タラコ唇

 そう、悲観的にならずに、考えてみよう。まず、考えられるのは、①安徳天皇の生まれ変わり。そこから考えて、下関市の赤間神宮。②本物の草薙剣を持っているということから考えて、名古屋市の熱田神宮。③後醍醐天皇より有名な楠木正成(くすのきまさしげ)が祭られている神戸市の湊川神社(みなとがわじんじゃ)④後醍醐天皇の子孫ということから考えて、後醍醐天皇が流された島根県の隠岐島(おきのしま)にある神社。⑤安徳天皇のおじいちゃんは、平清盛(たいらのきよもり)。平清盛が守護神としていた広島県の廿日市市(はつかいちし)にある厳島神社(いつくしまじんじゃ)。⑥近衛は五摂家の一つ。五摂家は藤原氏。藤原氏の氏神である春日大明神を祭っている奈良市にある春日大社。

 

 いや~~~。まったく、厄介だ。考えるだけで疲れてきた。神社の近くに住んでいたとしても聞き込みは、大変だ。しかも、今は、コロナ自粛で聞き込みなどもってのほか。電話帳で調べることもできなくはないが、おそらく、タケル一家の電話番号は、掲載されていないはず。掲載するほど間抜けではない。やはり、デカのように聞き込みをする以外ない。学生が、そんな真似できるかよ、といいたいところだが、タケルのことは気にかかる。やはり、頼みの綱は、波多江先生からの情報だ。すぐにでも波多江先生に電話したいところだが、勤務時間はまずいと思い、午後8時以降に電話することにした。

 

 まずは、腹ごしらえだ。ゆで卵2個とラップしていたゆでた鶏のささみをフレッジから取り出した。今年から、ゆで卵と鶏のささみを食べることにした。なぜかというとあまりにも筋肉がないことにタケルに気づかされたからだ。昨年、タケルとサッカーをやった時、タケルの脚力には驚かされた。まったく、歯が立たなかった。そもそも、スポーツは嫌いだから、筋力がないのは承知していたが、やはり僕も男なのか、タケルに負けて恥ずかしくなった。そこで、週に3回は、走ることにした。そして、筋肉をつけるためにゆで卵と鶏のささみを食べることにした。それが、思っていた以上に効果がある。最近、ふくらはぎの筋肉が大きくなったような気がする。もし、タケルと再会したときは、タケルをびっくりさせるようなシュートを見せたいと意気込んでいる。まあ、スポーツ嫌いは相変わらずだが、タケルとの再会を楽しみに頑張るつもりだ。

 

 8時を少し回ったころ、波多江先生にコールした。先生は、即座に応答した。「はい。波多江です」真人は恐縮した小さな声で話し始めた。「カスガマヒトです。夜分、申し訳ありません。お久しぶりです。電話では、失礼と思いましたが、お尋ねしたいことがありまして、お電話いたしました。今、お時間よろしいでしょうか?」波多江先生は、突然の電話にちょっと驚いた様子だったが、タケルの件であることは即座に察知した。「タケルのことでしょ。それが、いまだ、連絡がないんです」予測はしていたが、連絡がないことを知って、言葉に詰まってしまった。「は~~、そうですか?やはり、ありませんか。心配ですよね~~」

 

 波多江先生もタケルのことが心配で、引っ越ししてからずっと気にかけていた。「タケルは、私の携帯番号を知っているんです。だから、連絡できるはずなんです。なのに、連絡がないということは、何らかの事情があるということです。気をもんでも、どうにもならないですし、じっと、連絡を待つ以外ありません」真人は大きくうなずいた。「先生は、今も、姫島分校でいらっしゃるんですか?」波多江先生は、気まずそうに返事した。「いや、4月から、糸島市内の中学校に赴任しました。でも、捜索は続けています。福岡市に引っ越していたなら、福岡市内の中学校に通っているはずなんです。知り合いの先生を通じて、聞き込みをやっています」思っていた以上に、波多江先生は、やさしい方だと感じ入った。「僕は、どうすればいいか、よくわからないんです。捜索しようにも、全く手掛かりがないし。しかも、横浜にいますから」

 

 波多江先生は、即座に返事した。「マヒトさん、タケルから連絡があれば、即座に、ご連絡いたします。心配いただき、ありがとうございます。タケル、元気で、サッカーをやっていればいいんですが。僕は、悪い方向には、考えたくないんです。きっと、ご両親の都合があるんだとい思います。元気な声を聞けると確信しています。待てば海路の日和(ひより)あり、です」真人も悪い方向に考えたくなかった。大きくうなずき、返事した。「はい、そうですよね。元気で、サッカーをやってますよね。先生の連絡を楽しみに待っています。コロナ感染が収束したならば、先生に、ご挨拶に伺います。お会いできるのを楽しみにしています」波多江先生も真人の人柄が気に入っていた。「きっと、連絡は、あります。今度、お会いできたら、糸島を案内します」真人は、お礼を言うと電話を切った。

 タケルから連絡がないということは、予測していたことだったが、はっきりと知らされると気がめいってきた。今のところ、捜索の手掛かりが全くない。その上、コロナ自粛で聞き込みもできない。いったい、何から始めればいいのか?そういえば、タケルが住んでいた家は、今、どうなっているんだろう?誰かが住んでいるのか?それとも、空き家なのか?もしかすれば、何らかの手掛かりが、家のどこかにあるかもしれない。でも、すでに誰かが住んでいるとすれば、家探しはできない。とにかく空き家かどうかの確認だ。鳥羽君に確認してもらおう。悪いとは思ったが、頭髪の郵送の報告を兼ねて、早速電話することにした。

 

 一回のコールで反応した鳥羽は、パソコン横に置いていたスマホを左手に取った。真人は、頭を下げながら、声を発した。「鳥羽君、今いい?」鳥羽は、冷静な声で返事した。「あ~~、いいとも。今日、頭髪を郵送してくれたんだろ。5日後には、着くんじゃないか。やるだけのことは、やってみる」真人は、さらに頭をペコペコさせて話し始めた。「まことに、申し訳ない。ついでというのは、なんだけど、ちょっと、お願いがあるんだ」鳥羽は、いやな表情を作ったが、真人のお節介に感心しているところでもあった。「それで、どんな?」真人は、言いにくそうな口調で話し始めた。「お願いというのは、タケルが住んでいた家なんだけど、今、どうなっているか、知りたいんだ。鳥羽君、知ってる?」鳥羽は、即座に返事した。「いや、知らない」

 

 真人は、正座してお願いすることにした。「鳥羽君、誠に申し訳ないんだが、今、その家がどうなっているか、調べてくれないか?」お願いすると頭をフロアにつくまで深々と下げた。お願いの意味がよくわからなかった。「どういうことだ?意味が分からないんだけど」真人は、自分の考えを話すことにした。「いや~~。無駄かもしれないんだけど、もし、空き家だったら、家の中を調べようと思って。何か、手掛かりがあるかも?ヤッパ、ムダかな~~」鳥羽は、あきれた顔をしたが、真人の熱心さには恐れ入った。「ほ~~、空き家をね~。今度の日曜日に、姫島に行ってみるよ。でも、マヒト君は、マジ、探偵みたいだね~~」真人は、跳びあがってお礼を言った。「ありがとう。もし、空き家だったら、すぐに、姫島に行くよ。何か、手掛かりがあると思うんだ」

 

 鳥羽は、これ以上お願いされては、迷惑と電話を切ることにした。「とにかく、日曜日には、確認してみる。もう、お願いは、これだけだろうね」真人は、恐縮した顔つきで返事した。「もう、これっきりだ。本当にありがとう。勉強の邪魔をして、本当に、ごめん。もう切るよ。ありがとう」真人は、鳥羽には悪いことをしたようだったが、タケルのために、できる限りのことをしてやりたかった。仮に、空き家だとして、家探しができたとしても、何の手掛かりもないかもしれない。それでも、やらないよりはやったほうが気持ちの整理がつくように思えた。

 

 古びた空き家を思い浮かべた時、ふと、疑問が起きた。あの家の持ち主はだれだったのか?当初、亡くなった母親が空き家を買い取って住んでいたとする。であれば、家の所有者は、実の母親だ。その家に育ての親である妹とタケルが住んでいたとなれば、タケルを育てるという条件で、妹は、姉から無償で譲り受けた可能性がある。現在、家の所有者が、妹であれば、賃貸、もしくは売りに出されているかもしれない。それとも、そのままの状態で放置されているかも?もし、不動産会社に物件を依頼していたなら、不動産会社から、タケルの所在を知ることができるのではないか?でも、不動産会社を仲介していたとすれば、北朝の連中も同じくタケル一家の情報を不動産会社から入手できる。そう考えると、不動産会社の仲介はないと考えたほうがいい。とにかく、鳥羽君の連絡をまとう。

 

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
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