生き延びるためのメディアと信頼ネットワークの再構築

新聞は何を報じたか、何を報じるべきか

被災した新聞社がそれでも新聞発行を続けたことは、石巻日日新聞の手書きの壁新聞で世界的にも有名になった。大規模な停電の影響で312日付朝刊の発行に甚大な被害が出たが、被災した新聞社は災害援助協定を結んでいる近隣県などの新聞社に組み版や印刷を委託したり、予備電源を使ったり、ページ数を圧縮するなどの特別発行態勢で新聞発行を継続した。

ある知り合いが新聞に関する面白い所見を披露してくれたことがある。「多くの人が毎朝新聞を読むのは、どの事件も自分とは直接関係がなかったことを確認し、安心してその日を始めるための行為だ」と。確かにそう考えると、今読む新聞や雑誌は読むに耐えられない記事が多い。なぜなら自分や家族の死活問題に関わる政治的動向に対して怒りを感じざるを得ない内容が多い上、その記事を掲載しているメディアにさえ不信感を抱いており、読んだからと言って安心が得られるどころか不安が増すばかりだ。そうかと言って、無理に安全を強調したコンテンツを提供しようとしようものなら、読者との不信の連鎖に陥り、御用新聞やら御用記者呼ばわりされてしまう始末だ。

被災地の印刷会社や関係者を取材した中で、自らも被災した笹氣印刷出版の笹氣義幸取締役が「自分たちの仕事は『事実を正確に広く伝えること』が本質なので、そのための手段や媒体が変化することに疑問は持たない」と語っていたことに、ある種の安心と希望を感じた。この言葉にはもともと日本人が持つ公共性への前向きな姿勢が感じられる。特に被災地の当初の不安は、自らに関わる事実を正確に知ることができないことにあり、3.11から数カ月以上経った今、被災地の書店で一番で売れているものは、何と東日本大震災の特集雑誌なのである。つまり、ようやく自らの体験を冷静に認識し、俯瞰することができる状況になったということなのである。

安心と安全を安価に提供する方法(バイタルレコード管理)

では具体論に入ろう。我々はいまだ福島第一原発に関する情報を正確に得られていないと感じざるを得ない。また被災地の細かな復興状況の進捗やニーズについても同様に不明である。それは状況が複雑であると同時にそれらを俯瞰する術を得ていないからである。

公共交通機関やインフラの復旧状況はおおよそ見えてきたかもしれない。例えば、公共機関や大学の物理的損壊は数字で発表されている。それはパソコンやサーバー、高額な実験機器や建物が壊れた金額であって、例えば貴重な医療用のサンプルやハードディスクの中にあったデータの価値は含まれていないだろう。そもそも印刷会社には、大量のパソコンやサーバーがありながら、水没したハードディスクを救済する技術的方法があることを知っている人が何人いただろうか。ハードディスクも早期に適切な処置をすればデータの回復は可能なのである(図表1-1)。

全国ブランドのメーカーは、機を見て多重性の確保やクラウド化をこぞって提案しているが、そもそもこれまで売ったハードウェアの中に含まれるデータの喪失にメーカーが復旧支援をしている様子が見えない中、新しい方策を提案されても、どこまで何をすれば安全かを保証しないメーカーに信頼を寄せられるだろうか。それは原子力発電所の産業構造と同じである。ここで言いたいのは、売った機器の性能しか保証しないメーカーは、企業活動の生命線を維持するための信頼ネットワークの中にないということである。

これからのメーカーは、自分のブランドを冠したステークホルダーの信頼ネットワークに対する責任の範囲を、積極的に明言することで多大なブランディング効果が得られる。つまり、企業の生命線となるバイタル・レコード(組織の存続に必要不可欠な財務上、法律上、事業運営上の記録や文書)の復旧や、互換機を持つ別の印刷会社への仲介、中古機器の所在の把握などが、メンテナンスも含めて、メーカーの責任範囲となる。これらの社会的責任を無償で果たすのではなく、継続的ビジネスとして行えば良い。

例えば、これを既にあるビジネスに置き換えて説明してみよう。日本警備保障(現セコム)は1962年に、日本で初めての警備会社として誕生した。この時点では海外にあって、日本にはないサービスを導入しただけで何の独自性もなく、それどころか、安全にお金を払う習慣がなかった日本では非常に営業が難しかった。しかしながら、そのニーズは国際展示場や百貨店に始まり、東京オリンピックの警備を受注したことで躍進のきっかけを得る。高度成長により人件費が高騰し、警備サービスそのものが富裕層にしか享受できないサービスになってしまったことから、1964年に遠方通報監視装置の開発を開始した。このアイデアの本質は人間が24時間張り付いて警備するサービスの一部を機械式にすることで、「サービスの質を部分的に落として(機械によって代替させて)、多くの人が利用できる価格にすること」で、安全にお金を払う習慣を広めたことにある。

元々完全に保証することは不可能な安全や安心ではあるが、ビジネスや生活の緩やかな安全保障ネットワークに加入することで、不安の一部を和らげるというのは重要な効果でもある。そもそも世の中において、完全な安全とは保障し得ないことも前提として考えるべきである。

ジャパン・クォリティーの再考

また、今回の震災を通して感じたのは、日本のあらゆるサービスは品質が高過ぎると思われることが多々あることだ。例えば、計画停電は、東電が開発した世界最高の配電システムのおかげで実施できたのであり、欧米に比べ、極端に安定した電力の供給が可能なのは価格競争がないためだと知った。また最近輸出ビジネスの対象となっている上水道のシステムは、ワールドカップサッカーをテレビ放送している途中のCMの時間に合わせて(トイレの水量が少なくならないよう)水圧を上げているという。ある会社では、震災の影響から普段日本で印刷しているパンフレットを中国に依頼したところ、品質が大きく違うことに驚いたという。

しかしながら、これらの事実は品質が高いことを顧客に常に意識させているわけでもなく、ある意味オーバークォリティーかもしれないのだ。そこで、ライフラインを質素堅実なブランドとして再定義するというのはどうだろうか。

一例を挙げるならば、保存食なのにしっとりしているパンの缶詰を開発し、自らも被災しながら東日本大震災の被災地に10万缶の提供をしている「パン・アキモト」などが好例だろう。この会社が素晴らしいのは商品だけでなく、「備蓄食品のリユースシステム」だ(図表1-2)。まず、賞味期限3年のパンの缶詰を、企業や自治体、学校などに災害時用保存食として購入してもらい、地震や豪雨被害などの災厄に遭わなければ、2年後に新しい缶詰への入れ替えの案内をし、それに応じてくれた顧客に一定額のディスカウントを実施する。それまで備蓄されていた缶詰は回収し、海外の飢餓に苦しむ地域や、災害によって大きな被害が出ている被災地へと届けるシステムである。

さらに望むべくは、無印良品のような、ある種の慎ましやかさを持ったミニマルデザインとそのクォリティーを安価に提供するというのは、世界に受け入れられやすいのではないか。いっそ国際機関との共同事業にすれば良いかとも思う。さらに政府が言うエコシティは、ハイテクノロジーの集積のようなスマートシティが想起されるが、ブラジルの環境首都クリチバのように、単に技術ではなく、アイデアと情熱で実現する安価なエコシティ計画もぜひ参考にしてほしい。

さらに、付け加えたいのは、東日本大震災・復興構想会議にも参加している「東北学」を提唱した赤坂憲雄教授の「東北のアイデンティフィケーション」を、これを機に強く発信すべきである。都の雅びと対比的に、かつての蝦夷である東北の良さ、鄙(ひな)びを形にして、東北のグローバルブランドとして、東北が世界に復興支援を求めるどころか、日本的な質素堅実な価値観に基づいた新しい社会貢献をする(BOPビジネスや免災技術、緊急医療システム、都市機能復興ノウハウ、放射能除染技術等を輸出可能なパッケージにする)ことを復興の目標とすれば、心の支えやプライドを高く持てるのではないかと思われる。実際、韓国はIMF危機以降のノウハウを他国に供与するプログラム「経済発展経験共有事業」を実施している。

“知”の赤十字社設立の提案

SF作家として名高いH.G.ウェルズは、かつて「人類の歴史はますます教育と破滅(大惨事)との間の競争になってきている」と述べた。確かに教育(過去の知恵の共有とイノベーションの創出)が未来をより良くする最も重要な手段である。

そこで、今回、印刷業界を通じた国家再生事業として提案したいのは、まず20114月に試行された公文書管理法に基づいた重要文書のデジタル化事業を被災地の雇用促進のために東北エリアに集約することだ(松岡資明著『アーカイブズが社会を変える-公文書管理法と情報革命』(平凡社新書)をぜひご一読いただきたい)。

事業仕分けによりその進捗が遅れている国立国会図書館の長尾館長私案の電子書籍配信構想を後押するのはどうか。また、単に文書のスキャニングだけでなく、太平洋戦争前の公文書でも崩し字で書かれた日本語の現代語への変換作業を、高齢者やリタイアした有識者にも協力を求めるなどして一気にデジタル化を進め、電子図書館の事業化や東北エリアでの電子教科書の普及を推進するのはどうかと考えた。

日本で初めての公共図書館は、江戸時代に設立された青柳文庫(仙台市青葉区一番町)だということは案外知られていないかもしれない。また、海外では図書館は危機対策の役割を担っている。ニューヨークの図書館が9.11の直後、関連情報をWebサイトへアップロードし、市民の疑問や不安に応えるための機能を果たしたと聞いている。

今回、震災関連情報のポータルを誰がいつ作るのかが事前には決まっていなかった。また、その情報の正確性や中立性を誰がチェックし、領域横断的に情報をつなげる専門性、編集スキルが十分に果たせなかった。日本から発信する情報の多言語化や原子力発電所事故関連の論文の和訳についても、いまだ様々な障壁があり、重要な情報を市民が得られているとは言い難い。

実際、多くの人が政府の「すぐには健康に影響がない(残念ながらこの表現はとても科学的なのである)」という公式声明に従う以外の、次善の策を知りたいと考え、放射能汚染に関する情報収集に途方もない時間を費やしたと思われる。もし、図書館がエビデンスベースの情報集約システムを持っており、どのような方法やコストで身の安全を確保できるかを記す術があったなら、風評を防ぎ、情報共有コストを下げ、パニックもなく、深刻な被災地への援助に集中することができたに違いない。

そして、その状況は3.11から改善されておらず、首都圏直下型大地震、東海大地震、原子力発電所へのテロ攻撃など、あらゆる大惨事に対して、知の共有が求められているのだ。印刷業界は、第1に、これまでの「正確な情報を多くの人に伝達する」という社会的ミッションを高度化させて、個別適合性の高いメディアビジネスの展開を考えるべきである。

2に、超高品質高付加価値、生産性効率の向上というこれまでのジャパン・クォリティーとは別に、グローバルなニーズを満たす中庸な品質(洗練されたBOPビジネスや自衛隊や在日米軍の余剰装備の活用、企業間を超えた効率の良いロジスティックス)について研究すべきである。

3は、知のアーカイブスを活用した大惨事への即時対応能力を向上させること。政府だけでなく、個が複雑な世界を前向きに受け止められるリテラシーと高度な信頼ネットワークの構築をし、日本だけでなく、宇宙船地球号のコンティジェンシーマニュアル(想定外危機対応マニュアル)、すなわち知の赤十字を世界に提供する事業を開始すべきでないだろうか。これは新しいクロスメディアであり、これからも常に起こり得る災害と社会不安に対する大きなニーズとなるに違いない。

國廣
作家:國廣
生き延びるためのメディアと信頼ネットワークの再構築
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