対馬の闇Ⅳ

 大野巡査の気持ちを和らげるためにホークスの話をすることにした。「大野君は、大のホークスファンだったね。日本シリーズ、行けそうかな~。今のところ、西武に分がいいようだけど」背筋を伸ばし目を輝かせた大野は、力強く返事した。「大丈夫。必ず、日本一になります。千賀がいるじゃないですか。頼りになるな~。沢富さんも、ホークスファンですよね」沢富は、かつては巨人ファンであったが、福岡に移ってきてからは、ホークスファンになっていた。「もちろんさ、ホークス日本一を願ってるさ。セリーグは、おそらく、巨人だろうから、日本シリーズは、ホークスと巨人の対戦だと思うよ」大きくうなずいた大野は、腕組みをして返事した。「確かに。僕もそう思います。今回の巨人は、手ごわいな~。主砲の丸、坂本、がいますからね~。でも、きっと、勝ってくれます。打線の調子も上り調子だし、千賀と森でがっちり抑えてくれると思います。楽しみだな~」

 

 楽しそうに話している二人に瑞恵も話しに割り込んできた。「そうよね、ホークスが日本一よね。私、工藤監督のファンなんです」目を丸くした大野が、瑞恵に返事した。「え、ホークスファンですか。うれしいな~。今日は、3人でホークス激励会をやりましょう。今日は、沢富さんのおごりだし、バンバン飲むぞ」大野をチラッと覗き見た瑞恵は、大野はかなりお調子者だと思えた。お酒が入れば、間違いなく口が軽くなると思い、ドンドンお酒を勧めることにした。「ホークス激励会。いいわね。野球って、男らしくて、いいわよね。工藤監督って、イケメンで、かわいいじゃない。好みなのよね、キュッとしちゃう。大野さんも野球をなされていたんですか?ちょっと、ピッチャーの高橋選手に似てるような。沢富さん、似てるよね」

 

 さすがホステス、口が上手いと思った。小さくうなずいた沢富は、笑顔で返事した。「そういえば、似てるよな~。大野君は、イケメンだし、もてるだろうな~。高校、大学と野球をやっていたんだろ。ファンレター、山ほどもらっていたんじゃないか?」苦笑いしながら大野は、返事した。「いや、まあ、子供のころから、プロにあこがれていたんです。ホークスに入るのが夢だったんですが、結果的には、夢で終わりました。でも、やるだけはやりましたから、悔いはありません」大野は、グイっとグラスを空けた。瑞恵は、話が盛り上がってきたと思い、高校時代の話をすることにした。「大野さんは、どちらの高校でしたか?私の知ってる方に、なんとなく似てるんです」大野は、瑞恵に顔を向けて返事した。「上対馬高校です」

 

 ニコッと笑顔を作った瑞恵は返事した。「ということは、野球部の大野さんですね。私は、上対馬高校1年後輩で、テニス部でした。やっぱり、エースの大野さんでしたか。どこかで見たような、そんな気がしてたんです。対馬って、やっぱ、狭いところですね」大野は、上対馬高校の後輩に出くわしたことに目を丸くした。「へ~~、僕の後輩ですか。テニス部でしたか。僕を知っておられたとは、光栄です。今度赴任された須賀巡査長は上対馬高校野球部の先輩なんです。ほんと、対馬は狭いですね」沢富は、対馬は高校が3校しかない小さな島だから、同窓生に出くわすのは当然のように思えた。だが、ちょっと話を盛り上げることにした。「大野君、このくらいで驚くのはまだ早いぞ。瑞恵さんは、誰かに、似ているとは思わないか?」大野は、だれかとは芸能人だと思った。「そうですね~、なんとなく、すずに、似ているような」

 

 ハハハ~と瑞恵は笑い声をあげた。「そんなに、お上手言わなくてもいいですよ」瑞恵は、水割りを作り大野に手渡した。沢富は、そういわれるとなんとなく似ているように思えたが、言いたいことはそういうことではなかった。出口巡査長に似ていることをほのめかしたのだった。「そうだな~、いや、そういわれると、みずえさん、すずに似てますよ。もっと似ている人がいると思うんだが。大野君、思いつかないかな~」大野は、しばらく考えてみたがこれといった芸能人が思い付かなかった。「そうですか~?すず以外にですか?いや、すずに似てますよ。それじゃ、沢富さんは、だれに似てるというんですか?」沢富は、この場でいうべきか迷ったが、はっきり言ったほうが、情報がとりやすいように思えた。「ほら、よ~く見てみたら、思い出さないか?君のよく知ってる人に」

 

 大野は、右横の瑞恵の顔をまじまじと見つめた。ウ~~とうなずいたが、すず以外の顔は思い浮かばなかった。「いったい誰ですか?そうじらさなくてもいいじゃないですか?」沢富は、ちょっと気まずい表情で返事した。「驚くなよ。みずえさんの姓は、出口というんだ。これで、だれに似ているかわかっただろう」表情を引きつらせた大野は、背筋を伸ばし、返事した。「まさか、出口巡査長の妹さんですか?マジですか?」瑞恵は、ちいさくうなずいた。大野は、急に酔いがさめ、固まってしまった。「いや、失礼いたしました。先輩には、ご指導いただき、尊敬いたしておりました。僕としたことが」瑞恵が笑顔で返事した。「そう、気にしないでください。今日は、楽しく飲みましょう。さあ、飲んでください」

 

 大野は、だらしない自分をさらけ出しているようで気まずくなった。酔いが一気にさめ、酔える気持ちになれなくなった。「妹さんでしたか。先輩に妹さんがいるのは聞かされていました。それにしても、こんなところでお会いするとは」沢富は、気持ちを和らげることにした。「まあ、そう、固くならないで。今日は、飲もうじゃないか。出口巡査長は、のっぴきならない事故だったと思うよ。人には、運命というものがあると思うんだ。そう、みずえさん、すずに似てるよな。大野君、好みのタイプじゃないのか?」大野の顔が真っ赤になった。「何言ってるんですか。まったく。からかわないでください」沢富は、追い打ちをかけた。「そうだ。大野君、今、彼女、いないって、言ってたじゃないか。付き合ったらどうだ。みずえさんも、彼氏いないらしいから」

 

 大野は、あたりをキョロキョロ見回して話題を変えた。「まったく、冗談が過ぎますよ。いや、こんなところで言うことじゃないと思いますが。はっきり言って、先輩は、事故死じゃありません。僕が、きっと、仇をとって見せます。任せてください、みずえさん」大野巡査も事故死でないと確信していることに目を丸くした。瑞恵は質問した。「ということは、何か、心当たりがあるんですか?事故死ではないという。大野は、マジな顔つきで返事した。「事故って、どんな事故が、考えられるって、いうんですか?先輩は、対馬を知り尽くし、運動神経も抜群なんです。事故死なんて、考えられません。きっと、犯人がいるはずです。必ず、見つけ出して見せます。僕は、毎日、聞き込みをやっているんです。必ず、手掛かりを見つけてみます」

 

 大野巡査が、そこまで出口巡査長の事故死を疑っているとは思っていなかった。沢富も事故死を疑っていたが、全く、手掛かりはつかめていなかった。殺害されていたとしても、今のところ、目撃者は現れていない。とにかく、地道に聞き込みをやって、目撃者を探し出す以外に解決方法はない。「ホ~、事故死じゃない。でも、だれ一人、目撃者がいないわけだから、まったく、難解な事件だ。大野君、何か手掛かりらしきものは、あるのか?」大野は、顔を左右に振った。「残念ですが、今のところは。でも、どこかに目撃者がいるように思えるんです。とにかく、これからも、聞き込みを続けるつもりです」沢富は、ちょっと、不安になった。万が一、ヤクザが絡んでいたとして、奴らが大野巡査の執念深い捜査を知ったなら、大野巡査は消される可能性がある。沢富は、大野巡査に何と言って捜査をやめさせるべきか悩んだ。

 

 

 沢富は、一呼吸おいて諭すように話し始めた。「確かに、出口巡査長の事故死には、疑問は残る。でも、この事件は、処理されたことだし、僕も、不慮の事故じゃないかと思っている。具体的にはわからないが、転落事故なのかもしれないし、もしかしたら、自殺かもしれない。大野君は、過去の事件にかかわらず、今の仕事に集中したほうがいい。出口巡査長もそう願ってると思うよ」大野は、黙ってうつむいていた。彼も悩んでいた。どんなに聞き込みをしても手掛かりがつかめず、途方に暮れていた。もう、あきらめたほうがいいのではないかと思い始めていた。心の底では、自殺ではないかと思いつつ、そうであってほしくないという思いが込み上げていた。もし、自殺だったら、その理由を知りたくもあった。なんども気持ちを切り替えようと試みてはみたが、どうしても、心は晴れなかった。

 

 瑞恵も沢富の意見に賛成だった。万が一、ヤクザがらみで兄が殺されたのであれば、大野も同じように事故に見せかけられて殺される可能性がる。兄と同じ悲劇は、二度と起きてほしくなかった。「大野さん、沢富さんの言う通りよ。兄は、悩んでいたの。もしかしたら、自殺じゃないかと。だから、大野さんは、兄の事件のことは忘れて、将来のことを考えて。兄のことで、大野さんが上司ににらまれて、イジメにでもあったら、私、悲しい」大野は、みんなに迷惑をかけているように思えて、気の毒になってきた。この場は、二人の意見を呑むことにした。グラスを空けると一つうなずき返事した。「はい。わかりました。もうこれ以上、聞き込みは致しません。もし、自殺だったら、残念でなりません。できれば、ほんの少しでもいいから、相談してほしかった」両手を握りしめた大野は、ガクンとうなだれ、涙をこらえた。

 

 今のところ、出口巡査長の謎の死の手掛かりは、全くなかったが、沢富は、偶然、見つかるような期待を持っていた。事故死か?自殺か?他殺か?まったく見当がつかなかったが、麻薬密輸捜査をきっかけに、何か、ヒントがつかめるような気がしていた。万が一、警察が麻薬密輸にかかわっていたなら、必ず、シッポを出すとにらんだ。北署か?南署か?沢富は、出口巡査長の死から、北署が怪しいとにらんでいた。しかし、今のところ、これといった不審な動きは見られなかった。湿った空気を感じた沢富は、話題を変えることにした。「大野君、みずえさんもホークスファンだし、今度、2人でホークスの試合観戦に行ってみてはどうだ。みずえさん、どうですか?」瑞恵は、うなずき返事した。「誘ってくだされば、喜んで」大野は、笑顔を作り、グラスを手に取った。

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅳ
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