白と黄

 

 母親は、肩の荷が下りたようで、疲れていた気分が、少しずつ薄れていくのを感じた。気分がよくなったついでに、先日、連れてきたガールフレンドをほめることにした。「この前の、ちびっこい、警察官の彼女、なかなか、気が利いて、いい子やった。結婚するとね」突然、結婚を持ち出され、顔が固まった。「ああ、あの子。まあ、まだ、先のことは、まだ、考えてない。中学からの友達、ってところやから」母親は、話を続けた。「結婚は、気が向いたときにしたらよか~。何も、親のことは心配せんでよか。あの子は、素直で、剣の心を持っとる。見どころがある。あの子だったら、申し分ない」母親は、一目見て峰岸を気に入っていた。

 

 三島も結婚したいとは思っていたが、とりあえず、1年間の研修を終えて、具体的な結婚準備の話をしようと思っていた。今のところ、モサドの過酷な研修を無事に終える自信がなかった。万が一、脱落すれば、どうなるのだろうと不安に駆られていた。「まだ、結婚は、先の先の話。それより、ムリせんように」母親は、自分のことを気遣って給料の安い警察官をあきらめ、剣の道を捨てたのではないかと気がかりだった。ガツンとハッパをかけることにした。「来年こそ、日本一にならんと。まだまだ、心にスキがある。もっと、心に向き合わんと。一瞬のチャンスは、考えてわかるものじゃない。心が教えてくれる。心が体を動かしてくれる。初心に帰って、死ぬ気でけいこせい。九州一ぐらいで、天狗になったら、天国の父さんが悲しむ。死ぬ気で、日本一になれ」

 

 これ以上話をしてると夜中まで説教されると思い、話を切り上げることにした。「わかった。来年は、優勝する。ちょっと、やることがある」三島は、腰をあげた。部屋に戻った三島は、座禅の続きを始めた。確かに、俺は、なぜか、心にスキができる。集中力が、ふと、切れるときがある。俺には、勝つ気持ちが足りないのか?何が、足りない?間合いか?気合か?勇気か?三島は、自問自答した。一つわかっていたことがあった。それは、勇気が足りないことだった。相打ちを恐れるところがあった。一瞬の恐怖を克服できないでいた。無謀に打ち込めば、相手の思うツボだ。相手のメンを待つべきか?メンを打たせて、ドウを切る。来年は、最後。もはや、理屈はいらない。自分のひらめきを信じよう。心が教えてくれるはず。

 

 

 

 

 峰岸のヤツ、イスラエルに研修に行くといったら、なんというだろうか?意外にも、ついてくるといったりして。峰岸の気持ちが気にかかった。全九州学生での優勝、就職内定、幸運が転がり込んできたことで、三島は有頂天になっていた。そのノリで峰岸との恋愛も峰岸路線に乗ってしまった。うかつにも、峰岸との結婚を約束したのだった。後になって考えると、早まったことを言ってしまったと後悔したが、峰岸の喜ぶ笑顔を見ると何も言えなくなった。しかも、セックスまでしてしまった。約束を破る気はなかったが、モサドになることを考えると、気が重くなった。最近は、峰岸の笑顔がちらつき、けいこにも身が入らなくなっていた。このままでは、日本一どころか、九州大会でも危うくなりそうだった。決して、峰岸との結婚に不安があるわけではなかった。結婚を望んでいるからこそ、モサドになることが不安になるのだった。

 

 これから、日本はどうなるのだろうか?東日本フクシマ原発テロの次は、西日本原発テロか?其れとも、九州原発テロか?ますます、貧困化が進み、軍隊ができ、若者は軍人になっていくのか?今の政治が続けば、若者は犬死するに違いな。これでいいのか?とにかく、九州だけは守りたい。イスラエルの力を借りてでも、若者が、新しいヤマト・ヘブル国家を作ればいい。きっと、安田先輩も、そう、思ってるに違いない。安田先輩、イスラエルでの過酷な研修に耐えられるだろうか?万が一、研修に耐えられず、脱走したら、モサドに入隊できなくなるのだろうか?

 

 俺はどうか?剣道をやっているからといって、研修に耐えられるとは限らない。英語もろくにできない俺に、ヘブライ語の勉強ができるか?ユダヤ教がわかるのか?イスラエルの歴史を覚えれるのか?AI理論がわかるのか?一週間の絶食に耐えられるのか?50キロのランニングに耐えられるのか?軍事訓練に耐えられるのか?武器の使い方をマスターできるのか?ボクシングの特訓に耐えられるのか?複雑な暗号を覚えられるのか?10キロの遠泳ができるのか?10分間息を止めて素潜りができるのか?俺こそ、1か月間で、脱走するのではないか?俺は、道を誤ったのではないか?剣道バカは、警察官になったほうが良かったんではないか?

 今からでも、モサドを断るべきではないのか?今だったら、間に合うに違いない。俺が断るといえば、先輩も断るだろうか?でも、今の日本では、若者の犬死は目に見えている。犬死するのであれば、モサドになって、犬死したほうが、まだ、ましのように思える。CIAKGBAI6、彼らは、モサドの計画を知ったら、どう、対応してくるのか?モサドを攻撃してくるのか?俺ら、バカは、捨て駒に使われるだろう。覚悟はしている。先輩も同じに違いない。後には、引けない。ヤマト・ヘブル国家のために、やるしかない。

 

 ふいにパンチを食らわすような着メロが、鼓膜に飛び込んできた。それは、峰岸からのラブコールだった。三島は左横に置いていたスマホを手に取ると返事した。「はい」即座に、峰岸の甲高い声が伝わってきた。「今、何してる?次のデート、どこ行く?」峰岸は、自分のことしか考えていないように思えて、少しムカついたが、返事した。「デートか~?盆前の連休はダメだけど、峰岸が行きたいところがったら、付き合うけど」即、返事が返ってきた。「うれしそうじゃないみたい。私以外にいるってことはないわよね?信じてはいるけど」全く、嫌味なことを言うヤツだと思ったが、軽く返事した。「何度も言うけど、峰岸以外は、だれもつきあっていない。時々声をかけられるのは、俺のファンだといったじゃないか。いい加減にしてくれ」

 

 ちょっと安心した峰岸は、予定を伝えた。「そいじゃ~、七ツ釜に行こう。三島は、行ったことある?」三島は、まだ行ったことがなかった。「いや、どこにあるんだ、七ツ釜って?遠いのか?」笑顔を作った峰岸は返事した。「佐賀。ちょっと遠いけど、日帰りできる距離だから。佐賀方面には、新鮮な魚介類のおいしいレストランがたくさんある。そこで食事しよう。そいじゃ~、18日の日曜日はどう?何時に迎えに行こうか?」早めに出立したほうがいいと思い、いつもより早めにの時間を伝えた。「佐賀だろ~、それじゃ、8時には出発したほうがいいような」即座に、弾んだ声の返事が返ってきた。「OK.そいじゃ、18日の8時。待ってて」峰岸は、チョ~極安の中古の軽自動車が欲しいとリノにお願いしたところ、リノは、峰岸の事情を安田に話した。ちょっと男気を出した安田は、試乗車に使っていたスズキ・ラパンをただ同然で峰岸に譲った。ピンクのラパンを手に入れた峰岸は、浮気防止も兼ねて、度々、愛車でデートに誘っていた。

 

 

              決断

 

 810日(土)ハットの日。ゆう子は久しぶりに美緒に会えるのを楽しみにしていた。校長にイスラエル留学生のことを話したところ、彼らはモサドの可能性があるといわれ、できれば、もっと、詳しい情報をとるように、と言われていた。イサクともっと深く付き合えば、彼らの素性や仲間たちについての情報を手に入れることができる。でも、セックスしてしまえば、彼女として付き合うことになる。ゆう子の心に不安が渦巻いた。”白人イスラエル留学生を嫌っている安田や鳥羽の反感を買うのではないか?また、本当にイサクを彼氏にして、後悔しないか?勇樹のことを忘れることができるのか?万が一、妊娠してしまったら?”そんなことを考えていると頭がパニクり、一人で悩んでいてもらちがあかないと、美緒のアドバイスをもらうことにしたのだ。

 

 ミッキーの壁時計に目をやると午前10時になるところだった。美緒は、若干、時間にルーズだったが、もうそろそろやってくるに違いないと、ゆう子は1階に降りることにした。キッチンの椅子に腰かけるや否や、ピンポン・ピンポン・ピンポンと聞きなれたインターホーンが鳴った。美緒は、なぜか、せっかちな押し方をするのだった。「は~~い」とドアに向かって大きな声で返事すると、ゆう子は、玄関にかけていった。ドアが勢い良く開くと満面の笑みを浮かべた美緒の顔が現れた。「センパ~~イ、オミ~ヤ~~~」美緒は、CAKE HOUSE Tomitaとデザインされたグリーンの袋を手に提げていた。

 

 ゆう子は、それが何かすぐにわかった。「気が利くじゃない。上がって」美緒はスリッパをはくとゆう子のあとについてキッチンに向かった。美緒は、テーブルの上にそっと袋を置いた。ゆう子は、食器棚からグラス2個、お皿2枚、スプーン2つ取り出し、テーブルに並べた。そして、フレッジからペットボトルジュースを手にすると席についた。美緒も腰掛けると尋ねた。「お母さんと詩織ちゃんは?」ゆう子は即座に返事した。「お母さんは、朝早くに、出ていった。詩織も、予備校で、夏期講習。パパは、昨日の夜から、大分に旅行」

 

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
白と黄
0
  • 0円
  • ダウンロード

18 / 26

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント