生き延びるためのメディアと信頼ネットワークの再構築

コミュニティーのあり方が問われる時代

さらには、被災地が広域な上に、人口密集地以外の被災状況、自ら情報発信ができない生活圏の詳細が把握できないために、救援にばらつきが生まれ、二次的な被害が生まれる場所も多かったようだ。マスメディアに取り上げられやすい場所には救援物資も、ボランティアも集まるが、自前のメディアや中央にパイプを持たない小さな自治体や市民は、情報的にも物質的にもライフラインが途絶した。買い占めに走る東京のニュース映像を被災地で目にしながら、自分たちの窮状が伝えられないことに、より強い飢餓感やストレスを感じたに違いない。

また、元々地域への愛着から、より利便性の高い都市部へ移り住むことを拒否していたこともあり、地元の復興を諦めて、どこかにすぐ疎開するというわけにもいかない。これは、都市部の人間や、故郷を離れて都会へ望んで引っ越した人間には想像がつかない心情だろう。特に東北の人にはそういった土地への愛着や執着が強いことが、今後、中央が策定する合理的な復興計画(これを機に先進的なスマートシティやエコタウンを構想している人たちの考え)と相反することになると懸念される。これは、非中央(周縁)の生き方を国家がどう尊重するかの試金石であり、<東北というアイデンティティー>を認識させる闘いになるだろう。

最も深刻だと感じた問題は、悲しいかな、こういった混乱に対し、強い意思決定のできる<リーダーシップ不在による複雑さの増幅>である。これは日本政府だけの問題ではない。自治体や組合など、本来相互扶助する関係であった無数のコミュニティーが時代とともに希薄化することで、小さなコミュニティーのトップが情報をまとめて、上位のコミュニティーに情報を伝達するルートが形骸化してしまったのだと推測される。

例えば、孤立化しないように、他府県から自治体ごとの疎開を受け入れるとの提案を受け、被災地の自治体もそう勧告したものの、隣近所の付き合いのない新興住宅地でいきなりグループをつくって疎開するというのは無理な提案だったことに気が付いたのは、提案者も当事者もそれを実施しようとしてからのことだった。人と人との結びつきが変わり、ある意味制約や強制力のない自由な付き合いになったことで、緊急時に統制力が働かなくなったのは自明のこととはいえ、考えさせられる課題である。

また、自治体にとって大きなお祭りの動員への対応は、災害時のシミュレーションになる。「東北六魂祭」でも予想の4倍の集客から、一部イベントが実施できなかったようだが、当然4倍の確率で病人が出たり、トイレの数が足りなかったり、いろいろなトラブルが発生する。祭りがあることで地域の結び付きが確認されたり、いつもとは違う状況への想定訓練になったりと、昔ながらの慣習には多様な意味と価値があるものだと再認識した。

避難所となる大学やメディアそのものも被災した

震災後、初めて被災地を訪れたのは、5月に東北大学医学部で行われた科学技術コミュニケーションの研究会に参加するためで、それは10年前に開館した日本で最も先進的な図書館・メディアセンターとして名高い「せんだいメディアテーク」での講演以来のことであった。同大学の被災状況は、本江正茂准教授たちから説明を受けても、現場を見ずに理解するには困難なほど深刻であった。数字だけ言えば、まず建て替えが必要になった28棟と実験機器約7000台の損壊の被害総額だけで770億円。特に高台である青葉山にあった工学部や建築学部の高層校舎の揺れは凄まじく、コンクリートに打ちつけた本棚のワイヤーは1G近い横揺れのためちぎれ、スチール製の机もひしゃげ、研究室内には、左右に揺さぶられた鉄筋コンクリートの内部が吹き出すように散乱した。当然ながら、それらの校舎は立ち入り禁止となり、資料の持ち出しもできず、新入生を受け入れるどころか、学部生も他大学で授業を受けさせ、追って単位を与えるという非常措置を取らざるを得なくなった。何とか地震を耐えた新築の講堂やカフェテリアは、当面青葉山キャンパスの教師や学生1000名の居住空間となったのであった。

その後、長神風二准教授の先導で、津波に襲われた地域に車で近づくにつれ、テレビを通じて伝わっていた倒壊した工場やひしゃげた車、がれきの山が面前に広がり始めた。そして、運命の分かれ目であり、津波の防波堤の役割を果たした高速道路の土手を越えると、一般人立ち入り禁止区域に入った。かつての農地や住宅地が砂漠のような砂地となり、強い潮風によって黄色の砂塵が舞う荒涼とした風景が遠くに見える松林がある海岸線まで続いていた。そして、ところどころで作業をしている消防団員や警察らしき集団は遺体の捜索を続けているのであった。

医学部は市街地なので倒壊を免れたものの、長時間の電源喪失により非常用バッテリーも使えなくなり、ALS筋萎縮性側索硬化症)の患者の人工心肺を家族が手で24時間ポンプを押し続けたという。冷蔵管理が必須であった貴重なサンプルなども、もう少し非常用電源に近い場所にあればと悔やまれたことが多々あったという。また、自衛隊や緊急用のヘリコプターが到着してから、機種によっては医療機器のために必要な長時間の電源を備えていないことが分かるなど、想定外の電源喪失に脆弱な現代の医療現場の課題も垣間見られた。

今、生き延びるためのメディアが必要とされている

世界的に著名なフランスの経済・政治学者ジャック・アタリは、ルールなき市場経済が無秩序と格差をもたらしている現状に対して、「国家なき市場経済」が「世界のソマリア化」となることを危惧している。私的解釈では、界は第3次世界大戦ならぬ「第1次世界内戦」へと突入しており、局所分散型のテロ活動に加え、政治的・経済的無秩序がもたらす不幸のグローバル化を、ソマリアに例えたのだと思う。

残念ながら、その危惧はどんどん現実化し始めた。チュニジアのジャスミン革命を発端とし、エジプトでクーデターが起き、リビアへの軍事介入へと続いた。そして、今、EUのギリシャの債務問題の悪化、米国債のデフォルト危機、また中国におけるバブル経済の破綻の恐れなど、経済の国境なきリスクの現実感が増している。そうした中、東日本大震災は起こり、現在も進行中である。日本は国家債務危機だけでなく、世界が生き延びるためにどうしたら良いかを考える象徴的な場所になったのだった。

東日本大震災は日本を窮地に追い込んだものの、顕在化した課題は決して想定外ではなかった。つまり、近い将来予期された不幸が凝縮した形で押し寄せたのであって、それも始まりに過ぎないというのが厳しい現実である。しかしながら、あえてこの見たくない現実と対峙するにあたって、決して絶望する必要はないというのが、今回の提言の趣旨であり、印刷業界やメディア業界の決断と強い意志によって革新が生まれるチャンスなのだと信じている。

まず、あらゆるメディアは日本の経済規模と比例して成長をし、それが下降すると同時に収縮し始める。内需もまた人口やその構成比率から縮小せざるを得ず、一次産業だけでなく二次産業、三次産業においてもグローバル化の中でどのように業態を維持するかは、簡単には解けない難問として顕在化していた。その上、デフレが続く中で高付加価値サービスを提供するイノベイティブな土壌が今の日本にあるかと言われると、本来的に日本人にその資質が備わっていても、その資質が発揮され、形にする支援を今の教育システムや社会的環境がしているかというとそうでないと言わざるを得ない。つまり震災は東日本だけでなく、日本全体の再構築を迫っているのである。

新聞は何を報じたか、何を報じるべきか

被災した新聞社がそれでも新聞発行を続けたことは、石巻日日新聞の手書きの壁新聞で世界的にも有名になった。大規模な停電の影響で312日付朝刊の発行に甚大な被害が出たが、被災した新聞社は災害援助協定を結んでいる近隣県などの新聞社に組み版や印刷を委託したり、予備電源を使ったり、ページ数を圧縮するなどの特別発行態勢で新聞発行を継続した。

ある知り合いが新聞に関する面白い所見を披露してくれたことがある。「多くの人が毎朝新聞を読むのは、どの事件も自分とは直接関係がなかったことを確認し、安心してその日を始めるための行為だ」と。確かにそう考えると、今読む新聞や雑誌は読むに耐えられない記事が多い。なぜなら自分や家族の死活問題に関わる政治的動向に対して怒りを感じざるを得ない内容が多い上、その記事を掲載しているメディアにさえ不信感を抱いており、読んだからと言って安心が得られるどころか不安が増すばかりだ。そうかと言って、無理に安全を強調したコンテンツを提供しようとしようものなら、読者との不信の連鎖に陥り、御用新聞やら御用記者呼ばわりされてしまう始末だ。

被災地の印刷会社や関係者を取材した中で、自らも被災した笹氣印刷出版の笹氣義幸取締役が「自分たちの仕事は『事実を正確に広く伝えること』が本質なので、そのための手段や媒体が変化することに疑問は持たない」と語っていたことに、ある種の安心と希望を感じた。この言葉にはもともと日本人が持つ公共性への前向きな姿勢が感じられる。特に被災地の当初の不安は、自らに関わる事実を正確に知ることができないことにあり、3.11から数カ月以上経った今、被災地の書店で一番で売れているものは、何と東日本大震災の特集雑誌なのである。つまり、ようやく自らの体験を冷静に認識し、俯瞰することができる状況になったということなのである。

國廣
作家:國廣
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