タラコ唇

 タケルから連絡がないということは、予測していたことだったが、はっきりと知らされると気がめいってきた。今のところ、捜索の手掛かりが全くない。その上、コロナ自粛で聞き込みもできない。いったい、何から始めればいいのか?そういえば、タケルが住んでいた家は、今、どうなっているんだろう?誰かが住んでいるのか?それとも、空き家なのか?もしかすれば、何らかの手掛かりが、家のどこかにあるかもしれない。でも、すでに誰かが住んでいるとすれば、家探しはできない。とにかく空き家かどうかの確認だ。鳥羽君に確認してもらおう。悪いとは思ったが、頭髪の郵送の報告を兼ねて、早速電話することにした。

 

 一回のコールで反応した鳥羽は、パソコン横に置いていたスマホを左手に取った。真人は、頭を下げながら、声を発した。「鳥羽君、今いい?」鳥羽は、冷静な声で返事した。「あ~~、いいとも。今日、頭髪を郵送してくれたんだろ。5日後には、着くんじゃないか。やるだけのことは、やってみる」真人は、さらに頭をペコペコさせて話し始めた。「まことに、申し訳ない。ついでというのは、なんだけど、ちょっと、お願いがあるんだ」鳥羽は、いやな表情を作ったが、真人のお節介に感心しているところでもあった。「それで、どんな?」真人は、言いにくそうな口調で話し始めた。「お願いというのは、タケルが住んでいた家なんだけど、今、どうなっているか、知りたいんだ。鳥羽君、知ってる?」鳥羽は、即座に返事した。「いや、知らない」

 

 真人は、正座してお願いすることにした。「鳥羽君、誠に申し訳ないんだが、今、その家がどうなっているか、調べてくれないか?」お願いすると頭をフロアにつくまで深々と下げた。お願いの意味がよくわからなかった。「どういうことだ?意味が分からないんだけど」真人は、自分の考えを話すことにした。「いや~~。無駄かもしれないんだけど、もし、空き家だったら、家の中を調べようと思って。何か、手掛かりがあるかも?ヤッパ、ムダかな~~」鳥羽は、あきれた顔をしたが、真人の熱心さには恐れ入った。「ほ~~、空き家をね~。今度の日曜日に、姫島に行ってみるよ。でも、マヒト君は、マジ、探偵みたいだね~~」真人は、跳びあがってお礼を言った。「ありがとう。もし、空き家だったら、すぐに、姫島に行くよ。何か、手掛かりがあると思うんだ」

 

 鳥羽は、これ以上お願いされては、迷惑と電話を切ることにした。「とにかく、日曜日には、確認してみる。もう、お願いは、これだけだろうね」真人は、恐縮した顔つきで返事した。「もう、これっきりだ。本当にありがとう。勉強の邪魔をして、本当に、ごめん。もう切るよ。ありがとう」真人は、鳥羽には悪いことをしたようだったが、タケルのために、できる限りのことをしてやりたかった。仮に、空き家だとして、家探しができたとしても、何の手掛かりもないかもしれない。それでも、やらないよりはやったほうが気持ちの整理がつくように思えた。

 

 古びた空き家を思い浮かべた時、ふと、疑問が起きた。あの家の持ち主はだれだったのか?当初、亡くなった母親が空き家を買い取って住んでいたとする。であれば、家の所有者は、実の母親だ。その家に育ての親である妹とタケルが住んでいたとなれば、タケルを育てるという条件で、妹は、姉から無償で譲り受けた可能性がある。現在、家の所有者が、妹であれば、賃貸、もしくは売りに出されているかもしれない。それとも、そのままの状態で放置されているかも?もし、不動産会社に物件を依頼していたなら、不動産会社から、タケルの所在を知ることができるのではないか?でも、不動産会社を仲介していたとすれば、北朝の連中も同じくタケル一家の情報を不動産会社から入手できる。そう考えると、不動産会社の仲介はないと考えたほうがいい。とにかく、鳥羽君の連絡をまとう。

 

 

 

           おばあさん曰(いわ)く

 

 67日(日)鳥羽は、少し早いと思ったが、岐志(きし)魚港1150分発の渡船”ひめしま”に間に合うように11時に寮を出立することにした。幸運にも窓から空を見上げると快晴であった。福岡県では、コロナも収束に近づいてはいたが、念のためにマスクをすることにした。腕時計の11時の表示を確認すると、ライダージャケットに腕を通し、ヘルメットを右脇に抱え、駐輪場にかけていった。鳥羽は、素早く、アドレス110を引き出し、長い脚を振り上げ、シートにまたがった。そして、左手でリアブレーキレバーを引き、右手の親指でスタータスイッチをプッシュした。セルの心地よいブルルル~~という音が体に伝わってきた。その瞬間、甲高い声が、鳥羽を呼び止めた。「鳥羽ク~~ン。お出かけなの?どこ行くの?食事?食事だったら、付き合うけど」よりによってこんな時に小悪魔に絡まれるとは、ついてない、と思ったが、返事だけはすることにした。「ちょっと、用事があるんだ」

 

 小悪魔は、追い打ちをかけてきた。「用事って?そんなに、急ぎなの?美緒も手伝おうか?」そういい終えた時には、美緒の右手が鳥羽の肩にあった。鳥羽は、無駄話をしていては、渡船の出発時刻に間に合わなくなると思い、これからのことを話すことにした。「いや、用事って、姫島に行くんだ。ちょっと、急ぐんだ。悪いな」美緒は、即座に返事した。「姫島だったら、一緒に行きたい。いいでしょ~~。デートってわけじゃないんでしょ。一人でしょ。美緒、行きた~~い。行きたい、行きたい。お願い」美緒のお願いを断っていたら、出発時刻に間に合わなくなると思い、承諾してしまった。「別にいいけど」美緒は、笑顔で返事した。「そいじゃ、美緒のクロスビーに乗って」鳥羽は、原チャリを駐輪場に戻すと女子寮の駐車場に向かった。

 

 出発前に無駄話をしたが、岐志漁港には1130分過ぎについた。待合室に入ると、だれもいなかった。「僕たちだけか。思ったより早く到着した。美緒さんの車のおかげだ。助かったよ」美緒は、感謝されて有頂天になった。「そう、鳥羽君のお役にたてて、すっごくうれしい。これからも、遠出することがあったら、いつでも言って。美緒って、尽くすタイプだから」美緒は、人はいいんだが、なんとなく気味が悪い。悪く言うわけじゃないが、豊富な男経験からくる異様な馴れ馴れしさに虫ずが走る。時々、平然と男心をくすぐるようなことを口走る。用心。用心。

 

 

 鳥羽は、美緒の横顔を覗き見た。「今日は、予定があったんじゃないのか。悪いな~~。付き合わさせて」美緒は、目を丸くして、鳥羽を見つめた。「とんでもない。今、彼氏いないんだから。わかってるくせに。男友達は、鳥羽君だけよ。なんだか、こうやって鳥羽君の隣に座っていると・・・」美緒は、うふふと小さな笑い声をあげた。鳥羽は、腕時計に目をやり、出発時刻の5分前に立ち上がった。「さ、行こうか」美緒も立ち上がり、二人は渡船場に向かった。二人は、行きの乗船券を船長に渡すと美緒を窓際の席に、鳥羽は通路側に腰掛けた。渡船”ひめしま”は、小さな波にゆっくりと揺れていた。「美緒さん、姫島は初めて?」美緒は、窓から海を見つめながら返事した。「初めて。船も、子供のころ、呼子の遊覧船に乗って以来。船酔いしなければ、いいんだけど」

 

 乗船時間は、16分だから、酔わないとは思ったが、酔わない方法を教えた。「16分の辛抱だ。気持ち悪くなってきたら、舟の動きに合わせて、体を動かせばいい。そして、大きく深呼吸するんだ」美緒は、エンジンの振動が気になったが、なるべく外の景色を眺めて、何も考えないことにした。美緒は、ぼんやりとピカピカと輝く海を眺めていた。少し気分が落ち着くとおしゃべりをしたくなった。「そういえば、用事があるんだよね。どんな用事なの?」鳥羽は、ちょっと説明しづらかったが、沈黙するわけにもいかず、それかと言って、話せないとも言えなかった。この件は、話しても特に問題ないように思え、話すことにした。「用事というのは、マヒト君にお願いされたことなんだ」美緒は、即座に返事した。「あ~~、あのときの青白い顔のマヒト君ね」

 

 鳥羽は、話を続けた。「先日、マヒト君から電話があって、タケルが住んでいた家を見てきてほしいといわれたんだ。実は、タケルは、昨年、福岡市に引っ越して、その後、音沙汰がないんだ。ちょっと気になるから、その家が、今、どうなっているか、見てきてほしいと頼まれたんだ。それで、今から、見に行くってわけ」美緒は、”まむしの湯”のレストランでの話を思い出していた。「サッカー少年のタケル君ね。そう~、安徳天皇の生まれ変わりとか言ってたわよね。へ~~、福岡市に引っ越したの」鳥羽は、首をかしげて返事した。「そうなんだ。でも、その後、タケルとは、まったく、連絡がつかないんだ。それで、マヒト君は、心配になって・・」美緒も目じりを下げて安否を気遣うように小さな声で返事した。「そうなの。それは、心配ね。タケル君、本当に、天皇の子孫かもね。災いが、降りかからなけばいいけど」鳥羽も大きくうなずいた。「音信不通だろ、ちょっと、気にかかるんだ。無事でいてくれることを願うしかないんだけど」

 

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
タラコ唇
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