大学を卒業した後、すぐに連れて来られたのは親父の会社だった。
「でっけぇな」
「若様はこちらへ来るのははじめてでしたか?」
「ああ、そうだな」
「社長、楽しみに若様を待っていますよ? 今日という日を、ずっと待っていたんですから」
「恥ずかしい親父だな」
「溺愛なさっていますからね。若様のこと」
そう言ってクスクス笑うのは、親父の第一秘書の女性。
名前を梢さんという。
見た目は三十代だが、オレが小学生の頃から外見が変わらないという、恐ろしい女性だ。
いわゆるグラマラスな体付きをしている。
胸はFカップはあるのだと、初対面で胸を張られて豪語された。
胸が大きいせいか、腰は細く見える。
そしてお尻も大きい。
体にピッタリしたスーツを着ているせいもあるだろうな。
しかも中に来ているブラウスもスカートも、ギリギリの短さだし…。
普通の22歳の男であれば、梢さんに釘付けになるだろう。
しかしオレは十年以上も見続けているので、すっかり慣れてしまった。
…男としては、ある意味悲しい。
梢さんはキレイな茶髪を頭の上でまとめていて、メガネをかけている。
よくある家庭教師のAV女優に見えなくも無い。
けれどやっぱり慣れは慣れ。
彼女には年上の女性としての憧れはあっても、恋愛感情は一切持っていなかった。
高校生時代、同級生(男)がオレと梢さんが一緒にいるところを見て、興奮して声をかけてきたことを覚えている。
普通に紹介し、梢さんが去った後、その同級生に詰め寄られた。
「お前っ、あんな美女と知り合いだなんて、バチが当たるぞ!」
「…親父の秘書だっつーの。それに何ともお互いに思っていないのなら、バチも何も無いだろう?」
そう言うと、同級生はおかしなモノでも見るような目でオレを見た。
「お前…男じゃねーな」
とりあえず一発ぶん殴ったのは、間違いではないと今でも言える。
淡い恋心を抱いたことがないとは言えないが、憧れの方が強い。
いっつもオレの面倒を見てもらっているせいだろう。
会社に来るまでも、車に乗せられてきた。
そう、あれは十分ほど前―。
オレは梢さんが運転する車の後部座席に深く腰をかけながら、深く息を吐いた。
これから向かうは親父の会社。
大学を卒業したのはつい先日の話。
オレはいよいよ親父の会社に就職する…のに、私服。
スーツなんか着てくるなと、昨夜親父に笑い飛ばされたからだ。
会社に行くのは今日が初めてでも、社員には何度か顔を合わせている。
でもだからと言って、私服はないような気がするけどなぁと思う。
「若様、緊張なさっています?」
バックミラー越しに、梢さんの視線を感じた。
「いや、それより何の仕事をさせられるのか、心配の方が強い」
「今日は会社の説明だけですよ。仕事の方は後日となります」
「説明長い?」
「最初に若様に理解なさって欲しいことは、そんなに長くはないかと…。ただ」
そこで梢さんが苦笑した。
赤い口紅が、いたずらっぽく光っている。
「理解するのに時間がかかるかもしれませんね」
ぞわっ!
「はっ?」
何故かそこで全身に悪寒が走った。
「まあ後は社長からお聞きください」
「あっああ…」
この時、オレは体が警告していたことに気付かなかった。