対馬の闇Ⅳ

 

 沢富は、腕時計の時刻を確認すると伊達に話しかけた。「もうそろそろやってくる時間です。みずえさん、行きますか」伊達は、うなずき、瑞恵に声をかけた。「あまり気負わず、気楽に、いつものようにやってくれ」瑞恵は、うなずくと、沢富の左腕に手をまわした。「はい。しっかり、サービスてまいります。マスター」二人は階段を降りると瑞恵は一足先にクラブに入っていった。沢富は、大野巡査がやってくるのを入り口で待つことにした。9時を少し過ぎたころ、黄色のヤマネコタクシーが入り口前に止まった。しばらく待っていると心細そうな表情の大野巡査が後部座席から出てきた。約束通りきてくれたとほっとした。沢富は、笑顔で歓迎した。「来てくれたか。今日は、大いに飲もうじゃないか。好きなだけ飲んでくれ」大野巡査の背中を押すようにして、沢富はクラブに入っていった。

 

 沢富がドアを開けると瑞恵の笑顔に歓迎された。「お待ちしていました。どうぞこちらへ」二人は右奥のテーブルに案内された。大野巡査が腰掛けると右横に瑞恵が腰掛けた。いつもならば、沢富にもホステスがつくのだったが、今回は、沢富だけが大野巡査の前に腰掛けた。まずは、大野巡査を酔わせ、誘導尋問をすることにしていた。大野巡査は、瑞恵とは面識がないようで、顔をこわばらせ固まっていた。たとえ、高校時代に面識があったとしても、化粧をした瑞恵に気づくとは思えなかった。彼は、F大学卒業後、警察官になっている。年齢は、25歳。品行方正で上司の評価はまずまず。趣味は、草野球、ヤマネコファイターズのエース。本人が言うには、彼女は、現在のところいないらしい。彼は、たまに、居酒屋には同僚と行くようだが、クラブは一度も行ったことがないと言っていた。ほとんどのクラブは、韓国人観光客のためにあるようなものだとも言っていた。どちらかというとお酒には弱いらしい。

 

 三人が水割りを手に取るとカチンと軽くグラスを合わせた。大野巡査は、いつも飲むのはビールということで、ウイスキーはめったに飲まないということだった。そのためか、ほんの少し飲むだけで、おいしそうな表情を見せなかった。沢富は、気を使って声をかけた。「水割りより、ビールが良ければ、まずは、ビールにしますか?」大野巡査は、気の毒そうな顔つきになって、苦笑いしながら返事した。「いや、ウイスキーも焼酎もなんでも飲みます。ちょっと、緊張しちゃって」どうも、美人の瑞恵に緊張しているようだった。大野巡査は、どちらかというと饒舌で冗談も通じるタイプだった。プロ野球は、ソフトバンクホークスのファンで、野球の話になると話が尽きなかった。彼もピッチャーであったためか、特に、千賀のファンで、千賀がいれば、優勝間違いなしとまで豪語していた。学生時代は、試合観戦だけでなく、ヤフオクドームでバイトしていたとのこと。

 

 大野巡査の気持ちを和らげるためにホークスの話をすることにした。「大野君は、大のホークスファンだったね。日本シリーズ、行けそうかな~。今のところ、西武に分がいいようだけど」背筋を伸ばし目を輝かせた大野は、力強く返事した。「大丈夫。必ず、日本一になります。千賀がいるじゃないですか。頼りになるな~。沢富さんも、ホークスファンですよね」沢富は、かつては巨人ファンであったが、福岡に移ってきてからは、ホークスファンになっていた。「もちろんさ、ホークス日本一を願ってるさ。セリーグは、おそらく、巨人だろうから、日本シリーズは、ホークスと巨人の対戦だと思うよ」大きくうなずいた大野は、腕組みをして返事した。「確かに。僕もそう思います。今回の巨人は、手ごわいな~。主砲の丸、坂本、がいますからね~。でも、きっと、勝ってくれます。打線の調子も上り調子だし、千賀と森でがっちり抑えてくれると思います。楽しみだな~」

 

 楽しそうに話している二人に瑞恵も話しに割り込んできた。「そうよね、ホークスが日本一よね。私、工藤監督のファンなんです」目を丸くした大野が、瑞恵に返事した。「え、ホークスファンですか。うれしいな~。今日は、3人でホークス激励会をやりましょう。今日は、沢富さんのおごりだし、バンバン飲むぞ」大野をチラッと覗き見た瑞恵は、大野はかなりお調子者だと思えた。お酒が入れば、間違いなく口が軽くなると思い、ドンドンお酒を勧めることにした。「ホークス激励会。いいわね。野球って、男らしくて、いいわよね。工藤監督って、イケメンで、かわいいじゃない。好みなのよね、キュッとしちゃう。大野さんも野球をなされていたんですか?ちょっと、ピッチャーの高橋選手に似てるような。沢富さん、似てるよね」

 

 さすがホステス、口が上手いと思った。小さくうなずいた沢富は、笑顔で返事した。「そういえば、似てるよな~。大野君は、イケメンだし、もてるだろうな~。高校、大学と野球をやっていたんだろ。ファンレター、山ほどもらっていたんじゃないか?」苦笑いしながら大野は、返事した。「いや、まあ、子供のころから、プロにあこがれていたんです。ホークスに入るのが夢だったんですが、結果的には、夢で終わりました。でも、やるだけはやりましたから、悔いはありません」大野は、グイっとグラスを空けた。瑞恵は、話が盛り上がってきたと思い、高校時代の話をすることにした。「大野さんは、どちらの高校でしたか?私の知ってる方に、なんとなく似てるんです」大野は、瑞恵に顔を向けて返事した。「上対馬高校です」

 

 ニコッと笑顔を作った瑞恵は返事した。「ということは、野球部の大野さんですね。私は、上対馬高校1年後輩で、テニス部でした。やっぱり、エースの大野さんでしたか。どこかで見たような、そんな気がしてたんです。対馬って、やっぱ、狭いところですね」大野は、上対馬高校の後輩に出くわしたことに目を丸くした。「へ~~、僕の後輩ですか。テニス部でしたか。僕を知っておられたとは、光栄です。今度赴任された須賀巡査長は上対馬高校野球部の先輩なんです。ほんと、対馬は狭いですね」沢富は、対馬は高校が3校しかない小さな島だから、同窓生に出くわすのは当然のように思えた。だが、ちょっと話を盛り上げることにした。「大野君、このくらいで驚くのはまだ早いぞ。瑞恵さんは、誰かに、似ているとは思わないか?」大野は、だれかとは芸能人だと思った。「そうですね~、なんとなく、すずに、似ているような」

 

 ハハハ~と瑞恵は笑い声をあげた。「そんなに、お上手言わなくてもいいですよ」瑞恵は、水割りを作り大野に手渡した。沢富は、そういわれるとなんとなく似ているように思えたが、言いたいことはそういうことではなかった。出口巡査長に似ていることをほのめかしたのだった。「そうだな~、いや、そういわれると、みずえさん、すずに似てますよ。もっと似ている人がいると思うんだが。大野君、思いつかないかな~」大野は、しばらく考えてみたがこれといった芸能人が思い付かなかった。「そうですか~?すず以外にですか?いや、すずに似てますよ。それじゃ、沢富さんは、だれに似てるというんですか?」沢富は、この場でいうべきか迷ったが、はっきり言ったほうが、情報がとりやすいように思えた。「ほら、よ~く見てみたら、思い出さないか?君のよく知ってる人に」

 

 大野は、右横の瑞恵の顔をまじまじと見つめた。ウ~~とうなずいたが、すず以外の顔は思い浮かばなかった。「いったい誰ですか?そうじらさなくてもいいじゃないですか?」沢富は、ちょっと気まずい表情で返事した。「驚くなよ。みずえさんの姓は、出口というんだ。これで、だれに似ているかわかっただろう」表情を引きつらせた大野は、背筋を伸ばし、返事した。「まさか、出口巡査長の妹さんですか?マジですか?」瑞恵は、ちいさくうなずいた。大野は、急に酔いがさめ、固まってしまった。「いや、失礼いたしました。先輩には、ご指導いただき、尊敬いたしておりました。僕としたことが」瑞恵が笑顔で返事した。「そう、気にしないでください。今日は、楽しく飲みましょう。さあ、飲んでください」

 

 大野は、だらしない自分をさらけ出しているようで気まずくなった。酔いが一気にさめ、酔える気持ちになれなくなった。「妹さんでしたか。先輩に妹さんがいるのは聞かされていました。それにしても、こんなところでお会いするとは」沢富は、気持ちを和らげることにした。「まあ、そう、固くならないで。今日は、飲もうじゃないか。出口巡査長は、のっぴきならない事故だったと思うよ。人には、運命というものがあると思うんだ。そう、みずえさん、すずに似てるよな。大野君、好みのタイプじゃないのか?」大野の顔が真っ赤になった。「何言ってるんですか。まったく。からかわないでください」沢富は、追い打ちをかけた。「そうだ。大野君、今、彼女、いないって、言ってたじゃないか。付き合ったらどうだ。みずえさんも、彼氏いないらしいから」

 

 大野は、あたりをキョロキョロ見回して話題を変えた。「まったく、冗談が過ぎますよ。いや、こんなところで言うことじゃないと思いますが。はっきり言って、先輩は、事故死じゃありません。僕が、きっと、仇をとって見せます。任せてください、みずえさん」大野巡査も事故死でないと確信していることに目を丸くした。瑞恵は質問した。「ということは、何か、心当たりがあるんですか?事故死ではないという。大野は、マジな顔つきで返事した。「事故って、どんな事故が、考えられるって、いうんですか?先輩は、対馬を知り尽くし、運動神経も抜群なんです。事故死なんて、考えられません。きっと、犯人がいるはずです。必ず、見つけ出して見せます。僕は、毎日、聞き込みをやっているんです。必ず、手掛かりを見つけてみます」

 

 大野巡査が、そこまで出口巡査長の事故死を疑っているとは思っていなかった。沢富も事故死を疑っていたが、全く、手掛かりはつかめていなかった。殺害されていたとしても、今のところ、目撃者は現れていない。とにかく、地道に聞き込みをやって、目撃者を探し出す以外に解決方法はない。「ホ~、事故死じゃない。でも、だれ一人、目撃者がいないわけだから、まったく、難解な事件だ。大野君、何か手掛かりらしきものは、あるのか?」大野は、顔を左右に振った。「残念ですが、今のところは。でも、どこかに目撃者がいるように思えるんです。とにかく、これからも、聞き込みを続けるつもりです」沢富は、ちょっと、不安になった。万が一、ヤクザが絡んでいたとして、奴らが大野巡査の執念深い捜査を知ったなら、大野巡査は消される可能性がある。沢富は、大野巡査に何と言って捜査をやめさせるべきか悩んだ。

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅳ
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