ラスボスの思想(1)

 読者は、架空の世界を体験し、一方、作者は架空の世界を創造します。架空の世界ですから、そこで悩んだとしても、別に、現実の世界で困るわけではありません。

 

 でも、この架空の世界は、人間について悩むことを誘導します。言い換えれば、”自分について、もっと、もっと、悩みなさい”と訴えてくるのです。この点は、最も、小説の特徴的なことではないでしょうか?

 

 人間については、医学、生物学、物理学、心理学、経済学、など自然科学、人文科学を通して考察されていますが、やはり、人の心については、科学と対峙する小説が、もっとも、突き詰めて考察しているのではないでしょうか?

 今後、ますます科学が発展し、人間の知能を凌駕するAIが、社会を構築し、人間を操作するようになれば、人は、自分のことについて、悩まなくてもいいようになるのでしょうか?

 

 近い将来、おそらく、AIは、いかなる問題にも回答を出せるようになるでしょう。かなり具体的で難解な心の問題についても、きっと、模範解答を出すことでしょう。

 

 そうなれば、人は、自分の心について、悩まなくてもいいことになります。仮に、そうなってしまえば、心の問題をテーマとしてきた小説は、この世から自然消滅してしまうのでしょうか?

 

 極端な話になってしまいますが、自殺志願者が、自殺すべきか、それとも、思いとどまるべきか、AIに問いかけた時、AIは一体どんな回答をするのでしょうか?

 

 AIは、自殺の必然性を説き、自殺を推奨するのでしょうか?それとも、道徳的な判断から、自殺を否定するのでしょうか?人が、極度のAI依存症に陥ってしまえば、自分について深く悩むことなく、AIの指示に従うかもしれません。

 

 AIと人間の最も違う点は、AIは、一切、悩まないということです。人間は、生きている限り悩むのです。悩むから、苦しみ、自殺もするのです。AIのように知能が高く、一切、悩まない人間がいたとして、彼を最も優秀な人間だと言えるでしょうか?

 いずれ、人がAIに依存し、生きていく時代はやってくるでしょう。でも、人がAIになるということはありません。つまり、人間の脳細胞は、永遠に悩みを作り出すのです。

 

 悩みが永遠に存在するならば、人は、悩み、苦しみ、自分について考察し続けるでしょう。また、小説も存在する可能性があります。

 

 人は、悩むことを喜びません。むしろ、この世からすべての悩みが、消え去ることを望みます。でも、悩まなくなるということは、もはや、人間ではなくなるということなのです。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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