると思われることが多々あることだ。例えば、計画停電は、東電が開発した世界最高の配電システムのおかげで実施できたのであり、欧米に比べ、極端に安定した電力の供給が可能なのは価格競争がないためだと知った。また最近輸出ビジネスの対象となっている上水道のシステムは、ワールドカップサッカーをテレビ放送している途中のCMの時間に合わせて(トイレの水量が少なくならないよう)水圧を上げているという。ある会社では、震災の影響から普段日本で印刷しているパンフレットを中国に依頼したところ、品質が大きく違うことに驚いたという。

しかしながら、これらの事実は品質が高いことを顧客に常に意識させているわけでもなく、ある意味オーバークォリティーかもしれないのだ。そこで、ライフラインを質素堅実なブランドとして再定義するというのはどうだろうか。

一例を挙げるならば、保存食なのにしっとりしているパンの缶詰を開発し、自らも被災しながら東日本大震災の被災地に10万缶の提供をしている「パン・アキモト」などが好例だろう。この会社が素晴らしいのは商品だけでなく、「備蓄食品のリユースシステム」だ(図表1-2)。まず、賞味期限3年のパンの缶詰を、企業や自治体、学校などに災害時用保存食として購入してもらい、地震や豪雨被害などの災厄に遭わなければ、2年後に新しい缶詰への入れ替えの案内をし、それに応じてくれた顧客に一定額のディスカウントを実施する。それまで備蓄されていた缶詰は回収し、海外の飢餓に苦しむ地域や、災害によって大きな被害が出ている被災地へと届けるシステムである。

さらに望むべくは、無印良品のような、ある種の慎ましやかさを持ったミニマルデザインとそのクォリティーを安価に提供するというのは、世界に受け入れられやすいのではないか。いっそ国際機関との共同事業にすれば良いかとも思う。さらに政府が言うエコシティは、ハイテクノロジーの集積のようなスマートシティが想起されるが、ブラジルの環境首都クリチバのように、単に技術ではなく、アイデアと情熱で実現する安価なエコシティ計画もぜひ参考にしてほしい。

さらに、付け加えたいのは、東日本大震災・復興構想会議にも参加している「東北学」を提唱した赤坂憲雄教授の「東北のアイデンティフィケーション」を、これを機に強く発信すべきである。都の雅びと対比的に、かつての蝦夷である東北の良さ、鄙(ひな)びを形にして、東北のグローバルブランドとして、東北が世界に復興支援を求めるどころか、日本的な質素堅実な価値観に基づいた新しい社会貢献をする(BOPビジネスや免災技術、緊急医療システム、都市機能復興ノウハウ、放射能除染技術等を輸出可能なパッケージにする)ことを復興の目標とすれば、心の支えやプライドを高く持てるのではないかと思われる。実際、韓国はIMF危機以降のノウハウを他国に供与するプログラム「経済発展経験共有事業」を実施している。

“知”の赤十字社設立の提案

SF作家として名高いH.G.ウェルズは、かつて「人類の歴史はますます教育と破滅(大惨事)との間の競争になってきている」と述べた。確かに教育(過去の知恵の共有とイノベーションの創出)が未来をより良くする最も重要な手段である。

そこで、今回、印刷業界を通じた国家再生事業として提案したいのは、まず20114月に試行された公文書管理法に基づいた重要文書のデジタル化事業を被災地の雇用促進のために東北エリアに集約することだ(松岡資明著『アーカイブズが社会を変える-公文書管理法と情報革命』(平凡社新書)をぜひご一読いただきたい)。

事業仕分けによりその進捗が遅れている国立国会図書館の長尾館長私案の電子書籍配信構想を後押するのはどうか。また、単に文書のスキャニングだけでなく、太平洋戦争前の公文書でも崩し字で書かれた日本語の現代語への変換作業を、高齢者やリタイアした有識者にも協力を求めるなどして一気にデジタル化を進め、電子図書館の事業化や東北エリアでの電子教科書の普及を推進するのはどうかと考えた。

日本で初めての公共図書館は、江戸時代に設立された青柳文庫(仙台市青葉区一番町)だということは案外知られていないかもしれない。また、海外では図書館は危機対策の役割を担っている。ニューヨークの図書館が9.11の直後、関連情報をWebサイトへアップロードし、市民の疑問や不安に応えるための機能を果たしたと聞いている。

今回、震災関連情報のポータルを誰がいつ作るのかが事前には決まっていなかった。また、その情報の正確性や中立性を誰がチェックし、領域横断的に情報をつなげる専門性、編集スキルが十分に果たせなかった。日本から発信する情報の多言語化や原子力発電所事故関連の論文の和訳についても、いまだ様々な障壁があり、重要な情報を市民が得られているとは言い難い。

実際、多くの人が政府の「すぐには健康に影響がない(残念ながらこの表現はとても科学的なのである)」という公式声明に従う以外の、次善の策を知りたいと考え、放射能汚染に関する情報収集に途方もない時間を費やしたと思われる。もし、図書館がエビデンスベースの情報集約システムを持っており、どのような方法やコストで身の安全を確保できるかを記す術があったなら、風評を防ぎ、情報共有コストを下げ、パニックもなく、深刻な被災地への援助に集中することができたに違いない。

そして、その状況は3.11から改善されておらず、首都圏直下型大地震、東海大地震、原子力発電所へのテロ攻撃など、あらゆる大惨事に対して、知の共有が求められているのだ。印刷業界は、第1に、これまでの「正確な情報を多くの人に伝達する」という社会的ミッションを高度化させて、個別適合性の高いメディアビジネスの展開を考えるべきである。

2に、超高品質高付加価値、生産性効率の向上というこれまでのジャパン・クォリティーとは別に、グローバルなニーズを満たす中庸な品質(洗練されたBOPビジネスや自衛隊や在日米軍の余剰装備の活用、企業間を超えた効率の良いロジスティックス)について研究すべきである。

3は、知のアーカイブスを活用した大惨事への即時対応能力を向上させること。政府だけでなく、個が複雑な世界を前向きに受け止められるリテラシーと高度な信頼ネットワークの構築をし、日本だけでなく、宇宙船地球号のコンティジェンシーマニュアル(想定外危機対応マニュアル)、すなわち知の赤十字を世界に提供する事業を開始すべきでないだろうか。これは新しいクロスメディアであり、これからも常に起こり得る災害と社会不安に対する大きなニーズとなるに違いない。

後書きに代えて

最後に、「震災とメディア」というテーマで今回寄稿したきっかけを説明したい。615日開催の「JAGAT大会2011」クロスメディア分科会において、「情報爆発化時代のクロスメディア戦略」をテーマにモデレーターを務めた。その際、クロスメディアの望ましい未来形とは、複雑化する世界と情報大爆発にメディア関連企業がどのように向き合い、個人にどのように伝えるかという課題を解消することと同義であり、特に「複雑な状況をその人に合わせて伝える技術(個別適合型テクノロジー)」が重要であり、さらに「課題解決型(ミッション遂行型)イノベーション」が組み合わさることで、様々なメディアサービスの商機やマーケティング機会があると説いた。そして、それはまさに現在進行形の東日本大震災復興に関わるメディア関係者が、何のプロフェッショナルとして、視聴者や消費者、顧客企業やクライアント、さらには諸外国とどのような信頼関係を構築できるかという課題そのものであると発言したのだった。

講演後、JAGAT関係者からは、発言の内容は非常に示唆に富んでいるが、より具体的なソリューションを例示することが可能なら、ぜひ、震災をテーマにした印刷白書の巻頭特集に寄稿願いたいとの依頼があった。ソーシャルメディアが震災を通じてどのように生活と結び付きを深め、既存メディアとどのような共生を可能とするかなどを、震災事情を踏まえて提言すれば良いと考え引き受けた。

しかし、実際、石巻の被災印刷会社を取材したり、仙台と東京を週に一回程度往復したり、被災者でもある有識者との交流を通じて得た複雑な心情の伴う経験を経て、イメージしたソリューションは、古くは過去1200年前の東北文化のルーツにまで遡り、またこの先100年は必要とする壮大なプランへと拡がりつつある。

それほどまでに、このテーマは根が深く、また今回の大災害は、このエリアに限った問題ではないことは明らかなのだった。ただし、今の私の社会的立場で、身の丈に合わない提言になっていることはお許しいただきたい。しかしながら、公に情報発信することで、長く本テーマと向き合うことを約束し、ご批判にも耐えながら試行錯誤を続け、いつか社会に貢献できたと思える日がくることを願いたい。それまで諸先輩方の厳しいご指導、若い方の情熱と恊働、各分野の専門家の皆さんからの助言もぜひ賜りたく思う。

國廣
作家:國廣
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