ラスボスの思想(1)

 人間は、地球上に存在する生物ですが、その生物を人間として認識しているのは、記号なのです。言い換えれば、人は、記号を失えば、時間も、空間も、物質も、失ってしまうのです。

 

 人間は、記号を作り出し、記号からなる社会を構築し、記号による人間関係を作り出しました。お金も、常識も、感情も、すべて、記号の産物と言っていいのです。すでに述べたように、小説も、記号の集合体でしかありません。

 

 ここで、時間に生きることについて、最近人気のウルトラマラソンを例にとって、考えてみましょう。マラソンといえば、42.195キロ走る長距離レースですが、さらに長い100キロも走る過酷なウルトラマラソンがあります。

 ウルトラマラソンには、14時間以内に走りなさいという残酷な時間制限があります。さらに、区間ごとの時間制限まであります。最悪の場合、第一関門で脱落することもあるのです。不思議なことに、全国には、このような地獄のようなレースに参加者する人たちがかなりいます。

 

 レースには脚力に自信がある人たちがエントリーしていますので、100キロを完走できる人たちが結構います。でも、10000人を無作為に抽出して、走らせれば、完走できない人のほうが多いに違いありません。

 

 今から考えることは、地獄レースを好む人たちの特異性についてではなく、生還可能時間として、14時間が与えられた架空の地獄の世界を考えてみます。

 

 

 そこで、エンマ大王によって、14時間内完走という地獄からの脱出条件を与えられた人々について考えてみます。

 

 この地獄の世界では、14時間の猶予時間が与えられるから、各自は、その時間をどのように使ってもいいのです。

 

 例えば、足が痛くなれば、30分間休憩するとします。休憩を度々繰り返すと、区間の時間制限があるために、第一関門で地獄につき戻されることになります。

 多くの人は、地獄から脱出しようとひたすら各区間を制限時間以内で走ります。でも、膝が痛くなったり、おなかが痛くなって、走りたくとも、走れなくなる場合も出てきます。たとえこのような事情があっても、制限時間以内に走らなければ、地獄につき戻されます。

 

 いくつかの関門をクリアした人たちでも、14時間以内にゴールできなければ、地獄につき戻されます。無事、14時間以内にゴールできた人たちだけが、地上に帰ることができます。

 

 幸運にも残虐な地獄から生還できたならば、誰しも、二度と地獄の世界には行きたくないと思われますが、不思議なことに、全国には、このような地獄の世界に、自ら再度飛び込み、生還を繰り返す変態的な人たちがいます。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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