タラコ唇

 鳥羽は、真人の度胸に感じ入った。「マヒト君、君もやるじゃないか。君は、そこいらの常識人だと思っていたが、いや、恐れ入ったよ。名探偵マヒトだな。早速、送ってくれ。君の心意気に応えなくっちゃな」名探偵といわれた真人は、嬉しさの興奮を抑えきれなかったが、一歩前進、一歩前進、と心でつぶやき、呼吸を整えて返事した。「ありがとう。もし、DNA鑑定で父子が証明されたなら、21世紀最大のスキャンダルだ。ワクワクするな~~」鳥羽は、真人の行動に不安を感じた。「マヒト君。DNA鑑定の協力は惜しまない。でも、前にも言ったように、父子関係は、プライバシーにかかわることだ。軽はずみな言動は、禁物だ。そのことを約束してほしい。まさか、マスコミに売るようなことはしないだろうな」

 

 マジになった顔つきの真人は、即座に返事した。「僕は、そんな、ゲスじゃないよ。心からタラコ先生を尊敬してるんだ。鑑定結果については、だれにもしゃべらない。僕の心にだけ、収めておく。二人が実の父子関係にあろうが、なかろうが、大した問題ではない。でも、わがままを言うようだけど、二人の関係を確かめたいんだ。よろしく、頼むよ」鳥羽は、おそらく、鑑定は無理だと思い、再度念を押した。「教授にお願いしてみるけど、おそらく、拒絶されると思う。期待に沿えなかったとしても、悪く思わないでくれ」真人は、快く返事した。「そう、気を使わないでくれ。無理を承知でお願いしているのは、僕なんだ。鳥羽君には、感謝するよ」

 

 鳥羽は、その返事を聞いて、少しほっとした。「とにかく、教授に頼んでみる。ところで、タラコ先生というのは、どんな方なんだい?面白いニックネームじゃないか」真人は、なんと返事していいか首をかしげた。「いや~~、何というか~、変人というか、後醍醐天皇の子孫というか、予備校のチョ~人気の日本史講師というか、人情味があるというか、とにかく、日本の歴史については、知らないことがない、というほどの日本史に精通した先生だ。学生からは、唇がタラコみたいだから、タラコ先生と呼ばれている」

 

 

 ワハハ~~、と笑い声を響かせ、鳥羽は、タラコ唇を思い浮かべた。「タラコとは、よく言ったものだ。そのタラコ先生とタケルの顔がよく似てるというんだな。そういえば、タケルも若干タラコのような唇をしているような?気掛かりなのは、タケルは、福岡市に引っ越したとしても、引っ越し先を波多江先生にも教えていないことだ。タケルは、波多江先生を慕っていたから、何らかの連絡ぐらいはするはずなんだ。なんとなく、不吉な予感がする」真人も同じことを考えていた。「そうだよな。波多江先生に引っ越し先を教えないなんて、ちょっと奇妙じゃないか。僕も、なんだか、胸騒ぎがするんだ。何らかの事件に巻き込まれていなければいいんだが」

 

 鳥羽の心に、ますます、不安が込み上げてきた。「確かに、タケルの引っ越しは、普通じゃない。僕も、できる限りの捜索をやってみる」鳥羽の心強い言葉を聞いて、少し肩の荷か下りた気分になった。「鳥羽君がそういってくれると、心強いよ。コロナ感染が収束すれば、タケルを探しに、糸島に行くよ。あ、いけない、1時間近く、話し込んじゃった。この辺できるよ。鳥羽君、ムリなお願いを聞いてくれて、本当に、ありがとう。また、会える日を楽しみにしてる。そいじゃ」電話を切った真人は、そっと胸をなでおろした。また、鳥羽と会話できたことで、少しストレス解消になった。明日、郵送する毛髪の準備をしようと袖の引き出しを引いたとき、太宰府天満宮の参道で偶然出会ったタラコ先生の分厚くひん曲がった唇が思い浮かんだ。

 

 昨年の10月、姫島に行った翌日、タケルの安全を祈願するために太宰府天満宮に参拝に行った。前回も入ったことのある茶店の前を通り過ぎようとした時、タラコ先生とばったり出くわした。タラコ先生は、当然のことだが、こちらに目を向けることなく通り過ぎようとした。その時、つい、「タケウチ先生」と声をかけてしまった。タラコ先生は、名前を呼ばれたことにハッとされ、私に顔を向けた。私は、特段親しくもないのに、笑顔で挨拶した。「こんにちは、先生。先生のおかげで、無事、志望学部に合格できました」タラコ先生は、一面識もない予備校生でも、合格できたと報告されるとこの上ない喜びを全身で表されていた。「お~~、そうか。よかった、よかった」そう返事されると、ポンと肩をたたかれ、即座に歩き始められた。

 

 

 その時、無意識に言葉を発していた。「僕、糸島の平家落人の里に行ってきました」その時、タラコ先生は、カミソリのような鋭い目つきで返事された。「ほ~~、糸島に。僕も、一度行ってみたいと思っていたんだ。糸島の話、聞きたいものだ。ちょっと、お茶でも飲んで、一服しようか」 タラコ先生は、足早に茶店に入られると梅ヶ枝餅を注文された。「運良く席が空いていた。日頃の行いがいいということだ。君の専攻は?」真人は、胸を張って返事した。「文学部です」タラコ先生は、小さくうなずき返事した。「文学部か。文学が、好きということだな。自分の好きな道を進むということは、いいことだ。歴史も好きか?」真人は、小さな声で返事した。「それが、歴史が苦手なんです。記憶力が悪いもので。でも、歴史には興味はあります。歴史小説も好きです」

 

 タラコ先生は、大きくうなずき返事した。「そうか。歴史は、実に面白い。学生は、受験のために歴史を必死になって憶えているが、大切なことは、歴史から学ぶことだ。歴史は、いろんなことを教えてくれる。大学では、自分なりに史実について考えてみるといい。意外な発見や、感動することがいっぱいあるぞ。また、歴史には、いろんな側面があって、教科書では語られていないことがたくさんある」真人は、タラコ先生の意外な一面を垣間見たような気になった。どこか、文学者に通じる考え方を持っているようだった。「憶えるのは苦手ですが、史実について考えるのは好きです。特に、権力闘争に敗れた人たちの末路について考えていると時間を忘れてしまいます」

 

 タラコ先生は、大きくうなずき返事した。「そうだな~~。歴史は、権力闘争の連続だ。勝者が、国を支配し、文化を創造する。我々が知る歴史は、勝者が作った歴史だ。言い換えれば、我々が知らない歴史が山ほどあるということだ。私は日本史の知識は豊富だが、それは、勝者が作り上げた歴史の知識でしかない。敗者の歴史もあるのだが、それを知ることはかなり厄介だ。だが、歴史とは、そういうものだ。歴史文献は、事実ばかりとは限らない。時の権力者によって、創作されたものも少なからずある。だから、自分の頭でしっかり考えることが大切だ。なんだか、説教じみてきたな」真人は目を丸くした。タラコ先生は、歴史を疑うことを勧めている。思っていた以上に偉大な先生のように思えてきた。「はい。史実について、もっともっと考え、それを糧に、将来は、小説を書きたいと思っています」

 タラコ先生は、目を輝かせて返事した。「頼もしいじゃないか。君の小説を読んでみたいものだ。頑張れ」真人は、小説を書きたい、と言って激励されたのは、生まれて初めてであった。父親からは、バカな夢はさっさと捨てろ、と中学生のころから言われていた。嬉しくなった真人は、姫島の波多江先生のことを話したくなってしまった。「先生、糸島市の姫島に行かれたこと、ございますか?小さな島ですが、波多江先生といわれる、チョ~~熱血先生がいらっしゃるんです。子供達にサッカーを教えておられます。是非、先生も波多江先生にお会いになられてはいかがですか?きっと、気に入られると思います」

 

 姫島と聞いたタラコ先生は、笑顔で目を輝かせた。「姫島だろ。知ってるさ。野村望東尼(のむらもとに)が幽閉されていた島だ。ほ~~、ハタエね~~。波多氏(はたうじ)か。糸島の離島に波多氏がいたとはな~~。平原遺跡(ひらばるいせき)に行ってみようと思っていたところだ。ついでに、ちょっと、船に揺られてみるか」タラコ先生は、時々、頭をかく癖がった。運良く、一本、頭髪がテーブルに落ちた。タラコ先生が、席を立たれると丁重に挨拶して見送った。そして、即座にテーブルに落ちていた頭髪をゲットした。タラコ先生との偶然の出会いで一歩前進したような気持になったが、いったい、なぜ、タラコ先生は、福岡までやってきたのか?ちょっと、気になった。

 

 机の引き出しに、タラコ先生とタケルの頭髪が入った封筒が大切に保管されている。便せんに二人の名前を書き、名前の下に頭髪をテープで張り付けている。これを明日投函しよう。あとは、DNA鑑定してくれることを祈るだけだ。タラコ先生は、今、何をやってるのだろうか?予備校講師はやめられたという噂だ。もしかして、ひきこもって、小説を書いていたりして。でも、意外だったな~~。あの時の先生は、講師というより、小説家だった。そう、先生は、神主だった。神主の仕事が忙しいに違いない。どこの神社に行けば会えるのか?まあ、いいや、神社巡りをやってれば、また、どこかで会えるに違いない。

 

春日信彦
作家:春日信彦
タラコ唇
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